第16話 闇夜14(九竜サイド)
1週間はあっという間に過ぎた。不思議なことに毎日同じことを繰り返していると体は慣れるもので最終日付近にはトレーニングも読書も苦痛ではなくなった。ここでの生活をもっと前から送っているように思えてしまうほどだ。
しかし、一向に上梨との模擬戦を勝ち越せていない。勝利の女神の前髪は遥か遠くだ。
「今日で最後だ」
最終日だからといって制限時間は伸びない。試験場となる庭にも変化はない。それにオレ自身のパワーやスピードが上昇するわけではない。そんなゲームのような都合のいい展開は起きない。
僅かに挟んだ間の後に「来い」という言葉と共にオレは飛び出し、直後に右に飛んで小石を投げつける。上梨は石を見ることもせずに木刀で弾く。確認すると今度は木刀を水平に構えて突撃を仕掛けるが、これも変わらずに対処される。ここで初めて上梨の目がオレに向き、オレの顎をアッパーで打ちぬこうとした。躱して地面を転がり距離を取る。それをトリガーに攻撃の主導権が上梨に移る。
繰り出される連撃は付け入る隙が無く防ぐだけで手一杯だ。左右上下から繰り出される連続攻撃は徐々に激しさを増していく。切り返そうと努めるも攻勢に転じるタイミングがない。最終的に突きが命中して地面を転がった。咳き込むと唾液が零れた。
息を吐いてオレは立ち上がった。ここまでは想定している通りに進んでいる。
連日の模擬戦を通じて上梨の戦い方はある程度の把握している。
攻撃を仕掛けるときは反撃を許さない手数の多さで攻めたてる。加えて一撃一撃は威力が高く、本気の一撃を受ければ骨すら砕くだろう威力がある。それ以外のときは回避と防御を重視していて積極的に攻撃を仕掛けてはこない。本質は一撃必殺で勝負を決めるタイプだ。それ以外に洞察力と経験値の差も勝利を狙う上で無視できない要素として存在している。洞察力ならばまだしも経験値の差だけは埋めようがない。
「終わりか?」
流れを掴んだと感じたのか上梨は本格的に攻勢に転じようとしている。
このまま逃げの姿勢を貫いていれば、一勝も出来ずにここを去ることになる。やられていた時間を無意味なものでしかなかったのだと認めることになってしまう。
違う。オレはこの1週間をただ殴られるだけで過ごしてきたわけではない。
「終わりじゃないです」
言い残すと前に出ようとしたが、先に上梨が動いた。オレは咄嗟に後ろに飛びのき、再び石を投げつけた。
「芸がない」
吐き捨てると上梨は最初と変わらずに叩き落とす。ペースを一瞬とはいえ落せた隙をオレは見逃さなかった。結果的に構える暇もなく突貫した。
真っ直ぐ伸ばした手は上梨の顔面に触れる寸前まで到達したが、反撃を防ぐことが出来ず顔面をストレートに殴られた。威力に負けそうになるも踏みとどまって、オレは本懐を果たすべく動いた。
自分を殴った手を逃さずに掴んだ。その行動で初めて上梨の表情が驚愕に変わった。もう一方の手で反撃に来ることを分かっていたオレはもう一方の手も早い段階で封じた。
勝負は一度切りだ。握力勝負をすればオレは確実に負ける。現に拘束していた上梨の腕は強烈な力で拘束を振りほどこうとしてくる。
「捕まえましたよ…‼」
オレは自分がするとは思えないような顔をしているだろうと考えながら言った。
苦痛の奔流に晒されながら得た情報は上梨が剣術ほど格闘技に秀でていないことが1つ。もう1つはオレがこれまで格闘戦を一切しかけなかったことだ。結果論から言うなら予感は的中だ。
生まれたチャンスを逃さずにオレは頭突きで勝負を決めようとした。
「甘いな」
向こうは膝でオレの腹をぶち抜いて行き場を失った空気が口から漏れた。だが、諦めずに振り抜いた。
勝負が決したのは一瞬だった。オレは振り抜く寸前で顎を膝で打ちぬかれた。
強烈な痛みによって拘束していた手は解けてしまった。直後に腹部を強烈な拳が貫き、続けて同じ強さの衝撃が体を蹂躙した。
容赦がないほどの一撃でオレの意識は地面に落ちる前に途切れた。
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