第15話 闇夜13(九竜サイド)

 上梨は端末を操作して弦巻葵に電話をかけた。


「初日はどうだった?」


 前置きなしに葵は本題に切り込んできた。隠すべきことなど何もない上梨は今日あったことを包み隠さずに報告した。


「戦闘はからっきしだ。だが、あの頭は目を見張るものがある」


「そんなにすごかったの?」


 葵は驚きと興奮が混じった声を出した。実に楽しそうだ。


「お前、あいつの過去を何も知らんのか?」


「知ってる」間髪入れずに葵は答えた。昨日今日でプロフィールを把握したなとすぐに理解できたが、話を逸らされると困るため突っ込まないでおく。


「幼少期に事故に巻き込まれて父親を失って今も傷を抱えてるみたいだね」


 声音を真面目なものに変えて葵は話をする。


「姉がいると言っていたが関係は良好なのか?」


「それは知ってるんだ」


「当人から少し聞いた」


 湯気の立つ茶を口にしている間も葵の話は続く。


「同居してるね。関係は良好」


「母親はどうしている?」


「父親の死後に後を追うように死んでるよ」


 上梨は胸を抉られたような衝撃に襲われた。


「重ねないでよ」と葵は先に起こる事態を見越して釘をさす。


「分かっている」感情的にならないように上梨は答える。


「まさかと思うが、2人だけで生きてきたわけではないよな?」


「そのまさか。2人で生きてきたし、生きてる」


 更なる衝撃に上梨は襲われ、一瞬目の前が真っ暗になった。


「親戚は2人に降りかかった不幸に同情するふりをしながら遺産を掠めようとしていた。経緯は分からないけど姉は子どもだてらにすぐ手を打って早々に遺産を誰も手が出せない状態にしてあいつに全部使える状態にしたみたいだよ。ついでにこの件を目ざとく見抜いた姉の存在を厄介に思った親戚連中は尽く関係を断ったらしい」


 話を聞いていた上梨は絶句した。


「バカなことを考えないでよ。彼の問題なんだから」


 葵の言葉で我に返り、上梨は茶を口にして気分を沈めた。


「分かっている。それ以上は領域外の問題で当人が向き合うべき話だ。そもそも、逃げ出してきた人間が何を言ったところで解決には繋がらん」


 自分の過去を思い出し、上梨は自嘲気味に笑う。葵は間髪入れずに反論した。


「負けて逃げてこようと経験したことは生き続ける。例えそれが忘れがたい恥辱や傷であっても。経験者の意見は決して無駄にならないよ」


「説得力が違うな」


「そりゃあ、伊達に年食ってないからね」


 快活な笑みを浮かべてるだろうなと液晶越しでもわかる声だった。


「さて、明日は早いからそろそろ失礼するよ」


 言い残して葵は電話を切った。


 会話の余韻を噛みしめながら上梨は新たに茶を淹れる。ロッキングチェアに腰かけながら聞いた話を思い返していると自分の記憶に自動的にアクセスされ、記憶が再生される。


 上梨令うえなしれい。本名はレオ・ブルーアイス。


 数多の吸血鬼を殺し、最強と名高かった吸血鬼カルナ・アラトーマと渡り合った吸血鬼殺しとして業界では知られている。だが、数多の人間を救えども家族を、家を守ることの出来なかった死に損ない。

 今でも在りし日の自分を責めない日はない。


 家名を守るべく仕事に執着し、家庭を顧みずに自らの力を過信していた。その驕り高ぶりが破滅を招いた。


 知らせを受けたときに上梨は仕事を終えて帰路についた直後だった。


 驚きと祈りを胸に抱えてひたすらに走り続けて組織の管理下にある病院に入った。                          待ち受けていたのは、ただの肉だった。


 顔どころか人なのかすら分からないほどにグチャグチャになった肉塊を妻子と認識するのに1日以上かかった。吸血鬼が弄んだ死体、行方知れずになった死体を求めて泣き叫ぶ家族の姿は見慣れたものだった。


 しかし、自分がその立場になると何も感じなかった。目の前にあるものが何度も言葉を交わし、抱き合った人間の姿だと認識できなかった。


 その後のことは、覚えていない。思い出せないのではなく、思い出すことが出来ない。記憶が鮮明になるのは、葵と再会してからだ。


 療養を決めると彼女は日本を勧めてきた。故郷の土を踏んでいる限りはあの悲劇を思い出すことになるためその誘いはありがたかった。


 葵は必要な手続きを全て行った上に土地まで提供してくれた。おかげでズタズタになった精神は癒され、人間らしい生活を送れるぐらいには回復した。その代わりとして彼女が目を付けた人間を吸血鬼殺しにする指導者としての仕事を依頼してくるようになった。


 迷いはあったが、借りと呼ぶには大きすぎて無視できずに引き受けるようになった。他者を死地に追いやることになると頭では分かっていたが、名前を変えても、全てを失っても吸血鬼殺しでありたかった。


 本来ならば己の手で果たすべきことだとは思う。だが、年齢と身体の衰え具合から果たせないことは自分が一番よく分かっている。


 この日々がもう少し続いてほしい。葵から吸血鬼の侵攻があると知らせを聞いた時に思ったことだ。


 少しだけとはいえ、見つけることの出来た生き甲斐を失いたくはなかった。

 それに何も持っていなかった者たちが力をつけて自分の元を巣立っていく姿は気分が良かった。自分がかつて出来なかったことが出来たような気がした。だが、今になってみれば何とも矛盾した行為だと思う。


 彼女もまた、殺さなければならない吸血鬼なのに。

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