第60話 凝った空気の馬車にて

 カリバーン王国ソーディアン領までの旅路は、馬車が用意されている。

 二頭立ての、幌はないが屋根はあるデザインの四人乗り馬車が二台で、それぞれに御者をできる者が乗り込むことになった。


 御者をやるのはアルティア、それからエリカの二名だ。

 順番に身分が『王女』『公爵令嬢』となる。


 ナギは『そんな人たちに御者をやらせるのか……』とついつい前世的、そして『外』的な考え方をしてしまうのだが、学園都市においては申し訳ないと思う方向性が違う。


「すまねぇな、アルティア先生に御者なんぞやらせちまって……」


 レオンのこの発言が示すように、学園都市においては『生徒が教師を守るもの』であり『生徒が教師を保護するもの』なのだ。

 なので『教職員に苦労をかけてしまって申し訳ない』というのが真っ先に出る感想らしかった。


「でも馬とか乗ったことねぇしな……」


 平民組はまずそういう潜在スキルでもなければ騎乗動物に乗せてもらう機会そのものがない。

 騎乗動物というのは各村にいるものではあるが、それは高級な『村の共有財産』であり、潜在スキルもない子供が『乗ってみたい』で乗れるものではないのだ。なので当然、乗ることができない。


 貴族組は乗馬の機会自体はある(たしなみとして乗馬という項目がある)のだが、馬車の御者というのはまた勝手が違うものであり、しかも二頭立ての馬車の二頭を御者席から同時に御するのは専門の技量が必要となる。

 乗馬や乗り物操作にまつわる潜在スキルを持っていれば経験がなくても乗りこなせるし、ナギはいざとなればそれらスキルを発動することもできるのだが、基本的にはナギもソラも『御者』はできない。


 なので『おてんば王女』で若いころはあちこちを転々としていろいろやってたアルティアと、それから運動系がもともと好きでいろいろやっていたらしいエリカが御者になることとなった。


(……なるほど、これはクラスイベントに生徒が参加しないわけだ)


 プランニングやら宿の手配やらの事務手続きは教師の仕事だが、そのプランを実現するために疲れることになるのは生徒なのだ。

 自由参加もむべなるかな。いくら旅行だのなんだのとイベントを目の前にぶら下げてみても、『疲れるからパス』が普通に選択肢にのぼってしまうのが学園都市の生徒という身分なのであった。

 もちろん生徒には『特別手当』も支給される(旅行に参加すると生徒がお金をもらうのだ。前世の感覚が壊れる)が、それはスキル手当やら部活動収入(部活動とは会社だ)などももらえて基本的に金がある生徒たちからすると『苦労に見合わない』程度の収入のようだった。


 つまるところ『この先生と旅行したい』がない限り基本的に生徒は来ない。

 今回のようにいろいろ特殊な事情が重なっていれば、面倒見のいい人と事情のある人とでクラスの半数が参加するということにもなるが……


 そこまで考えて、ナギははたと気付いた。


「そういえばカリーナさんはなんで『まじめ』なんだろう」


 彼女も平民だし、潜在スキルは【針子】なので、表向きには乗馬も御者もできない。

 が、それだって力仕事や地味で苦労する仕事など任されることもあるだろう。

 それでもこういうイベントには必ず参加しているとのことだった。

 はっきり言って学園都市のイベントは現場の苦労で成り立っているので、参加というのはそこまで積極的にしたいようなものではなさそうなのだが……


 ナギはエリカが御者をする馬車のタラップに足を乗せながらそんなことをうっかりつぶやいた。


 なぜエリカが御者をする馬車に乗ったかといえば、エリカの背中からそういうオーラが出ていたから、としか言えない。

 圧を感じたために乗らざるを得ず、その圧のせいでカリーナなどはアルティアが御者をする方の馬車へと向かっていったぐらいだ。


 さてエリカの背中を望める方の椅子に腰掛けたわけだが、その時に「それはですね」と前置きしながら


 アリエスである。


 彼女はナギの隣に腰掛け、旅行用の荷物の入ったリュックを足元に置きながら(みんな持っている学園製のリュックだ。登山用デザインで地味にオーパーツ)、いつものにっこりした笑みを浮かべて、このような答えをもたらした。


「カリーナには、このクラス以外の場所に友達がいないからです」

「痛烈だね……」

「あの感じなのでゼミとかでも浮いてるみたいですよ。まあ、この腕章を身につけてる時点で私たちは浮いてるんですが……」


 標準的なブレザー型制服を身につけたアリエスの左肩あたりには、ナギのクラスであることを示す腕章がある。

 そこには区画と番街……つまり十三区画十三番街という教室の所在地と、あとは『真っ黒いヤギ』……というか悪魔っぽいものの頭のマークがあった。


 それこそが『問題児クラス』と揶揄される……というか学園長がそう呼んでるので呼称が広まってる感もある……クラスを示す『クラス章』なのだった。


 学外活動の時にはこの腕章を身につけることが義務付けられており、今は全員がこれをつけている。

 ナギやアルティアといった教職員もだ。


 ダイナミックに遅刻していてまだ合流していないノイはどういう格好で来るか知らないが(いちおう報告はあったので先に出発することになっている)、どうだろう、あの師匠はルール無用なので読めない。


 ともかく。

 ナギは今まで聞くに聞けなかった質問を口にする。


「このクラスってやっぱりその、評判が悪いの?」

「ぶっちゃけてしまえばそうです。ただその、評判の悪さについてなんですが……」

「……」

「言われてることがだいたい真実すぎて反論が難しいというか」

「……どういう、こと?」


 ナギと同じ馬車にソラも乗り込んできて、ナギの隣に座るアリエスを見て固まったあと、正面に腰を下ろした。

 アリエスはソラの視線を完全無視して、ナギに話しかけ続ける。


「『あいつまた女の子拾ったらしい』とか『また亡国の姫とか言い出した』とか……」

「……」

「そういう事実を取り沙汰されて遠巻きにされた結果、そういう人が集められているクラスがあるらしいと評判になり……」

「整理しようか。つまり、『問題児クラスだから評判が悪い』というよりは、『問題を起こしている人がいて、そういう人が多いクラスだから、あんまりかかわらないでおこうみたいに扱われてる』っていうこと?」

「んまあ、その…………そうですね」

「なんてことだ……『不当な扱いだ!』と憤ることができる点がない……」

「その、ええと、申し訳なく思います……」

「まあアリエスさんは、その、なんていうの? ……証拠不十分だし」

「何かやってるみたいな言い方はやめてもらっても!?」


 アリエスは『ウルフウーマン』とかいう正義の味方活動をしていることがほぼほぼ確定している。

 ちなみに『正義の味方活動』の中身は『悪と認定したやつを半殺しにして立ち去る』なので、証拠がそろったら普通に捕まる。すでに秩序に治められた土地で自分勝手な秩序を理由に振る舞ってはいけません。


 ナギが頭を抱えていると、最後の一人が馬車に乗り込んでくる。

 それは特に考えた様子もなくアルティアの操縦する方の馬車に向かっていたはずのキンキラリン、カリーナであった。


「あれ? どうしたの?」


 真っ先にアルティアの馬車に乗り込んでいた姿を目撃していたため、ナギは問いかける。

 するとカリーナは唯一空いてるソラの隣を見て深く思い悩んだ様子を見せたあと、結局そこに腰掛けて、


「……あの、向こうの馬車内の空気が……その……家族馬車でして……」

「ああ……」


 居心地が悪そう。


 御者はアルティア、乗っているのはアルティアの夫ジョルジュと、その娘リリティアと、リリティアにずっと腕を組まれていて逃げられないレオンだ。

 たぶん馬車内の空気はだいぶ悪い。幼い娘さんに言い寄られている男が、その娘さんの父親と相乗りで、しかも娘さんの母親が御者なのだから。


 ナギは黙祷した。

 それから、


「でもこっちの馬車もそこそこ空気が悪いよ? ソラ……さんのあたりからピリピリしたものを感じる」


「気付いてて無反応だったの!?」


 ソラがびっくりしている。

 だが考えてみてほしい。『なんかソラのあたりから悪い空気が漂ってるね』と申し出ることで、空気がよくなるだろうか?

 否である。どうなるかと言えば『ますます空気が悪くなる』だ。今の空気がその考えの正しさを証明していると言えよう。


「ソラさん、まだクラスになじめないのはわかるけれど……」

「いえそういう問題じゃなくってよ!? そこの女とか、あとわたくしの後ろの方で御者しながらめちゃくちゃ耳をそば立ててる女とか、そういうところに原因があると思うのですけれど!?」

「まあとにかく、みんな仲良くしようよ」

「お兄……ナギ先生、あなたがそれを言うのはよくないと思うわ」

「しかし僕以外に誰がこの提案をできるというんだ……」

「いないのよ。この世にその提案をできる人は、一人も」

「参ったな、そんなに絶無なのは予想外だ……」


 こういう時にハイドラ先生あたりがいてくれたら、めちゃくちゃなデスマーチの影響で疲れ果てている姿を見せつけて全員に気遣いを生んでくれるのだが、学園長づてで来るとか来ないとか言っていたはずの彼女は、今日になっても連絡一つなかった。


 しょうがないのでナギは楽しい旅路のための提案をする。


「まあとにかく何かゲームでもしようか」

「この空気で!?」


 発言したソラどころかアリエスとカリーナからも『正気か?』みたいな目を向けられたし、御者席からも「えっ」という声が漏れてきた。


 だがナギはにこにこしたまま「山手線ゲームというものがあってね」と説明を始めるので、カリーナが「この先生無敵なんですの?」と素直な感想を漏らしていた。女性陣一同うなずいた。


 かくして冷え切った空気の中で寒々しいゲームが開始された。

 空気感はデスゲームだが女性陣の心は一つになったので結果的には成功と言える可能性もなきにしもあらず。

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