第69話 決闘の解法
父の決意と覚悟は『悲壮』とさえ呼べるものであり、そこにはまぎれもない娘への愛があった。
エリカも『第二王子騒動』で父と話したことで、父が自分のことを思いやり、心配してくれていることはよく知っている。
知っているが。
それは、それとして。
(どうして手段が『決闘』なのよ!!!!)
無茶言うなって感じだ。
二台の馬車を剣を刺して無理やりつなげた馬車室で、エリカは壁に頭を打ちつけていた。
父の思考の流れは━━まあぜんぜんわからないのだけれど。
そこに『自分への愛情』があったということだけは、わかっている。わかっているんだ、本当に。
でも。
(【スカ】は想像以上に弱いのよ!?)
父は【剣聖】、『夫』は【スカ】。
勝負の結果など火を見るより明らかだ。絶対に
(……まあ先天スキルの方もあるから本当に秒殺されるっていうことはないのかもしれないけど……!)
ナギの先天スキルについては、エリカも説明を受けている。
とことん規格外の力ではある。あるのだが、どうにもあの力で戦う時、ナギは『身銭』を切っているらしいのだ。
そして現状、さまざまな厄介ごとが併発している感じがあり、ナギの『身銭』を切らせたい状況ではない。
……かつて、ナギに言われた。
エリカは勝利をしていない。勝利をしていない者に、大事な戦いは任せられない。
ナギからゆずられて勝利を得たことはある。だが、言葉はいまだにエリカの胸に響き続けている。
だから、『自分が何かあってもナギを守る』とは、言えない。
ナギの『戦うための力』はなるべく消費させたくない。
しかも……
(この決闘、本当に意味ないからね!!!)
覚悟だの人格だの、確かめるまでもない。
というか確かめるのはやめてほしい。ナギの人格は大手を振って『優良です』とは言えない面もあるし……!
いや第二王子方向での『問題』はないのだけれど……! もっと別種の問題をはらんでいるというか……!
「お父様ァ!」
「うわ、びっくりした」
がつん! と再び頭を打ちつけた時、横にいたナギの声がした。
ギロリとそちらを見れば、御者台から降りたナギが、馬車室の入り口の段差に足をかけているところだった。
「……ごめんなさい、今ちょっと混乱してるの」
「うん。わかる。……額から血が出てるけど……あと馬車室がちょっと壊れてる」
【魔法剣士】は魔法剣を扱う潜在スキルだが、肉弾戦系なので身体能力にも補正がかかっている。
なので普通に頭突きしただけでけっこうな破壊力になるのだった。
夕暮れ時の関所前には、人だかりができつつあった。
『空から馬車が滑空してくる』という珍事のあと、『このあたりの領地を治める貴族が、なんかものすごい剣と撃ち合いをした』という大事件があった。
国境でもあるこの関所あたりには外国からの客人も多くいる。そういった人々が野次馬と化し、エリカたちに注目を注いでいるのだ。
また、目ざとい者は馬車の中にエリカ……『ソーディアン家のご令嬢』がいることに気付いた者もいるようで、国境を守る城門入り口や物見台の上などに集まった人たちから『ソーディアン』だの『エリカ』だの、『第二王子』だのいう声さえ聞こえてくるのだった。
「あの、エリカさん、公爵をお待たせするのも悪いし、ちょっと行ってこようかと思ってるんだけど」
「そう言うと思ったわ」
というかまあ、それ以外にない。
カリバーン王国三大公爵家が一角、『剣のソーディアン』当主、『千の剣のコンラート』。
対してナギは平民である。……こいつ絶対貴族出身だろ、とエリカは思っているのだが、まあ公式には平民ということになっている。
公爵家当主の指示に、平民は逆らえない。
あまり長々と待たせるのさえよろしくない。
なのでナギの行動は極めて常識的かつ自然なものだった。
「本当にあんたはなんでそう、変なところで常識的なのよ……!」
「さんざん非常識扱いを受けているから気をつけてるところではあるけれど……」
「【剣聖】と決闘する意味はわかってるの!?」
「ある程度」
……夕暮れが彼の顔を
金色の草原が風で波打つけれど、馬車室から見るその景色は、今のエリカにはどこか距離があるように思われた。
まるで、馬車室の外が『異世界』であり、自分たちの立っているこの狭い木製の箱の中だけが『この世界』であるかのような……
二人きりでまったく違う世界に来てしまったような、奇妙な現実感のなさが……
「あのー、二人の世界に入っているところ申し訳ありませーん」
馬車室の椅子に座ったヤツがなんか言ってるのに気付いて、エリカは舌打ちした。
そうしたら発言してない方がビクッとしたので、エリカはため息をついて……
「何かしらアリエス。すごく取り込み中なんだけど。ささやかな現実逃避ぐらいさせてくれないかしら」
『二人きりの世界』に迷い込んだ異物であるアリエスをにらみつける。
栗毛の女はにっこり笑ったまま、こんなことを言う。
「修学旅行中は、生徒が教師の護衛をするものですよね」
ナギがそこでちょっと妙な顔になったのは、彼が『前の世界』の感覚をいまだに引きずっているからだ。
ナギの『前世』から見れば逆だが、基本的にこの世界の学園都市は『生徒が教師より豊かで強い』。
なので生徒は教師を守るべきだという風潮がある。義務ではないが、『強く豊かな者が、弱く貧しい者を守る』という、貴族の義務にも通じる概念だ。
エリカが「それで何よ」とアリエスをやぶにらみにしたまま言う。
アリエスは圧の強い笑顔のまま、こう言った。
「エリカ、ナギ先生の代理で戦ったらどうです?」
「いやアンタね、貴族の挑んだ決闘に代理って…………………………アリね」
「ありなの!?」
いいリアクションをするのはもう一人の同乗者であるカリーナだ。
エリカとアリエスがいっせいにそちらを見るので縮こまってしまったが、視線の向けどころが他になかったのか、エリカはカリーナを見たまま話を続けた。
「貴族の決闘には代理を立ててもいいことになっているのよね。そういうのを用意できるのも、貴族の力を示すことになるから。それに……決闘っていうのは『誇り』を守るための戦いなのよ。『誇りを委ねられるだけの代理人』っていうのは、信頼を示す意味にもなるわ。でも……」
「ソーディアン公が僕に決闘を挑んだ文脈にそぐわないよね」
ナギの言う通りなのだった。
コンラートは明らかに『剣を交える過程で人柄などを見て……』というつもりで決闘を挑んだ。
そこでナギが『戦いません。代理を立てます』は許されない。というかエリカを代理に立てたらコンラートからナギへの印象が悪くなる可能性も……
そこまで考えて、エリカは……
馬車室の壁をぶん殴った。
そばに寄っていたもう一台の馬車室の乗員……レオンが「ひい!?」と声を出す。
そのぐらいすさまじい音がして、そして馬車室は派手に砕けていた。
「ああああああああ! もう面倒になってきたわ!」
「ええ……」
「もういい。もう知らない。もうあたしがやります」
「いやでも文脈的に……」
「そもそも剣を交えて性格なんかわかるわけないでしょ!? 剣を交えてわかるのは剣の腕だけよ! お父様のアイデアには最初から無理があるの! っていうかお母様にも相談してないで飛び出してるわよアレ!」
「そうなの?」
「お母様はまだ常識的だもの!」
エリカから見た両親は、『放っておくと暴走するか日向ぼっこしてる父をうまく操作する母』という感じだ。
自分のことを思いやってくれたのはわかるが、『王と王子を斬るか』とか言われた時は『お母様に相談した!?』と真っ先に叫んでしまった。してなかったので相談させた。
父はそういう暴走するところがある。
思い詰めるともっとも単純な解決法をとろうとする、というのか……
しかも考え方が人とちょっと違うので、周囲がびっくりするような『単純な解決法』が出てくるのだ。
(……発言の間というか、『当然のことを言っています』という態度でこっちをおどろかせてくるところとか、こいつもそっくりなのよね……)
ちらりとエリカが赤い瞳を向ける先には、わけのわかっていない顔をするナギがいる。
娘は父親に似た男を好きになる━━だとかいう俗説が一瞬頭をよぎったが、なんの根拠もないその説を頭を振って追い出して、
「とにかく、あたしがやります」
「いや、でも」
ナギが食い下がろうとするので、エリカはまた壁を殴った。
馬車室右の壁が完全に消失した。
「やります」
笑顔で告げる。
ナギは……
「……はい」
これ以上の話し合いは無理だと悟ったのか、引き下がってくれた。
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