第22話 闇夜20(九竜サイド)

 次に足を運んだのは同じ階層にある射撃場だった。


 上梨うえなしの平屋の肌寒さと薄暗さはなく白い電光が部屋を照らしている。壁は全てに防音設備が施されていて扉を開けるまで銃声は全く聞こえなかった。


「戦いに必要な設備は全部屋内に収容されているんですか?」


「知られるわけにはいきませんからね。今は通信が充実してしまっているので何処から漏れるか分かりませんから」


 小紫こむらさきは飛んでくるであろう質問を見越した答えを出してきた。


 歩きながら様子を見ていると手前がハンドガン、次列がアサルトライフル、最奥がスナイパーライフルの訓練場になっていた。防音設備が常備されているとはいえ真後ろを通ると火薬の破裂音が容赦なく鼓膜を刺激した。


「銃火器はこれだけですか?」


「いいえ。ここは射撃場の1つでもう1つは地下にありますよ。でも、基本的に使うであろう場所はここだけですから問題ありません」


 最奥に差し掛かろうとしているところで橙木とおのぎと遭遇した。オレの顔を見るや一瞬険しい顔をしてから小紫こむらさきの方を向いた。


「珍しいですね。ここに来るなんて」


「案内ですよ」と小紫こむらさきが答えた。


 会話に興味がなくなったのか橙木とおのぎは素通りして一箇所を陣取るとスナイパーライフルを設置する。銃に詳しくないオレには彼女が使っている得物はよく分からない。

 小紫こむらさきもオレの存在もないものとでも思っているのか無視して橙木とおのぎは準備を進める。


 普段と変わらない様子だったのはここまでだった。狙撃態勢に入るとゾッとするほどの集中力を帯びる。完全に別人で、魂が別の存在が乗っ取ったと言われても納得してしまいそうなほどの変貌ぶりだ。


 トリガーを引くと1発目が中央に命中した。続けて撃った銃弾も外れることなく的に命中していた。しかも、最初に命中した中央の穴だけを貫いた。これを10発連続でやってのけた。


「満足?」片づけながら橙木は仏頂面で尋ねてきた。オレはあれほどの絶技をどのように賛辞すればいいのか分からなかった。


 オレが何も言葉をかけられずにいると橙木とおのぎは用は無いとばかりに片づけに入って早々に立ち去った。


「何も言わなかったのは気遣いですか?」


 立ち尽くしていたところで小紫こむらさきに声をかけられた。


「何でもないです。ただ、何といえばよかったのか分からず」


「それで良かったですよ」


 小紫こむらさきの意図が分からずオレは彼女を見た。


「誰か、何かの命を奪う力を褒められて素直に喜ぶ人間がいると思いますか?」


 オレは頭を振った。


「中には戦うことを恐れる者、殺すことを恐れる者だっています。誰も彼もが躊躇いなく戦えるわけではないんです」


 そう語る小紫こむらさきは胸を抉るような言葉を言っているにもかかわらず表情は冷めている。


 まるで釣り合わない2つの温度差にオレは背筋が凍えた。

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