六章 緩衝地帯の狂騒

第58話 メンバー紹介

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六章開始です

ここから第三部カリバーン王国編となります

三部は三章構成の予定です

よろしくお願いします

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 修学旅行です。

 生徒のみなさんはふるってご参加ください。


 参加者なんと……


 十三区画の『問題児クラス』全生徒十五名中……

 七名。


「…………まあ、学園都市における『クラス』って、こういうものだっていう話は聞いていたんだけどね」


 参加希望者の名簿を見ながら、ナギはついつい嘆いてしまった。

 いや、『常識』については教えられた。


 学園都市トリスメギトス。


 これはこの世界において『特異点』とでも呼ぶべき異常文明都市であり、なおかつ異質文明都市でもある。


 つまるところ、多分に『異世界的』なのだ。


 それは『学園都市の王』と呼ばれるヘルメス・トリスメギトス(偽名)がもともと異世界人であり……

 どうにも、『故郷』の再現を狙っている、という気配があるから。


 ……だがその学園都市の細かいところまで『彼の故郷』の通りかと言われれば、そうでもないのが現状だった。


 それは各所に現れており……


 たとえば『担任教師』や『所属クラス』などの概念もまた、『この世界ナイズ』されている。


 つまり、


「……所属クラスのイベントには参加自由。授業はやる気がある人はそれぞれ専門の教師が開催してるゼミに所属する。担任教師は『事務手続きなどの用事を頼む相手』で、その発言に強制力はない代わりに責任もない……」


『前世』にひきずられているとかなり、色々違って違和感がひどいことになる。

 とにかく『トリスメギトス学園都市における担任教師およびクラスイベントには強制力がない』ということだけは常に念頭においておかねばならないだろう。


 おかげで修学旅行が『身内で計画した小旅行』みたいになっているし。


 参加者は……


 まずはレオン。

 彼は『中に聖剣がある(?)』とかで、カリバーン王国から直々に招待状が送り付けられてしまったらしい。

 これは行かないなら行かないで問題が発生するので、参加せざるをえないようだ。

 ランサー公をぶった斬ってしまった件などでだいぶ行きたくなさそうな感じだが、彼は権力に弱いという側面もあるので、行くことになった。


 そしてエリカ。

 というか今回修学旅行のいろいろを世話してくれるソーディアン家が彼女の実家なので、里帰りにあたる。

 あとナギは彼女と結婚してしまったので……それは彼女が渦中にいた問題を解決するための契約だったし、もう問題も解決したし別れるだろうなという状況とはいえ……二人そろって一度ぐらいごあいさつはすべきだろう。

 彼女を悩ませていた第二王子も国外追放されたのでようやく実家に帰れるとあり、エリカは毎晩『ソーディアン領のアピールポイント』を通話で教えてくれる。

 親切な人だよなあ、いい相手を見つけてほしいなあ、とナギは思っている。


 アリエス。

 特に強制されるべき事情はないが来てくれるらしい。

 何かを早口でまくしたてられたが、聞こえた部分だけ総合すれば『ナギの初旅行にして担任としての初イベントなので当然行く』みたいな話だったように思う。

 彼女もまた親切なのだ。ただ、たまに暴走するだけであり、学園都市以外で暴走されると事後処理が大変なので、わりと注視しなければならない人材ではある。

 特に彼女の『正義』に引っかかる事件が起きないことを切に願う必要があるだろう。


 リリティア。

『レオンが行くから……』


 ソラ。

『お兄様が行くから』


 自分の意思。


 そしてまだまともな会話もないけれどもう一人参加希望をしてくれた生徒がいて、その子はこういうイベントには必ず参加するまじめな子(クラスイベントに毎回参加するというのが『まじめ』と特筆されるのだ)らしい。


 あと『その子と会話もない』っていうか、ナギの受け持つクラスで新学期が始まってから、まだ顔見知りしか教室に来ていないという、前世基準だとありえない事態が起こっているだけで、満遍なく誰ともまだ会話がない状態だ。


 そして今年から入学した新しい生徒。


 ナギは今、教職員寮の自室で、その人物と二者面談している。


 というか……

 いつの間にか、二者面談状態だった、というのが正しい。


 呼んでない。

 招いてない。

 そもそも部屋に入れた記憶がない。


 椅子に腰掛けて、修学旅行参加者名簿を見ていたナギは、名簿をどかした先━━ナギのベッドの上に、その人物が腰掛けているのを発見してしまったのだ。


 その人物は、


「……あの、ノイ師匠、なんでいつの間にか僕のクラスの生徒になってるんでしょうか?」


 褐色肌に灰色の髪の、少年めいた体つきの……女性。

 極度に若く見える。せいぜい十三歳とかそのぐらいに。しかし騙されてはいけない。彼女はナギが十歳にならないころからずっと、この見た目で一線で活躍をしているのだった。


【死聖】。


 暗殺者系の現存を確認されている中では最上位の潜在スキル持ちであり、『マスタリー』に至った達人。

 加えて学園長暗殺をやらかした人でもあり、その身柄は学園長が獄につないでいるはずだった。


 なのに、普通にいる。

 そしていつの間にかナギのクラスの生徒として登録されていた。


 学園長は基本的におしゃべりでいろいろな情報をナギにばらまいてくるのだけれど、大事なことだけ言わないという悪癖がある。

 まあ黙っている情報については『黙っている理由』がうかがえるものもあるのだけれど、今回のケースにかんしては、『サプライズ』とか言われそうなので、なんで黙っていたのかは聞いていない。さすがにナギでも学園長を殴ってしまいそうな気がするからだ。


 室内照明に照らされた【死聖】ノイは、ベッドの上で褐色の裸足をぶらぶらさせながら、光も感情もない暗い目でナギを見つめた。

 ちなみにこの師匠の表情筋と目が死んでいるのはいつものことなので、機嫌が悪いということはないと思う。


 そしてナギに問われたノイは、当然のようにこう述べるのだ。


「その情報にいくら払う?」


 彼女は暗殺者。

 情報も、命も、金と交換でしかもたらさない。


 とはいえ。


「僕の部屋に勝手に入ったことを通報しない代わりに教えてください」

「ああ、それは大変な価値があるね。バレたら【魔神】に敵対されそうだ。いいよ、ぼくの知る限りを教えよう」


 まあ経緯説明ぐらいは普通にしてくれ……という感じではあったが、この師匠の奪銭奴だつせんどっぷりは『【死聖】の力が自由意思のもと奮われてはまずいから、金というもので線引きをしている』という信念あってのものなので、強くも言えない。


「ぼくは学園長に、依頼者の正体を教えろとせまられた。そこでその情報にいくら払うかをたずねたところ、まずは理事会入りを提示された」

「あの学園長、本当に節操がないな……」

「そしてぼくは、それを保留した」

「まあ、僕でも保留しますね」


 学園理事会。

 つまり、異常文明都市の異質理事長直属の異能集団だ。


 秘書であるピアスまみれメイドのラミィの様子なんか見ていてもわかる通り、かなりこうなんていうか、業務内容がブラックに思える。

 あの学園長は『親しい相手』判定をした人はいくら使い倒しても構わないと思っている傾向がある。『お友達価格』と『無償奉仕』の区別がついていない感じの人だ。

 なので子飼いになるのは『ちょっと考えさせてください』という気持ちになる。少なくともナギはなる。


 ただ切って捨てるには惜しい勧誘であるのも事実だ。

 具体的なメリットとデメリットを見極めた上で判断したいので保留します━━と、許されるなら、そしてナギが誘われたとしたら、保留を選ぶだろうなとは思う。


「まあ、僕は正義でも悪でもないので理事会には入れないらしいんですけど」

「ああ、それは言い得て妙だね。きみの基準は正義・悪だのというところにはない。なんていうかきみは、倫理観がない。性格は暗殺者向きだよね」

「お褒めの言葉だと思うことにします。それで?」

「まああとはもう答えだね。理事会入りを保留したので、次に学園長が提示したぼくを引き込むための条件が、『ナギ先生のクラスの生徒ではどうでしょう』というものだった。ぼくはこれを快諾した」

「なぜ」

「えっち」

「なぜ」

「その情報はちょっと多めにもらわないと答えたくないな。ぼくにも羞恥心というものはあるんだよ」

「羞恥心にまつわる問題なんですか。じゃあいいです……」

「そこまで聞いたんだからもう一度ぐらい押してみなよ」

「すいません、今忙しいんですけど……」


 というかナギはいつでも忙しい。

 相変わらず激務の渦中におり、さらに四つの権限が追加されたのだ。


 その権限というのは全部ひっくるめると『部活動の顧問』として総括される。

 これは前任だったハイドラ先生から引き継がれた業務であり、この学園における部活動とは『フェニクス警備保障』などのいわゆる『会社』であり、顧問とは、その会社に委員会から下された予算が適切に使用されているかを監査する役割を指す。


 つまり。

 書類仕事だ。


 ナギのテーブルに積み上がった書類の高さがそのまま追加された業務の量である。そしてその高さは『猫が二本足で直立したらこのぐらいかな』という……


「ペーパーレス社会というのは偉大だったと思いますよ。どのような業務量があっても書類で机が軋むということがないんですから」

「ごめん。ぼくは普段わりと無口キャラで通しているものだから、会話できる機会があると無駄話をしてしまうんだよ。ぼくはこう見えて案外おしゃべりだからね」

「学園長と相性がよさそうですね」

「そうだね。でもぼくとヘルメスの会話は中身が薄すぎて横にいる人の体調が悪くなるのが難点なんだ」

「すいません、僕はこう見えて今、余裕がないので、そろそろ叩き出そうかなって本気で検討してるところです」

「僕はねナギ……いや、ナギ先生。きみを近くで見るのが好きなんだよ」

「……ええと、どういう返答が正解ですか? 『趣味悪いですね』って言っても?」

「おおう、本当に性格がすさんでいるね……びっくりして表情筋が動きかけたよ」

「あの、目新しい情報がないならお帰り願ってもいいでしょうか。師匠に向ける敬意は消費性らしく、そろそろ尽きそうです」

「では消費したぶんの敬意の補填を料金代わりにとっておきの情報を開示しようか。ぼくはね……君の成長を喜んでいるんだ」

「どういう意味でしょうか?」

「初めての弟子だからね。成長を見守りたいのさ」

「師匠……」

「少し照れるね」

「でもそれが目的なら『生徒』におさまらなくてもよかったのでは?」

「じゃあぼくはお邪魔になると悪いからそろそろ出ていくよ」

「質問に答えてください」

「いくら払う?」

「今後も口を利く権利を差し上げます」

「世間にすれてすさんでしまっている……」


 ノイの瞳が悲しそうに揺れた。


 ナギの性格は確かに激務ですさんでいたし、目の下にクマもあった。

 貴族暮らしの名残でスマイルは浮かんでいるが、どことなく威圧感もある。


 学園長の周囲で業務を請け負う人たち、みんなこのような顔になっていく。

 やっぱりあの学園長は殺しておくべきだったかもしれないとノイは思った(一回は殺したけども)。


 まあ、もう契約は更新されている。

【死聖】ノイは私怨による殺しはしない。


「ぼくが生徒になったのはきみの護衛も兼ねているんだよ」

「……護衛? 僕に?」

「まあ、というか、旅行中の全員に、かな。【剣聖】アルティアが表から、ぼくが裏から護衛をする。そうしてきみらは旅行を楽しむ。それが今回の修学旅行だ」

「王侯貴族の戦場視察みたいな布陣ですね……」

「昨今の神殿は確かに攻撃的━━いや、暴力的だ。学園長はそれに備えているし、きみをそれだけ重要視しているのさ」

「……まあ、あの人の意図を読み切ることはできませんが……それはけっきょく仕事なのでは? 師匠への情報料にはなっているんですか?」

「あと四苦八苦するきみを見るのが好きなのも本当」

「性格が悪い」

「適度に追い詰められるきみのことは好きかもしれない」

「性格がめちゃくちゃ悪い」

「ああ、そうか、まだ言ってなかったね。これは無料で教えよう」


【死聖】ノイは跳ねるように立ち上がり、


「ぼくは基本的に『奉ずる』派閥だ」

「…………は?」

「つまるところ、神殿で今実権を握っている『試練派』でもなく、『魔王が世界を滅ぼすなら、それを受け入れる』という派閥なんだよ。それもあって、安めの価格で学園長暗殺を請け負った」

「それは、その……」

「ぼくは、ぼくの意思では、何もしない。君たちの邪魔も、神殿の味方もしない。ぼくは、きみたちを見ている。『魔王』━━神の与える試練を前にあがくきみたちを、ただ見ている」

「……世界のリセットが起こってもいいと?」

「起こってもいいし、起こらなくてもいい。『基本的に』というのはそういうことだ。世界が流れる方向に流れればいいと思っている。ただ、流れに逆らう人は好きだ。だから君を見ているのが好きなんだ」

「……」

「ぼくの協力がほしければ方法はただ一つ。『金を払え』。つまり、ぼくは金を払った人の味方であり、学園理事会という首輪もつけられていない。無数にいる生徒の一人にしかすぎない。生徒として当然・・の役割として教師とクラスメイトを守る。それだけ」

「……理事会に入ってください」

「やだよ。ぼくは金を払われれば仕事は選ばないけれど、その仕事にどのぐらいの金を必要とするかはぼくが決める。……ああ、でも、安心してほしい。ナギ、君の値段はとびきり高く・・・・・・してあるから」

「……頭が真っ白になりますね。これから仕事が残っているのに」

「悪かったよ。この謝意は本当。じゃあ、ぼくは本当にさよならするね。ナギ、またね。修学旅行の日に会おう」


【死聖】ノイはそう述べると、足音もなく歩き……

 普通にドアから出ていった。


 ドアを閉める直前に顔をのぞかせて「ばいばい」とかするので、ナギもつい手を振り返してしまった。


 そうして……


 椅子の背もたれに深く腰をあずけて、天井を見上げる。


「……僕のクラスってもしかして、不発弾保管場所じゃないですか?」


 ここにいない学園長に語りかける。

 たぶんあの黄金の瞳の男は、『そうですね』とあっさり認める気がした。

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