第38話 『魔王』
「【死聖】は私を暗殺しました。いや、暗殺警戒はしていたのですが、見事ですね。さすが、警戒しきれない。これをラミィの落ち度とするのは、さすがに酷だと思います」
ナギの目の前には金属の格子があった。
おそらく戦闘系スキルの持ち主が壊そうと思えば壊せる、なんの変哲もない金属でできている。
だが、ナギはもちろん、同じ『部屋』にいるレオンもまた、この格子を壊そうとはしない。
なぜなら、大人しくここにいることが、反省を示すのに必要な儀式だからだ。
「そうして私が死んだ隙に、情報を得た【槍聖】が『魔王殺害』のために行動を開始したようです。ジルベルト君はその時点で不確かな情報しか持っていなかったと思うのですが、さすがは鍛え上げた【槍聖】ですね。細い機会を逃さぬよう果断に行動した。素晴らしい」
格子を挟んだ向こう側にいる、顔の左側をピアスまみれにしたメイドは、不機嫌そうに舌打ちをした。
そして濃いクマの上にある紫の目を、隣に立つ背の高い男に向ける。
「そして君たちは【槍聖】から少女を守り切った。素晴らしい。実に素晴らしい。どれほど賞賛しても足りないほどの働きと言えるでしょう」
「あの、ならばなぜ、僕らは牢屋に入れられているのでしょうか」
ナギが問いかける。
……ここは十三区画の留置場。
その牢獄の中だった。
ナギのいる房にはレオンもおり、そのそばでは『魔王』が寝息を立てている。
格子の向こうには学園長ヘルメスとラミィがいて、今は誰も止めないので学園長が好き放題にしゃべっているところだった。
時刻はまだ夜中だろう。日付が変わって少ししたあたりか。
案の定ナギは【魔法剣士】の効果が切れたあと、『【魔法剣士】相当の動きをしたツケ』を支払うように気を失っていた。
そもそもが【スカ】のナギは、戦闘中に負ったダメージをスキル効果が切れたとたんに【スカ】相当の耐久力で受け止めることになる。
魔力切れは心配しなくてもいいのだが、【スカ】が身体中の筋肉を断裂させたり骨にヒビが入っていたり、【魔法剣士】なみの全力で動いたあとの疲労を受け止められるわけがないのだ。
つまり気絶を避けようと思ったら、戦闘中にダメージを負わず、疲れずにいるしかない。
魔力なんかは消費しても『それまで』という感じであとに疲労が残ることはないのだけれど、肉体のダメージはそうもいかないらしい。
このあたりも【
学園長はにっこりと黄金の瞳を細めて笑い、
「君たちをなぜ拘留しているのか? お答えしましょう! ですがその前に自分でも考察をしてみることは大事かと考えます。なぜなら」
「そういうのはいいので」
「外国の公爵家当主をぶった斬ったからです。さすがにおとがめなしにはできない」
「……思ったより納得の理由でおどろいています」
「しかし学園都市には『正当防衛』という概念があり、これは『外』での爵位を考慮しないルールとして制定されています。君たちをここに入れたのは、落ち着いて座っていただきたかったのと、『学園都市は君たちを処罰しましたよ』のアリバイ作りですね。学園内での扱いは『事実関係の調査中なのでいちおう拘留しておく』というものになります。前科にはならないのでご安心を」
「牢屋で落ち着けるほど神経が太くないんですが」
「【槍聖】と【死聖】は捕らえてあります。学園理事会に対する襲撃、学園理事長に対する暗殺
「はい」
「あちらの牢獄から脱獄することはありえません。そういうエピソードを持った建物を創造したので」
「……あー……もしかして、こないだ魔法剣を止めた壁もそういう感じですか?」
「あれは、かつてカリバーン王国からグリモワール王国に向けて放たれた【燃焼】魔法剣を受けて、溶け残ったものです。つまり、『【燃焼】魔法剣を受けても壊れなかったという
「偶然残っただけだと思うんですけど」
「おっしゃる通りです。けれど、あの壁は【燃焼】魔法剣を受けたなら必ず偶然残ります」
「『まれによくある』みたいですね……」
「薄々わかってはいましたが確認しておきましょうか。君の生きていたのは西暦何年ですか?」
「二千二十年代ですね」
「ああ、やっぱり。私と君のあいだに五百年の文明差はなさそうだ。せいぜい誤差五年といったところでしょう」
「あのよォ!」
ここで耐え切れないというように口を開いたのはレオンだった。
彼は寝こける『魔王』に膝枕をしてやりながら、急に自分に注がれた視線にひるむように目を泳がせて、
「二つ、聞かせてくれ。まずは……この子のことだ」
「ああ、『魔王』ですね。質問を具体的にどうぞ」
「……それなんだけどよォ、事実なのか? まずもって何をして『魔王』だって判別してんだよ」
「ナギ先生、答えをどうぞ」
「『魔王』っていうスキルがある」
「惜しい!」
「つまり『全然違う』っていうことですか?」
「いえ。スキルによって彼女を『魔王』と判別をしています。しかし、『魔王』というスキルではないのです。そもそも、『魔王』などというものはこの世界に存在しません」
「……そうだ、『魔王』って『世界の自滅因子』……文明を後退させるものなんですよね? じゃあ『魔王イトゥン』もやはりそのような目的で世界からの敵認定を受けたんですか?」
「いいえ。魔王イトゥンはね、ただ、『己の故郷』を再現しようと人々に働きかけただけです。そして、それは『文明を進めてやろう』という傲慢な意図はあれど、文明を滅ぼすものではなかった」
「では、なぜ『魔王』が『文明の自滅因子』だなんて言われてるんですか?」
「それはね、五百年より前から『それ』は存在していたのに、呼び名がなかったのです。正しくは、『全人類が明確に敵視できるような看板』がなく、人類総出で挑むべき脅威であるにもかかわらず、人々が連携をとれない状態にあった。だから、イメージの悪い『魔王』という呼び名を『それ』にあてることにしたのですよ」
「……ああ」
名前がないものへの対処は難しい。
『このなんか、こう、世界を滅ぼす的な、アレ』みたいなものでは仲間を募ることもできない。ただ『脅威』とか『滅び』とか呼ぶことはしていたかもしれないが、もっとセンセーショナルな命名は確かに必要だ。
そこで五百年前に大騒ぎしていた『魔王』はちょうどよかったのだろう。勝手に魔王……学園長と同じにされた『それ』はかわいそうな気もするが……
「つまり、彼女が『魔王』であることは事実です。懸案事項が解消されてよかったですね、レオン君」
「なんにもよくねェわ! ……つまりこいつを……殺す、ってことじゃねェかよ……」
「ところがそうはならないのです。それでいいなら【槍聖】の前に差し出して心臓を貫いてもらっていた。では、なぜそうしなかったのか? 私の目的は『魔王の討伐』ではなく『魔王の消滅』だからです。ここで殺してもまた五十年後に出てくる。それでは意味がない。私が回避したいのは目の前の危機ではなく、この世界に延々つきまとう滅びの脅威なのですよ」
「……つまり?」
「その子が魔王であるうちに、『魔王現象』を根絶します。そのために、その子に死んでもらっては困る。学園都市のスタンスはそうなります」
「……こいつは、死ななくていいってことなのか!?」
「そうですね。ただし、時間制限があります」
「あ?」
「詳しい日付は言いませんが、『魔王現象』はぴったりと五十年に一度発動し、文明のリセットを試みます。五十年前など、スキルが判明したての【槍聖】を巻き込んでちょっとした大事件に発展しかけました。彼の魔王への警戒はそのせいだとも思いますが」
「……なんで、そんなきっちり……時計で測ったみたいに出てくんだよ?」
「その質問の答えになるかはわかりませんが、私たちは『魔王』の正式名称を知っています。ですが、それを聞けば後戻りできません。それでもかかわるなら、ここで明かします。そのための人払いはしてあります」
「……」
「私が『公開を控える』というのは、かなり大したことですよ。あなたたちの学園長は明け透けなのが売りなので」
ラミィから「んなモン売りにすんな」とまっとうなツッコミがあった。
だが、確かに学園長の言う通りなのだ。
この学園長が『控える』というのは、かなりの重大事に間違いない。
ナギはじっとレオンを見た。
レオンは額から右目を経由して顎まで伸びた傷をなぞり……
そして、膝の上で眠る少女を見た。
「……こいつのこと全然知らねェけどさ。ここまで命懸けで守ろうとしちまったら、まあ、確かに、気になるよな」
「では明かしましょう」
「もうちっと悩ませてくれよ!?」
「失礼。しかし、君の気持ちは決まっているようなので」
「……ああ、クソ! 決まってるよ! 確かに決まってる! もう、こいつが俺の知らねェところに行っても、無事でやってるか、ちゃんとしゃべってるか、安全か、気になってしかたねェんだよ! だから……聞かせてほしい。俺はこの件にかかわる……死ぬほど後悔しそうだけどな!」
「【
「……」
「おや、反応が薄いですね? ああ、なるほど。君はこの名を知らないのか。これはね、『神の名』なんです。神殿が崇めている━━我らにスキルを与えていると
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