第6話 闇夜6A(九竜サイド)
顔に触れると鈍い痛みが走る。腫れは既に引いているが殴られ、叩かれた傷は夢ではなく現実のものであると伝える。
あの日から、1週間が経過した。
スーツを着た女が呼んだと思わしき救援隊によって病院まで運ばれた。周辺は警察に封鎖されていて後で事情聴取される、最悪の場合はすぐには解放されない可能性があるだろうと考えてしまい嘆きたくなった。
残念ながら反論に使えるであろう証拠は下足痕ぐらいだった。もう1つに女がスカジャンの男の殺害に用いた刃物もあるにはあったが、証拠はいくらでも捏造は出来るという結論に至って悲嘆にくれた。
しかし、警戒した事態は起こらず逆に不可解な事態に見舞われた。あとは、青天の霹靂ともいえる出来事が1つ。
まず、1週間入院することになったが、その間に警察が一度も事情聴取に現れなかった。スーツの女が自首をしたのかと訝しんで逐一ニュースに目を通したがそれらしいニュースは見つからなかった。
不可解な事態が起きたのは最終日だった。
退院の手続きを終え、帰るべく部屋を辞そうとしたところで黒スーツに呼び止められて部屋に戻された。今度こそ警察かと身構えた。
男2人は鍛え上げられた筋肉質な体つきをしていた上にサングラスのせいで表情が読めず見ているだけで不気味だった。映画などでテンプレートとして見ていた恰好をリアルで目にするとこんなに恐ろしいとは思わなかった。
そんな大仰な見た目からどんな目に遭わされるのかと警戒していたが、見事に肩透かしを食らった。
させられたことは、あの日の出来事を口外しないことを誓約書に書くだけで書き終えると不要と言わんばかりに解放された。最後まで警察手帳を見ることはなかった。おかげで解放された今もこの不可解な出来事、あの女のことが気になって仕方がない。
対して青天の霹靂は初日に落ちてきた。
病院に運び込まれるとその日のうちに
薄っすらと汗を浮かび上がらせて化粧が半ば剥がれた顔と乱れた髪、普段は少ししかめっ面気味の顔は余裕を失っていて衝撃が少しでも加われば崩れてしまいそうなほどに張り詰めていた。
部屋に駆け込んできた
「よかったぁ…。本当に…よかったよぉ…‼」
どのような知らせが彼女の耳に届いたのかオレは知らない。それでも、普段の態度からはまるで想像の付かない弱々しい声を上げて抱きしめる姉に唖然として言葉が出るまでに時間がかかった。謝罪の言葉を絞り出すだけで精一杯だった。
そんな3つの出来事を経験して家に戻って今は自宅療養をしている。
明日から学校に戻ることになっているが、可能なら行きたくないというのが紛れもない本音だ。それに気になることが新たにできている。
殺人事件があったにもかかわらず出来事そのものが秘密裏に処理されてしまっていること、それに付随してあの女が何者であるか、最後に死んだスカジャンの男がどうなったのか。
ベッドで寝転がりながらこれからどうするかを考える。行動すべきか、何もしないべきか。言うまでもなく今回は探りなど入れない方が賢明だろう。
冷静に考えればあの女や黒スーツのバックに殺人事件を揉み消すことが出来るほどの権力を持った組織がいると仮定するなら下手に嗅ぎまわれば、あの男と同じ運命をたどることになるかもしれない。それどころかもっと悲惨な結末が待ち受けている未来もあり得なくはない。しかし、オレは既に渦中にいて未だ抜け出せていないように思える。
危険であることは重々承知しているが、何がこの先にあるのかオレは知りたい。その思いが急激に膨れ上がった。
午前中の時間を全て思考することに費やして13時を回った辺りでベッドから起き上がって着替えた。仮病を使って遊び惚けていると噂されて内申点に響くのはこちらとしても都合の悪い話であるため帽子を被り、花粉症対策で購入していた伊達眼鏡を装備して僅かな変装を施す。
正直なところはあの女に会える保証は何処にもない。1本の細い糸を掴んで手繰り寄せる感覚に近い失敗する確率の高い賭けだ。
方法は、あの日の現場に行くこと以外にない。被害者が自分の傷を抉ることになる恐怖が集約した場所に足を踏み入れるなどとても正気の行為ではないとは自分でも思う。実際に電車に乗って現場の最寄り駅に到着した時点で体中から汗が噴き出すほどに慄いていた。端から見れば家で寝てろと言わんばかりの顔で見られた。
駅を出るとあの日と同じ道筋で現場まで向かった。
廃工場はあの日と変わらない姿をしている。唯一異なる点は門に規制線が貼られて立ち入れないようになっているぐらいだ。
「本当に戻って来るなんて驚きだね」
目的の人物は廃工場の入り口で煙草をふかしながら待ち構えていた。最初からこの結末を1つの答えとして予想していたように。
「別に身構えなくていいよ。何もしないから」
女は煙草をアスファルトの上に捨てると足で揉み消した。
「でも、知りたいからここに来た。違う?」
緊張と恐怖で鼓動が早くなる。あの日は良く見えなかった翠色の瞳は言いえぬ妖しさを帯びている。
「まあ、こんな熱い中で話すのはこちらとしても気が乗らないし、それに君は顔色が悪い。どっかで涼みながら追々ってことで異存はないかな?」
気遣うように話をしてはいるが、この状況は女にとっても望んだ展開だったらしい。やたらと目がキラキラしているように見えた。こちらとしても拒否する理由はなく頷いて肯定する。
最初からそれが目的でここに足を運んだのだ。だが、頭の中では未だに引き返すべきだと訴えるオレがいる。
「怖いなら、聞かないのも手だよ?」
「結構です。…聞かせてください」
微笑みを浮かべる女に答えた。
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