第5話 闇夜5(葵サイド)
「昼食を取りに行っただけだったわりに随分と時間を食いましたね…?」
青筋を今にも浮かべそうな形相で真理が葵に迫る。
「コース料理だったもんで…」
「ほう…。コース料理ですか。私も久しく食べていないのに…」
余計な一言だったとは思ったが、真理をからかうのが面白くて口走ってしまった。
「ご馳走してくれても良かったんじゃありません?」
「生ものは腐るのが早いからね。待っているだけの猶予はなかったんだよ」
真理の言い分も理解できない話ではないが、時間がなかったのも事実だった。獲物を求めて徘徊しているだけならばまだしも狙いを定めてしまった後だったのだ。何もしなければあの少年は殺されていた。
「それで被害者は?」
「今頃病院だ」
吸血鬼騒動の生存者は吸血鬼殲滅機関の『羽狩り』が管理下に置く医療機関に保護される段取りになっている。そこで治療を受け、吸血鬼に関する情報を与えられて以後はこの事実を口外しないことを誓約させられる。
「子どもなのに気の毒ですね」
「大差ないよ?君と」
葵は真理を横目で見ると彼女は胸元を手で隠す。
「そんなところで子どもか大人かは判断しないよ」
「大人ですよ。私は」
言いたいことは幾つかあったが、これ以上余計なことを言って噛みつかれるのも面倒だったので葵は言葉を飲み込んだ。
「さて、そろそろ帰ろっか」
時計の針が17時を示したのを確認して葵は立ち上がろうとしたが、直後に鉛筆が飛んできた。今度こそ般若の顔に変貌した真理が葵を見ている。
「定時で帰ってふかふかのベッドで眠れると思ってますか?」
下手な作り笑顔よりも怒りを内包した笑顔の迫力は途轍もない威力がある。特に仕事がらみになっているときの真理の形相は葵でもたじろぎそうになってしまうほどだ。
指さす方には電源の付いていないパソコンがある。3時間以上つけていなかったことを他人事のように思い返した。
「それが終わるまで帰らないで下さいね。安心してください。1人寂しくなんてひどいことは言いませんから」
真理はわざとらしくアルミ缶に入った栄養ドリンク4つをデスクの上に置いた。
徹夜でやれという死刑宣告だ。加えて彼女の監視が付いてくるというおまけつきで休憩にかこつけてサボることも出来ない。
「肌が荒れるよ?」
「仕事に支障が出ない程度には手入れをしてますからご心配なく」
椅子にふんずり返ると真理は足を組む。欠かさずに鍛えている足は肉付きが良い割に無駄な肉がなく引き締まっている。
「言い訳をしてる暇があるなら始めましょう」
「デスクワークは昔から…」
「克服しておいた方が後々使えると思いますよ」
「戦時にペンは使えないよ」
「戦時でも剣よりペンが強いですよ」
そう言われて葵は手のひらに収まっている鉛筆を見る。確かに言っていることは一理ある。しかし、経験則から言わせてもらえば否だ。
「戦は剣で決まる」
強気な台詞を言ったものの、睨みを利かせる真理の目を見ると言葉を引っ込めないと命が危険だと察して言葉を引っ込める。
「まあ、今はペンだね」
苦笑を浮かべると葵はパソコンの電源を入れた。
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