第59話 カリーナ以下略

「わたくしの名は『カリーナ・ゴコースリ・ギョーマ・クーネル・コージー・フォン・ジュデーム』ですわ! あなたが何かと噂のナギ先生かしら? とりあえず片膝をついて礼をなさい! わたくしは亡国の王族ですのよ!」


「あ、これは無視していいやつです」


「アリエスぅ! おのれまた余計なことを!」


 なんか濃いのが来た。


 ほとんど徹夜で修学旅行出発日を迎えたナギだったが、集合場所である学園都市西門の生徒待機場所(外出の用事がある生徒の集団がいったんとどめ置かれるための場所)にいた。


 そうしたらいきなりカリーナなんとかさんが現れて名乗り始めたので、死んだ目でそちらを見たところだ。


 早朝なのだった。


 わりと『学園の外に出る生徒集団』というものは出る時には出るようで、待機場所はかなり広かった。体育館ぐらいはあるだろうか。

 そこに大量の椅子が等間隔で同じ方向を向いて並んでいるのがこの『生徒待機場所』であり、正式な名称はないので『西門の集合場所』みたいな言われ方をするらしい。


 おそらくは修学旅行シーズンなどでここをたくさんの生徒が利用するのだと思われるが、ナギのクラスのように新学期始まって一週間で即修学旅行とかいう酔狂な人々はおらず、結果としてがらんとしている。


 そのがらんとした天井の高い場所に、カリーナの声はやたらと響いた。


 カリーナを一言でざっくり言ってしまえば『こういう‪vtuber‬いそう』という見た目だ。


 尻まで伸びたゴールドのぐるぐる巻かれた髪は、たぶんパーマをかけていなければカカトより下まで伸びていることだろう。


 着ているものは学園制服の一つ(学園制服はさまざまなデザインがあって好きに選べる。所属クラスなどは腕章で示すので服はみんなバラバラ)であるスタンダードなブレザータイプ…………を、基礎にした、何がなんだかわからない改造制服だった。

 たぶんブレザータイプのはずなのだが、あらゆるところにフリルがあしらわれており、この世界でのフリルの値段を知っていると『うわ、大富豪……』という感想が出てしまう。

 さらになぜか尻側だけ布を足されたスカートに、謎のヒラヒラがついた袖、全体の色はどういう技術で作成されたのか黄金ときてはもう、そのまま年末の歌合戦でボスでもやれそうな仕上がりになっている。


 顔立ちも気が強そうというよりは『高飛車そう』という造りで、美しく整っているのだが、あごを上げてドヤ顔を浮かべている様子のせいで見惚れるよりは『かかわらんとこ』という感想が先に来るのだった。


「というかカリーナさんに苗字はなかったと思うんだけど」


 クラスの生徒のプロフィールは事前に資料で確認し暗記もしているが、カリーナは亡国の姫ということはなく、ご両親の身許もはっきりした漁師一家の人である。

 故郷はカリバーン王国ソーディアン領の南西であり、学園長が言っていたように、そちらには海があるのだ。そこで魚をとって生計を立てていらっしゃるご両親とお兄さんがいたはずだが。


「ふ。……ナギ先生とおっしゃったかしら? あなたには『真実』が見えていらっしゃらないようですわね。まさかそこの羊飼いの娘の『こいつド平民ですよ』などという戯言たわごとを無垢に信じている━━などということはありませんわよね?」


「いや、きちんとした資料を参照した結果、君の血筋も知っているんだけど」


「血筋などというものに囚われてはいけませんわ。わたくしは確かに磯臭い家の生まれ。それは今生の宿業としてこの身に刻まれてはいるでしょう。けれどっ! わたくしの魂は滅びた国の姫なのです!」

「……まさか、転生者?」

「そう! それ! いい響きですわね『転生者』!」

「そうなのか。あーっと……」


 転生云々についてはハイドラ先生から『言うなよ!』というお達しがあった。

 だが相手が転生者なら言ってもいいのかもしれない……というかこれだけ堂々と転生者ということをバラすということは、むしろこの学園では転生者であることを明かすのがマナーの可能性さえあった。学園長も隠そうという意思は見られないし……


 ナギが葛藤していると、いつの間に横にいたのか、栗色の髪の少女がいつものごとくにっこり微笑みながら肩をつんつんしてくる。

 アリエスという少女はたまにみょうなテンションになることはあるが、基本的に穏やかで優しく面倒見がよく、いつも微笑みを浮かべている━━というのがナギの評価だ。


 その彼女がいつもの微笑みのまま、こんなことを言った。


「カリーナは病気なんです」

「え、そうなの? 治療のバックアップとかは大丈夫?」

「いえそういうのじゃなく、『自分の前世がお姫様』だとか、『秘められた力が自分にはあるんだ』とか、そういう系統の……」

「…………なるほど」


「アリエスぅぅぅぅぅ!? どうしてわたくしの邪魔をするんですの!? ナギ先生ならわたくしのソウルの叫びを理解してくださると思ったのに! 余計な知識を与えないで! せっかくの曇りなき『真実を見通せるまなこ』がお前のせいで濁る!」


「今のは『何も知らないから信じ込ませることができそうだったのに、情報を与えられたせいでうまくいきそうもない』という意味です」


「違いますわよ! 真実! 真実なのです! わたくしが高貴な前世を持つ転生者であること! 秘められた力を持つこと! すべて真実! ですが曇った眼の者どもは今生の血肉にばかり目をやって真実を見通すことができないだけなのです!」


「ご覧のように悪意はないんですけど、付き合い方にはコツがありますのでご注意ください。それを伝えたくて今日はこいつの後ろをくっついて来ました」


 アリエスは親切だが、ちょっとぶった斬りすぎだと思う。


 カリーナは「真実……真実なのに……」と悲しそうにしている。

 本人もどこまでそれを信じているのかはナギからは観測できないが、少なくともそういう扱いをしてほしそうだな……というのは感じるので、ナギは教師として生徒に寄り添うことにした。


「えーっと、『カリーナ・ゴコースリ・ギョーマ・クーネル・コージー・フォン・ジュデーム』さんで合ってるかな?」


「! え、えっと、たぶんそうですわ!」


「こいつ勢いでしゃべってるだけだから自分で言ったこと覚えてませんよ」


「アリエスぅ! お前ちょっと表出ろ! 今日こそその余計なこと言う口を縫い合わせてやる!」


「は? 純真なナギ先生を騙そうとするあなたが悪いのでは? あなたのノリはあなたの勝手ですけど、将来有望な若くてかわいい先生に余計な情報を吹き込まないでくれます? 狩るぞ?」


「先生! 潜在スキルの暴力でこの狼女が恫喝してくるのですわ! 【上級狩人】が【ラグジュアリーデザイナー】に吐いていい暴言のレベルを逸脱していると思いますわ!」


「あっおい先生に助けを求めるのはノールールすぎませんか!? っていうかなんだよ【ラグジュアリーデザイナー】って! あんたの潜在スキルは【針子】でしょうが!」


 ちなみにカリーナの潜在スキルについてはもちろんナギも知っている。


【針子】というのは【農民】ぐらいのレアリティのスキルであり、【スカ】ほどではないがわりとハズレ扱いされるものだ。

 これらスキルの保持者は多く、そして戦闘系によくある『中級』などのランクもない。

 ……そのせいなのか、これら潜在スキルを持っていると判明してしまった人は、どうにも勢いがなく、スキルが決まった瞬間から『人生の上限』を意識させられたような態度になり、どこか穏やかで気がぬけた、牧歌的な感じの性格になる。


 カリーナがここまで『濃い』のは、【針子】というスキルへの反発みたいなものと、それから先天スキルの方が何かあるのだろうか。

 先天スキルの話題はスリーサイズぐらいにセンシティブであり、教師でもごくごく一部……というか理事長ぐらいしか完全に把握はしていないと思われるのだが。


 スキルというのは絶対視されているものだけに、人格形成にかなり大きな影響を及ぼす。


(……いやでも『前世がお姫様』とか、先天スキルから全然連想できないな)


 ナギの【複写copy】はカリーナとのコミュニケーションを経て、彼女の先天スキルをコピーした。

 だが『お姫様』が異物感のありすぎるワードであるとわかるだけだった。マジで個性だけで育んだのだろうか、この『濃さ』を。


 などとやっていると、集合場所にぞろぞろとクラスメイトたちが入ってくる。


「あら、新顔がいますわね! アリエスごときド平民と話している場合ではありませんわ! もし! そこのあなた! わたくしに自己紹介をさせてくださいまし!」


 カリーナが金髪のドリルを振り乱してずかずか歩み寄っていく先にいるのは━━


 アリエスが、慌てた声を出す。


「カリーナ! 待ちなさい! 待って! その人たち相手にお前のノリはまずいから!」


「わたくしはカリーナ以下略! ちょっと名前が長めの亡国の姫ですわ! あなた、なかなか高貴な見た目をしているじゃない? であればわたくしのロイヤルなオーラを感じなくて? 名乗ることを許して差し上げてよ?」


「ソラ・アンダーテイルと申しますわ」


「ひいいいいい侯爵ううううううう!?」


 ちなみにソラは侯爵で間違いないのだが、カリーナがその事実を知っているわけではなく、たぶん『侯爵令嬢』という認識をしていると思われた。


「わっ、わたくしちょっと用事を思い出しましたわ! あっ、レオンさん!? ちょっと隣のお嬢さんはまた拾いましたの? 女子供を拾う趣味はどうかと思いますわよ! ところでそちらの子はなんというお名前かしら。わたくしの威光に平伏す前に名乗る機会を差し上げてよ!」


「リリティア・グリモワール」


「はあああああロイヤルううううううう!? えっ、待って待って、なんでこのクラスがいきなりリアル高貴な方々の寄せ集めみたいになってますの?」


「相変わらずねカリーナ」


「ひえええ公しゃ……そういえばエリカも公爵令嬢でしたわね」

「あたしへの対応だけ軽くない!?」

「いえ、慣れましたので……」


 大騒ぎである。


 取り残されたアリエスが力なく笑いながら、ナギに言葉をかけてくる。


「あの、あいつの首とか大丈夫でしょうか」


 心配になる、斬首。


 現在のナギは貴族の名を名乗れないので、貴族の人々があのにぎやかさをどう受け取るか明確なところは言えなかった。

 なのでこう答えるしかない。


「わからない」


 まあソラとリリティアなら大丈夫だとは思うけれど……

 なんだか大変な騒ぎの中、修学旅行が始まろうとしている。

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