血戦

第25話 血戦(九竜サイド)

「今日から橙木とおのぎと共に行動するように」


 部屋へ行くと葵から告げられた。まだまだ修行不足であることは昼間との模擬戦を通じて理解していたオレとしてはありがたいことだった。だが、その一歩目が橙木とおのぎというのは完全に予想外だった。彼女よりも接点がある小紫こむらさきか昼間と当たるだろうと考えていただけに見事な不意打ちを食らうことになった。


 宣言を受けた橙木とおのぎの顔は無表情だった。内心は何を抱いていたかは分からない。初対面の攻撃的な態度が頭の中に蘇って気が重くなった。


「分かりました」とだけ彼女は言った。了承はしておきながらオレのことは最初から眼中に入っていないのか独りで部屋を出て行ってしまった。呆気に取られていると昼間に呼びかけられ、我に返って後を追った。

 追いつくと今にもエレベーターで下へ行こうとしているところで跳び込み同然の形で乗り込んだ。


 その間に一切会話はなく、エレベーターの空気は最悪で一刻も早く外に出たかった。ただただ沈黙が流れるだけの時間は地獄でしかない。

 止まったのは地下で「B3」と記されていた。


 出ると橙木とおのぎは真っすぐ研究室の1つに向かった。後に続いて入ると琵琶坂びわさかが待ち構えていた。


「珍しい組み合わせね」


「隊長の命令です」

 ニヤニヤ顔で話をかけられても橙木とおのぎは冷ややかに受け流す。


「預けていた物を引き取りに来ました」


「はい。これ」と特に反応を見せることもなく琵琶坂びわさかは右側に置いていたケースを引っ張り出して橙木とおのぎに渡した。


 中には分解状態のライフルが収納されていた。こちらもケースと同じで黒い。


「試し撃ちをしてもいいですか?」


「いいよ」橙木とおのぎの申し出に琵琶坂びわさかはあっさり許可を出して移動を始めた。


「ボーっとしてないで。行くわ」


 ここで待機になると考えていたオレは慌てて付いていき、エレベーターで地下4階に降りた。今度は琵琶坂びわさかも一緒に。


                   ♥


 実験場はエリアのほぼ全てを使っているだけあって巨大だ。

 基本的にはコンクリートが剥き出しの殺風景な部屋で所々に修復を施した跡が見られ、床には罅割れも見られる。

 部屋に入った琵琶坂びわさかは実験場の左脇に設置されている小屋に歩いて行った。


「あっちで見てなさい」


 ライフルを組み立てる橙木とおのぎに邪魔者扱いされてオレは琵琶坂びわさかの後についていった。小屋に入ると彼女は機器の電源を入れる。


『いつでもいいですよ』


 橙木とおのぎの声を聞いた琵琶坂びわさかは的を出す。

 

 距離はまともに命中するとは思えないほどに離れていたが、橙木とおのぎは事も無げに打ちぬいた。しかも、的は見事に粉砕された。


 オレはその光景を目の当たりにして唾を飲んだ。


「初めて見る?」


 固唾を呑んで見守っていると琵琶坂びわさかが言葉を投げかけてきた。恐らくはあのライフルのことだろう。


「あれは『RW1011-3ヴァルキリー』って彼女の吸血鬼殺しの剣よ」


 それから彼女は丁寧に説明をしてくれた。


逆鱗レベリオン」が正式名称の武具で吸血鬼を殺すことの出来る理由は武器に彼らが恐れる「毒素」と呼ばれる物質を含有していることに起因している。これは人間にとっても有害な成分であるため扱いには細心の注意を払う必要があるらしい。この物質は吸血鬼を殺すことが可能であるということは判明しているが、成分や起源は不明で現在も調査が進められているらしい。


「どうやって製造しているんですか?」


「極秘事項なのよ。ごめんね」


 琵琶坂びわさかは手を合わせて謝罪のジェスチャーをした。


 素材は毒素と合成した鋼鉄を鍛えて武器として使えるようにしたものだ。今使っている橙木とおのぎが使っている銃火器タイプの場合は銃弾に猛毒を仕込んでいるらしい。因みに対戦車ライフルを改造したものを好んで使っているのは彼女ぐらとのことだ。


 話をしているとヴァルキリーが再び火を噴く。直後に的が破裂して内側に詰まっていたスポンジが四方八方に飛び散った。


『最高のコンディションです。問題ありません』


 通信越しに橙木とおのぎはヴァルキリーの出来栄えに満足している旨を伝えてきた。それからもう少し撃ちたいと希望を伝える。琵琶坂びわさかは彼女の希望にゴーサインを出した。


 今度は移動する的でゆっくりしたスピードで始まり、最終的には吸血鬼が走る速度を仮想した的で試射をした。凡そ10回ほど行ったが、橙木とおのぎは全てを一発で仕留めていた。


『もう大丈夫です。ありがとうございました』


 満足いったと言わんばかりにヴァルキリーを片付け、終わると破裂して飛び散ったスポンジの後片付けを始めた。


「とんでもない腕前ですね…」


 言ってしまった後でオレは先日に小紫こむらさきから注意されたことを思い出して慌てて口を閉じた。


「欲しくなった?」


「自分だって強くなりたいですから」


 琵琶坂びわさかの問いにオレは間髪入れずに答えた。あれだけ強大な力を見せつけられて欲しくないと思う人間はいない。


「どうしてそこまで強くなりたいの?」


「知っているのに何もしないというのが許せない。それだけです」

 オレの答えに琵琶坂びわさかは小さく溜息をついた。


「それだけ?」


 さっきまでの何処か自由奔放な雰囲気が消えて冷徹な風が琵琶坂びわさかを包む。


「あれ1つ作るのにどれだけのコストがかかると思う?」


 オレが答える前に彼女が先に言う。


「適当な動機で投資できる額を超えているの。勝手に逃げられると困るのよ。反逆なんかされてもね」


 白衣のポケットに手を突っ込んで話をする琵琶坂びわさかの姿は貫禄があってオレは気圧された。


「僕の過去はもうご存じですよね?」


 これだけの時間と組織力があれば入ろうとしている人間の素性を調べ上げるなど造作もないことだろう。経歴、家族、それから事故のこと。彼女も知っているだろう。


「その話は聞いているわ。気の毒だったわね」


 同情などしてないことが分かる目をしていた。変に食って掛かって機嫌を損ねても良いことはないと口を噤んだ。


「でも、悲劇なんて吐いて捨てるほど転がってるわ。それに義務やら使命感やらと抜かす輩もね。そいつらが今はどうなってるか、ここまで話していれば分かるでしょ?」


 多くが戦場で死んだのだろう。だが、これでは琵琶坂びわさかが拒絶反応を示す根拠には少し足りない。オレは考えて、1つの可能性を口にした。


「戦えなかったんですね」


「そう。殆どが戦えなかったのよ。殺せなかったと言ったほうがいいかしら」


「ここで働く人間がどういう経緯でここに来るか、まだ教えてなかったわね」


 琵琶坂びわさかは椅子に腰を下して話を続ける。


「殆どが奴らに家族や大切な存在を殺された者、或いはその瞬間を目にした者たちよ」


「ちょっと待ってください」オレは彼女の言葉を聞いてすぐに反論した。


「矛盾してるじゃないですか。吸血鬼に大切な誰かを殺されたのに奴らを殺すことに抵抗を持つんですか?それが原因で、しかも殺される?」


「超えられないのよ。培われた倫理観をね」


 そこから琵琶坂びわさかは話を広げる。


「考えてもみなよ。物心ついてから殺し合いと無縁の生活を送っていた人間がある日を境に極限状態に短時間とはいえ放り込まれ、目の前で自分にとって大切な物を奪われたからって殺しという倫理に反する行為に手を染められると思う?」


 オレは頭を横に振って否定した。


「吸血鬼だって生きている。私たちと同じでね。人とほとんど変わらない成りをしている奴らを目の前にしてしまうと多くが尻込みするのよ。その隙を突かれて多くが殺される」


 話を聞いていてわかるような気はした。オレだって吸血鬼を実際に目にしている。

 そのときに抱いた印象は、人間と変わらないものだった。オレにはまだ犬歯が少々長い程度の違いぐらいしか分からない。


「動機が十分すぎる人間ですらその有様なのよ。それなのに、動機がそんな薄っぺらい上にありきたりな決意表明をされたってすんなりと信用できないのよ」


 琵琶坂びわさかの言葉が容赦なくオレの胸を抉った。何を言えばいいのか分からずに頭を抱える。脳を総動員して考えるも満足のいく答えは導けそうもなかった。 

 憎しみや怒り、義務や使命を上回る動機など考えたこともない。まさか、欲望や理想論などと言うつもりはないだろう。


「ゆっくり考えなさい。いくら考えても罰なんて当たらないから」


 そう告げると琵琶坂びわさかは小屋を出て橙木とおのぎの所に歩いて行った。

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