第23話 闇夜21(九竜サイド)

 部屋に戻ると昼間が待ち構えていた。オレと小紫こむらさきの姿を認めると口元をニヤリと歪める。見た瞬間に嫌な予感がした。


「よし‼来たな‼」


 宣言すると昼間は靴を鳴らしながらオレの方に近づいてまた肩を握った。


「お前の実力を見せてくれ‼」


 ギラギラと輝いている黒目は直視することを躊躇いたくなるほどに熱を放っている。助け舟を求めて小紫の方を見るも彼女は何も言わない。顔には「諦めろ」と暗に書いてあるように見えた。


「…分かりました」


 逃げ道を失ったオレが了承すると3人揃って道場に向かった。


 とんぼ返りをすると小紫こむらさきが2人分の木刀を持ってきた。現状これ以外を使うことが出来ないオレは受け取ったが、昼間は受け取らずに自分で150cmは優に超えているであろう棒を持ってきた。


「体はちゃんとほぐしておけよ。怪我するといけないからな」


 昼間は上着を脱いで体をほぐし始める。下に隠れていた腕は先に道場で予想した通りに鍛え抜かれている。正面なら鼻が折れ、頬なら陥没。どっちにしても言い訳のしようがない。あの拳で殴られたらと考えるだけで寒気がした。


 道場の1つでオレと昼間は向き合った。着替えを持っていないオレは制服のまま戦うことになる。

 見物人は先ほどに行われていた昼間の試合のときよりは少ない。


 周囲に視線を巡らせると戦いで役立ちそうな道具は何もない。つまり、真正面から戦う以外に方法はない。


「ハンデはいるか?」


「必要ありません」


 昼間の言葉にオレは強気に言葉を返し、木刀を構える。対して昼間は棒を斜めに構える。


「始め‼」と小紫こむらさきが合図をするや昼間が仕掛けてきた。


 見た目よりも早い突きが迫ってオレは咄嗟に飛び退くも攻撃は全く止まらない。単純な連続の突き技だが、動きが速いせいで反撃に入れない。結果的に突きを躱した際に転がって逃げる以外の方法はなかった。


「はああああ‼」


 一瞬生まれた隙を逃さずにオレは突き技で一気に詰めようと迫った。だが、昼間は防御も早くあっという間に迎撃に動く。


 下からの突き上げでオレの攻撃は強制キャンセルされ、反対から攻撃が迫る。


 咄嗟にオレは体を逸らして躱した。眼前を通り過ぎる棒を見て背筋を冷汗が流れた。そこで昼間の攻撃は取りあえず止まった。正確には止めたというほうが正しいだろう。


「反応速度は素晴らしいな。掠りすらしないとは思わなかった」


 再び突撃してくるかと思ったが、今度は動かない。


 攻撃を見せてみろということと受け取ったオレは中段の構えからの真っ向斬りで仕掛けた。対する昼間は始めこそ受け止めていたが、動きは徐々に回避へシフトしていく。


 気が付いたときにはオレは攻撃の手を緩めることが出来なくなり、袈裟斬りを仕掛けた際に右膝を打たれてバランスを崩す。

 攻撃手が再び昼間に移りそうになり、条件反射のように木刀を突き出して抵抗を試みた。


 オレの反撃は予想の外にあったらしく昼間は咄嗟に棒でガードをした。拮抗状態に陥ってお互いに攻めきれない。だが、この状態は一瞬で、体勢の不安定さと地力の差でオレは一気に押し込まれた。


「うおおおおおおお‼」という雄叫びとも思えるほどの迫力に満ちた声と共に振るわれた力の奔流に呑まれ、突飛ばされた。すぐに起き上がろうとしたところで、首元に切っ先が当てられた。


「勝負あり」と小紫こむらさきが昼間の側に手を挙げた。


 勝負が終わると昼間は「お疲れさん」と言って手を伸ばしてきた。オレは手を取って立ち上がる。


「1週間しかまだやってないって割にいい腕をしているな。こっそり自主練習でもしているのか?」


 道場を後にすると開口一番に昼間が尋ねてきた。オレが否定すると驚くような顔をした。誰も彼も否定すると同じような顔をする。見た瞬間に気分が沈んだ。


「ま、気にするな‼経験が無きゃそんなもんだ‼」


 気が付いていない昼間は敗北したオレを気遣い、背中をバシバシと音がするほどに叩く。胸に染みこむ黒い感情を表に出さないようにオレは笑みを浮かべながら「そうですね」と返事をした。


 オレは人よりも物を覚えるのが異様に早かった。


 勉強にしろスポーツにしろ他の子どもよりも早く吸収することが出来た。親や百葉ももは、教師たちは特別な存在だと持て囃したが、オレはそれに強い嫌悪感を覚える。今もまだ収まる気配はない。


「嫌だな」

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