第39話 お出迎え

「【文字化け】の言語を読むことはできません。しかし、どのような『模様』だったかをメモすることはできる。そうして集積された情報から魔王を見つけ出し、保護するということを私は試みて、学園都市の勢力が各国で認められた現在、システムはようやくその役割を果たしたということです」


 学園長の語る声がどこか遠い。

 ……それはそうだろう。神殿が崇めている『それ』。学園長が発した言葉。それは……


「……いや、うまく聞き取れねェんだけど」


 異世界言語。


 レオンが妙な顔をするのもやむなし。その言語はこの世界にはあまりにもなじみのない、特別な訓練を経ずには読めないし、聞き取るのも難しいものなのだから。


「失礼。『ぜんまい仕掛けの神』と申し上げました。この世界の人々にスキルを分配している最高神とされているものであり……その扱いを巡って神殿上層部を真っ二つにしているものでもあります。つまり、『封じる』か『奉ずる』か」

「えーっと…………つまり『神の意思なら世界が滅んでもいい』って思ってる連中がいんのか!?」

「そういう狂信者もいます。が、これは無視できる勢力でした。少なくとも五十年前はね。何せ世界を襲う脅威と神が同一であると判明したのはほんの百年前です。神殿も扱いを決めかねていたのでしょう」

「……」

「私もおどろきましたよ。本物の神だと思っていたものの正体が……」


「転生者」


 ナギがぽつりとつぶやく。

 学園長ヘルメスは黄金の瞳を細めてうなずく。


「【文字化け】のすべてが異世界言語なのか? というのはまあ考慮すべきことではありますが。そう考えて間違いないかと。……さて、ナギ先生、あなたは神に愛されている。あなたを愛している『神』は【ぜんまい仕掛けの神Clockwork】だと思いますか?」

「スキルをコピーしてないからなんとも言えませんが、たぶん違うんじゃないかなと。僕らにスキルを与えている神様は、もっと高いレイヤーにいる気がします」

「私も同意見です。神殿はその『神』を崇めているものと思っていました。ところが神として奉ずるのは人だった。これもまた、神殿にとっては認めがたいものでしょう。ジルベルト君はこの事実を知り、神殿内部の情報を集めるために僧籍を持った。まあ、もともと先天スキルが神官系というのもありましたが」

「『ジルベルト君』」

「レオン君のように、ソーディアン君のように、その時代にはその時代の『私のことを知る者』がいます。ジルベルト・ランサー君もまたその一人です。まあ、知っているからといって方針に賛成してくれているわけではありませんが。彼はとにかく『目の前の脅威』を排除することに一生懸命だ」

「……しかし、異世界言語研究は進んでないんですね。神殿が本気で取り組みそうな感じですけど」

「どうにも【文字化け】所持者以外は文字や音自体をうまく把握できない様子ですね。『模様として認識して写す』というだけでもかなりの成果と言えるでしょう」


「で、肝心なこと聞いていいか?」


 レオンが挙手するので、また視線がそちらに戻った。

 今度はレオンはひるまず、学園長をにらみ返す。


「この子の扱いは、どうなる? 殺されねェのはわかったがよ、非道な扱いをするようなら……」

「私と戦いますか? このトリスメギトスの学園長ヘルメスと」

「……必死にお願いするだけだ。勝てるわけねェだろ」

「いや、私はクソ雑魚なので殺すだけなら今この時にもできますよ。なにせ潜在スキルが【スカ】なので」

「今の感じで雑魚とか言う!? ……い、いや、まあ、アンタが雑魚でもそっちのメイドさんがよォ……」

「ああ、そうですね。彼女は『お前を殺すのはこの俺だ』の人なので」

「どういう関係だ」

「あと私の命は残機制なので、ここで殺されても次の私がうまくやってくれるんですけどね」

「どういうことだ」

「ですがご安心を。彼女に非道な実験はしません。しても意味がないので」

「……どういうことだ?」

「彼女には【ぜんまい仕掛けの神Clockwork】というスキルを『マスタリー』を得るまで習熟してもらいたいと思っています。マスタリーはスキルを極めたことを表します。すなわち、『なぜか五十年に一度復活し世界を滅ぼそうとする』という時限式機能を止められるかもしれない」

「じゃあ……!」

「そうです。彼女は教育・・します。何せここは学園都市であり、私はすべての前途ある若者に試練を与える悪の学園長なのですから」

「わけわかんねェけど、感謝するぜ。……本当によかった」

「そして君のクラスメイトになります。問題児なので」

「は?」

「ナギ先生、新しい生徒です。よろしくお願いしますね」


「あの、まだ既存の生徒との顔合わせもすんでない状態なんですけど」


「そろそろあなたも何をもって『問題児』と認定されるかを理解してきたのではありませんか?」


 ヘルメスが楽しそうにしている。

 ナギは渋面になってため息をついてから、


「……『先天スキル、潜在スキルに逆らおうとしてること』」

「素晴らしい。ですが強いて添削するならば、『逆らおう』ではなく『超えよう』が正しいでしょうか? 我々は神に愛されている。君のクラスの子も全員、神から特別な寵愛を受けている。何せスキルがすべてのこの世界で、優れたスキルをいただいているのですから。しかし……」


 学園長は目を細くした。


「愛されているからといって、愛してやる必要はありませんね?」

「……」

「愛を受け、愛の恩恵を受け、愛を利用し、出し抜きましょう。君はあのクラスに私が配置する、万全なる『神への試練』です。神とはこちらを試すもの。なるほど、【ぜんまい仕掛けの神Clockwork】はまさに『神から人への試練』『驕った人類への天罰』なのでしょう! 結構! まるでかつての魔王イトゥンのような傲慢です。ならば適切な付き合い方を教えてあげるのが、教師のつとめというものでしょう。ようするに━━人間を舐めるなと、そういうことです」

「……なるほど」

「畏れ多いと君が思うなら、別な担任教師を探しますが、どうでしょう?」


 完全に答えを予測されている物言いすぎて、ナギはつい笑ってしまう。


「そんなの、面白いに決まってるじゃないですか。やりますよ」

「君が我が学園に来てくれてよかった」


 学園長は手を差し出す。

 握手を求めての動作なのはわかったが、二人のあいだには格子があった。


 学園長は「おっと」とつぶやき、


「ではおおよそ五時間後に出所ですので、それまでは体を休めてください。布団ぐらいは運ばせます」

「出してはくれないんですね」

「それもまた試練ということにしましょう」


 めちゃくちゃテキトーなことを言って、去って行った。



 お勤め終了後に留置場から出ると、出入り口で仁王立ちしている人がいた。

 きらめく真っ赤な髪を肩口で切り揃えた背の高い少女……エリカだ。


 学園制服に身を包んだ彼女はナギを燃えるような瞳でにらみつけ、朝日をバックに腕を組みながら、こんなことを言った。


「妻に内緒で外泊なんてよくないわよ」

「そもそも別居してるじゃん……」

「えっ、同棲はさすがにその、心の準備が……」


 レオンが「自分から仕掛けておいて負けてんじゃねェよ!」とツッコんだ。


 ナギはため息をつき、


「……ごめんねエリカさん、迎えに来てもらって」

「急に学園長から通話が入って何事かと思ったけど、まあ、許してあげたわ。こういう用件ならあたしの役目だもの」

「学園長から連絡されてここに来たの? 僕はもう、あの人の差配っていうだけで嫌な予感がするんだけど」

「あとなんか新入生を女子寮に案内しろとも言われてるわ。……ねぇ、あたし、今回どういうことが起こったのか全然知らないんだけど! なんか事後処理だけ回されてない!?」

「よかったね。ハイドラ先生がいつもやらされてるやつだよ。……そういえばハイドラ先生は無事かな」

「【女神】はデスマーチ中らしいわ」

「無事でよかった」


 本来ならナギを迎えに来るべき身元引き受け人はハイドラである。

 しかしデスマーチ。まあナギもここから休む暇がない感じはする。【下級神官】でも起動して疲労回復につとめつつ五日間徹夜かなって感じだ。

 というかアンダーテイル侯爵との交渉が明日に迫っているこの時期に牢屋でお泊まりさせるのは鬼か? って感じだ。まあ『それはそれ、これはこれ』なのだろうけれど……


「とにかく、あたしがお迎えする子はどこ?」

「ああ、たぶん彼女かな? 彼女はちょっともたついてる。生徒手帳の発行をついでにしてもらっているようだから、ちょっとかか」

「…………? どうしたのいきなり止まって」


 しかしナギは動かない。


 その視線がエリカを……いや、その向こう側を見たまま、微動だにしない。


 エリカはナギの見ているものが気になって、振り返る。


 するとまだまだ朝の冷え込んだ時間帯、人通りの少ない六番街の建物と建物に挟まれた大通りの真ん中を、堂々と歩いて来る、存在感の強い少女の姿が見えた。


 それは袖口を広くした改造学園制服を身につけた黒髪の美少女だ。

 エリカも自分の容姿のよさには自覚があるが、それでも一目で『ものが違う』と思わせられる。小さな頭、高い腰。たぶんさほど大きくはない体だとは思うのに、遠目に見るとエリカよりも背が高いようにさえ見えた。


 その少女は顔に魅惑的な微笑を浮かべたまま、まっすぐにナギを見ている。


 そしてエリカの横をツカツカ通り過ぎて、固まるナギの眼前に立った。


「お久しぶりね、ナギさん」


 耳触りのいい透き通った声に、ちょっとのイタズラ心と、それから威圧するような笑みが見事にブレンドされていた。

 ナギはようやく、硬直を解く。


「……いや、おどろいた。もう学園都市入りしていたんですね。……ソラお嬢様……ええと、アンダーテイル侯爵」

「ええ。これからあなたのクラスで学ばせていただくわ。よろしくね」


 言われていることが理解できない。

 ナギのその顔を見て、ソラ・アンダーテイルは満足そうに笑った。


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これにて四章終了

第二部後半の五章は1〜3週間後になります

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投稿が1週間前倒しになるぐらいのモチベーションになりました

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