第37話 闇夜に煌めく

 間断なく響く音。

 絶え間なく散る火花。


【拳聖】は【死聖】に食らいつく。

 己の間合いで拳を、足を振るい続ける。

【死聖】は反撃もできない。


 だというのに、勝負が決まらない。


「クソウゼェ! テメェ、なんでアタシの拳を受け続けて壊れねぇんだよ! さっさと死ね!」

「もしかして、君はまだ『マスタリー』に至ってないのか」

「ああ!?」

「教えてあげよう。無料でね」


【死聖】ノイが暗闇に溶ける。

【拳聖】ラミィは見逃さないように追いすがる。


 そしてコンパクトに振るわれた拳は、【死聖】の腹部を貫いた。

 確かにその感触があった。


 ……だというのに。


「チィッ!」


 拳に痛みが走る。

 この世のあらゆる物質よりも堅固な【拳聖】の拳に、一筋の切り傷がついていた。


 賦活ふかつ━━呼吸法で血の巡りを清浄化。暗殺者を相手に傷を負ったならば当たり前に行う耐毒の心構え。


 ラミィにはすっかり『痛みと同時に血を整える』というのが反射として刻み込まれている。


 ……その拳に刻まれた傷は、一つではないのだ。


 すべて事務作業中に紙で切るより浅い傷。

 けれどすべてが強烈に『死』を予感させる、イヤな傷。


 ラミィはこうしているあいだも【死聖】にくらいつき、暗闇に溶けようとする女を捕捉し続けている。

 超近接距離は【拳聖】の間合いだ。そもそも、【死聖】はこうして正面から打ち合えるスキルではない。同じ『ひじり』と対峙して戦えば、すぐさま負ける、試合形式の戦闘においては、戦闘系の『聖』の中で最弱と言えるものだ。


 だというのに、自分ばかりが傷を負う。


 ラミィはその不気味さを蹴っ飛ばすように舌打ちをした。


「ウッザ」

「スキル同士に相性があるなら、拳士と暗殺者は最悪だね。ぼくはすでに君を十回殺している。だというのに君は死んでいない。まったくインチキだよ、『ひじり』というやつは。まあ、でも、君はぼくに勝てない」

「グダグダしゃべってんじゃねぇよ」


 連打力を高めた拳を超至近距離から連続で放つ。

 腰も入っていない回転力最優先の拳。しかしそれは【拳聖】が放てば一秒で相手を挽肉にする暴力。


 だというのに【死聖】はそれをさばききる。


 たった一撃で【拳聖】は、このか弱い【死聖】に致命傷を与えられるはずなのに━━

 その一撃が、入らない。


「スキルには『マスタリー』がある。極限まで習熟度を高めた者のみが至れるいただき……ぼくが知る中で、ここに至っているのは、【槍聖】ジルベルト、【中級術師】カイエン・アンダーテイル……まあカリバーン王国のソーディアン家の当主もそんな気配があるね。知らないけど。あとは」

「クソがよ!」

「そして、ぼく。『マスタリー』に至ったスキルは、その能力補正段階を一段上げる。【中級術師】なら【上級術師】なみになるといったようにね。まあ、その程度の能力向上はおまけみたいなものだけれど。ようするに……」


【死聖】の気配が、増える・・・


 ラミィはすぐさま対応。震脚しんきゃくで砕いた地面のかけらを全周囲に飛ばし、増えた気配すべてに対応する。

 気配が増えたことにおどろいた。いや、今まで気配がなかった【死聖】が気配を発したことにおどろき、悩みそうになった。

 けれど『スキをさらさずすべてに攻撃する』という手段をとれた。これは瞬時の対応としてはこれ以上ない正解だった。ラミィとて遊んでいたわけではない。彼女の【拳聖】としての習熟度は高い。


 だが。


「君が対峙しているのは、【死神】だと思った方がいい」


【死聖】ノイの習熟度は、それを超えていた。

 あの七十歳に迫ろうかという【槍聖】なみの、習熟度。


 ラミィの頚椎にノイの刃が迫った。

 それを回避することはできない。一瞬、完全に気配を見失ってしまったのだ。


 だから、



「【創造Creation】」



 死の刃を阻んだのは、ラミィではなかった。


 ノイは砕けた短剣を投げ捨てながら、ため息をつく。


「いや、ぼくが対象の『死』を見誤ることなんかないと思うんだけどな」


 ノイは背後に唐突に現れた気配をしっかり捉えていた。

 あたりで起こっていることはおおむね察知している。【槍聖】がレオン少年と『魔王』のいる方向へ向かったこと。そこにナギが合流して、戦闘が始まったこと。

 だからこそ、【拳聖】を殺す決意を固めたのだ。金を積まれない殺人という、彼女にとっての禁忌を犯す……【槍聖】、とくにジルベルトの相手はナギとレオンには難しいと判断したから、救援に向かうために【拳聖】を殺すしかないと決意した。


 すべての状況の把握。

 それどころかこんな都市の裏の裏とでも言うべき場所から、表通りの喧騒を構成する人々の気配までも察知している。


 だというのに、気配は唐突にそこに現れて……


 その気配の持ち主を殺しに行ける状況ではなくなってしまっている。


 ……【拳聖】の様子が変わっているのだ。


 まずは頚椎を守る鎧がそこにあった。

 さらに手甲が細すぎた腕を覆い、脚甲が骨だけのようだった脚を守り始める。

 メイド服をすっかり収納するように、あるいはメイド服そのものが変化でもしたかのように、体にぴったりと貼り付くような鎧が形成されていき……

 最後に、ピアスまみれの顔面を、仮面が覆った。


「クソジジイ。『これ』はダセェからやめろって言ってんだろ」


 仮面の下からラミィがつぶやく。


 ノイの背後から応じたのは、


「素晴らしい」


 男性の、声。


「実に素晴らしい手腕でしたよ【死聖】。おかげで私が一人・・死んでしまいました。そしてラミィ、ご寛恕かんじょください。私の生存理由は君に明かしていない手の内でしたね。ですがこれも、君が自ら探りあててくれることを期待しての」

「話がなげぇんですよ」

「では手短に。【死聖】、特撮ヒーローは好きですか? 今日の君は怪人枠です。つまり━━」


 男の姿が暗闇から出てくる。

 それは、黄金に輝く『ラミィの鎧』の輝きを受けて笑う、黄金の瞳を持つ男。


「━━ヒーローは君に負けません。行きなさいメイド仮面」

「ネーミングセンスよ」


【拳聖】の姿が霞んで消える。

【死聖】はため息をつく。


「格好つけたあとにボコボコにされるの、やだなぁ」


 別料金が必要だよ、と口の中で転がして、新しい短剣を抜いた。

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