七章 剣にかける

第66話 コンラート・ソーディアンの半生1

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七章開始です

章の終了まで毎日11時公開していきます

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 人生にはどうしようもないことが数多くある。


 ソーディアンという公爵家に生まれたコンラートの人生は始まったころから『どうしようもないもの』で、数々のものを生まれつき持っていたもののせいで振るい落としてきた。


 たとえば、才能。


 コンラートは生来、どことなくぼんやりしたところのある少年だった。


 特に熱意がない、というのか……『願望』というものが特になかったがゆえに、周囲に言われるまま剣の道を修めようと努力を重ねた。

 とはいえ本人には『努力している』という自覚がなかった。

 ただただひたすらに剣の道にのめり込んでいるように見えたので、周囲からは『この子は剣の申し子だ』という評価を得たし、周囲からは『あれだけ剣術ばかりやっているのだから、よほど剣が好きなのだろう』という評価を受けた。


 だが、別に、剣術は好きというわけではなかった。


 嫌いでもなかった。


 剣術の修行は一日中してきたし、その鍛錬は常人から見れば時間、強度ともに『すさまじく懸命に打ち込んでいる』と見られるものではあったが、コンラート本人としては『そうせよと望まれたからそうしている』というだけの話。


 もしも彼が【剣聖】という潜在スキルを持っていなかったなら……いや、この世に潜在スキルや先天スキルというものがなかったならば、コンラートは己が何をして過ごしたらいいかわからず、ただただぼんやりと毎日空でも見ながら過ごしたことだろう。


 つまり、他者から見て『つらい修行』に思えるようなことは、コンラートにとって『ぼんやり空を見る』のとさほど違いがないことだったのだ。


 苦しければやめていただろう。他に楽しいことがあればそちらをやっていただろう。

 けれど彼は、苦しみだの、楽しさだのを覚える感性が壊れていた。最初から『苦楽』という感覚がよくわからず、親や世間が『そうせよ』と言うので『そう』していただけにしかすぎない。


 ソーディアン家には『生まれた子にとりあえず剣術修行をつける』というならいがあったため、十五歳のスキル鑑定前から剣術に打ち込んでいたコンラートだったが、成人の儀式で【剣聖】という潜在スキルを持っていることが判明してからは、ますます剣以外を求められなくなった。


 コンラートはやはり願望というものがない。

 十五歳になると同年代の者たちは恋愛だの結婚だのと騒ぎ、生まれの良い、悪いなどに悩み、人に嫉妬し、あるいは自分を本来の能力以上に過大評価したり、逆に過小評価したりといった、『人間らしい悩み』に目覚めていく。


 その中でコンラートは『人間らしい悩み』とは無縁だった。


 相変わらずなんの願望も持っていない彼は、周囲が有言、無言で望むままに剣術に打ち込み続けた。


 それはストイックな姿勢として見られ、『カリバーン王国の三大公爵家たる剣のソーディアンとして立派だ』と言われた。

 褒められることもなんとも思わなかった。喜びはなく、苦しみもなく、ただぼんやり空をながめるがごとく、コンラートは剣術を続けた。


 彼にはまったく『揺らぎ』がなかったし、彼が周囲に働きかけることもなかった。


 ……ただし、世間も人間関係も、社会さえも流動的なもので、その中で生きざるを得ない『ゆるがぬもの』たるコンラートは、本人の行動とは無関係に世間の圧力めいたものをその身に帯びることになる。


 コンラートは友情を知らなかった。友と過ごす喜びを覚えたことがなかった。

 だが友人付き合いを邪魔にも思わなかったし、『それなりの付き合い』をする社交性も持ち合わせていたので、友人はいたし、親友と周囲から定義される関係性の者もいた。


 その友人から唐突に裏切り者扱いされた時、コンラートはさすがに困惑した。まったく心当たりがなかったからだ。


 そしてよくよく話を聞いてみれば、それは逆恨みによるものだというのがわかってしまった。


「僕が愛する彼女は、お前に夢中だ! 『千の剣のコンラート』! 才能を持ち、それを望まれ、活かして、多くの令嬢から愛される人生はさぞかし心地がいいものなのだろうな! 僕の気持ちは、君になどわからない!」


 実際に理解はできなかった。

 コンラートは愛だの恋だので騒ぐ者の気持ちがわからない。いや、愛だの恋だのに限らず、一事をさも人生を左右する重大な問題のごとく嘆き、悲しみ、つばを飛ばして大声で騒ぎ、解決の役に立つわけでもないのに感情的にうったえるという者の気持ちがわからない。


 コンラートは喜びも苦しみも知らなかったものだから、自分がそれらを覚えているケースの想像もできなかった。

 たとえいきなり家族全員が死に、その死亡の罪をかぶせられ、国家を追放されたり、あるいは死罪となっても、自分は眉一つ動かさないのではないか━━そのぐらいに考えていた。


「君にはきっと、生涯、大事なものなどできないのだろう」


 親友とされていた男は、それ以来、コンラートと話すことはなかった。

 コンラートは『空をながめるがごとく』その仕打ちを受け入れた。


『どうでもよかった』と断じてしまえるほどの気持ちだけでも、あればよかったとは、後年になって振り返って思う。

 だが、『どうでもよかった』、でさえなかった。本当の本当になんの感慨もわかなかった。

 周囲の者たちは『モテない男の逆恨みだったな』などとコンラートをなぐさめてくれたのだけれど、コンラートは何も思わなかった。

 親友とされた男が『モテない男』などと言われ、人のあいだで面白おかしく噂される事態さえ、何も思うことができなかったのだ。


 その時になってようやく、コンラートは自分の欠落を自覚した。


 喜びも苦しみもない、『椅子に腰掛けて窓の外の空をながめるがごとき気持ち』以外にはいっさい抱いたことのない人生の異常性を実感できたような、そんな気持ちになった。


 どこかで何かを改善しないと、なんらかの大きな失敗をする予感、というのか。


 それはコンラートが人生で初めて抱いた危機感だった。

 たとえば自分が【剣聖】ではなかったら。あるいはソーディアン家の生まれでなかったら?


 自分は今まで運よく才能や家柄に恵まれていたために『決断』の必要性もなく、ただ周囲の要請に従って『空をながめるがごとく』過ごしていればよかったが……

 もしもこの先もこのままであれば、『親友』とされた彼が離れていったように、『自分がなんとも思わないがゆえに取りこぼすもの』が増え始めるのではないか……


 若いコンラートが感じていたのはもっと漠然とした不安だったが、後年になって言語化するならば、そういうことなのだろう。


 だが、コンラートは運にも恵まれた。


 ソーディアン家に久方ぶりに生まれた【剣聖】に嫁ぐことになったのは、同じくカリバーン王国三大公爵家が一つ、ビブリオの家に生まれたご令嬢だった。


 のちの妻であるその少女が、コンラートの欠落を埋めてくれた。


 その欠落はもちろん、『不安』『寂しさ』『焦燥』などではなく……

 コンラートが生来持ち合わせていた、才能という名の欠落。


『苦楽を感じず、ただ言われたことを徹底的にこなし続け、それが歓迎される環境にあるため、変化の必要性さえ感じない』という彼の才覚……

 その彼に『変化の必要性』をもたらしてくれたのが、のちに妻になるその女性だった。

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