五章 星を堕とす者

第40話 出会ってはいけない二人

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お待たせしました。第二部後編である第五章開始です

よろしくお願いします

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『さる人物』が提唱したスキル習熟のための手引きは、世界各国で広く知られている。

 というのも『その人物』の特異性ゆえに、これまでになかったほどわかりやすく、そして誰にでもできるぐらいの普遍性がある方法だったからだ。


『人物』はまず、スキルを習熟するための段階を四つに分けた。


 一つ目、『スキルに教わる』

 潜在スキルというのは名前を知った瞬間から能動的アクティブ用法が可能になる。

 鑑定されその名を知った瞬間から、剣士はそれまで剣を振ったことがなくともいっぱしの剣士になるし、槍術士も魔術師も、すべて未経験にして熟達した動きができるようになる。

 だから最初は、スキルに動かされるままに体を動かし、思考をし、スキルの求める最適な動きをスキルに教えてもらう。そういう段階が第一段階としてあるのだと、『人物』は提唱したのだ。


 二つ目、『スキルを活かす』

 スキルに教わった通りの動きができるならば、その動きを前提に戦術を立てる。

 いわゆる『技能』と呼ばれる能動的アクティブな動きを深く理解しようとつとめ、どういった場面でどのような技能を奮えば最適なのかを考えながら戦術を立てる。これが第二段階として提唱されていた。


 三つ目は『スキルになじむ』

 スキルの活かし方を考えたあとの段階。特に戦闘系スキルというのは瞬時に判断して自分の動きを決めなければならない状況に陥ることが多い。

 そのため、自分のできる『流れ』をきちんと把握した上で、その時に成すべき最適な『流れ』を瞬時に実行できるよう、体に『流れ』を覚え込ませる。

 このあたりまでできればいよいよ『一流』と呼べるだろうと『その人物』は語っている。


 では、第四段階ができれば、どうなるのか?

 答えは『超一流』。すなわちマスタリーに至れるということになる。


 その四段階目は『スキルを信じる』ことだと、『その人物』が記したスキル習熟の手引きには書かれており、それは書籍となって各国に教本として出回っているほどなのだった。


 けれど、その『人物』は語る。


「ソラ、お前には教えておこう。私はスキル習熟の四段階目……『マスタリーへ至る方法』に、嘘を書かざるを得なかった」


 その人物の苦しげな声は、嘘を書いたものを広めてしまったことに対するものか、あるいはもっと別の理由があるのか……


 その人物━━カイエン・アンダーテイルの歩んできた人生は、まだ若輩にして【魔神】という天才性を持つソラからすれば、すべてをうかがい知ることが難しいものだった。


「天才、あるいは奇跡が出した成果を、秀才が読み解き、それを凡才が通俗化する……お前の母や、【女神】の起こした現象を、私が通俗化したことで、私もまたマスタリーに至った。それは『スキルを信じた結果』ではないのだ。あの天才どもの成すことを真横で見せつけられ続けて、どうして自分程度のスキルを信じることができようか」


 その時に父の顔によぎったものは、厳格なる侯爵家当主が娘の前で見せたことがないものだった。


 情念。

 一言で言うならば、そうなるかもしれない。


 才能に打ちのめされ続けた男の人生そのものの渋みが、その顔にうっすらとにじんでいたのが、ソラにとって印象深い。


「では、『マスタリー』に至るための真の手順とは?」


 ソラは個人的に父に思うところはあったが、魔術系スキルの教師としてカイエンが比類ない存在であることは認めている。

 だから質問をするのにためらいはない。……けれど、この時の質問は、父の苦悩がにじみすぎていて、見てられなかったから、早く話題を進めてしまおうという意図があったことは否定できなかった。


 父にして師であるカイエンは、「他言はするな」と言い含めて、『マスタリーに至る方法』を、このように答えた。


「それはね、『絶望』だよ」


「……絶望?」


「自分に与えられた才能がこの程度で、こんな才能ではなんの役にも立たないとわからされた時。神の間違いを糾弾する叫びこそが、スキルを『マスタリー』に至らせるのだ」


 苦りきった表情の中にわずかににじむ、暗い暗い、絶望の残り火。



 まだ早朝と言える時間帯の人通りは『まばら』らしいのだけれど、それでもアンダーテイル侯爵領の昼時ぐらいには人がいる。

 しかもその全員が十代の若さであり、ここに来るまでにソラはいくつも同年代の男女の視線を向けられており、さすがにちょっと心細かった。


 それでもソラは、ナギとの再会を果たしたのだ。

 果たした、のだけれど……


「で、ソラお嬢様はなんで学園都市に?」

「それは通う理由? それとも来た理由?」

「全部聞かせてもらえるなら聞きたいかな」

「ではその前に、ソラからも質問していいかしら?」

「何かな?」

「そこの殺意のこもった目でこっちを見ている、赤い髪の人は、どなた?」


 さすがに気になる。


 ソラが留置場前でナギと再会した時、すでに状況は煮詰まっているようだった。


 ソラとて侯爵令嬢だ。いや、今は侯爵家当主だ。なので一通りの社交辞令ぐらいはできる。

 初対面の人が三人ほどいるので、自己紹介の一つでもすべきなのかなという場面ではあるのだが、それも相手に殺意がなければの話。

 ソラがナギの腕に抱きついたあたりからだんだん殺意のボルテージをあげてこっちをにらみつけてくる赤い髪の女はいったいなんなのだろう。そもそも兄はなぜ留置場にいたのだろう。あとそこにいる大柄な青年とか白い少女とかは兄とどういう関係なのだろう。


 何もわからない。


 ソラは『君の待ち人はここにいます』と言われて指定の住所に来ただけで、状況を全然理解していなかったのだ。


 そもそも兄が領地を追放されてからまだ一週間と少しなのだ。


 そのあいだ、ソラはもっとも身近にいるもっとも優秀な魔術の師につきっきりでの指導を受けていた。

 なのでナギの近況は知らない。そもそも、まだ顔を合わせる予定ではなかったし、何より自分から出向くつもりもなかったし、極め付けには学園に通う予定もなかった。


 そのいろいろなことが変更になった経緯はしっかり説明するつもりだ。


 本来の自分は『領地に迎え入れる』と言ったら領地に迎え入れるという約束を破るような人物ではない。

 ナギに誠実さを疑われたくはないため、それはもう、しっかりと、たっぷりと、二人きりで説明をするつもりだった。


 しかし邪魔が多すぎる。


 その中でもひときわ邪魔そうなのが、きらめく赤い髪を肩口でばっさり切り揃えた気の強そうな背の高いあの女なのだった。


 ぶっちゃけてしまうと、怖い。

 

 現在のソラは貴人のマナーとして堂々とした振る舞いを意識して行っているけれど、本来の性質は兄の後ろに隠れて目立たないようにしている内気な少女なのだ。

 ちょっとばかり所有物に対する執着が強いと注意されることはあったが、それ以外は理想的な(そんなものは理想視されないが)『壁の花』的な人格であり、目立ったり、誰かと対立したり、あるいはこうやって『何よこの女』みたいな目を向けられたりするのは慣れていない。


 だからぎゅっと兄の腕に抱きついて、問いかける。


「もしかしてあの方、刺客か何かなの?」


「誰が刺客よ! あんたこそなんなの!?」


 素で超怖い。

 普通、初対面の、それも自分より歳下っぽい(というかソラから見て赤い髪の人が歳上っぽい)相手に、こんな敵意剥き出しで怒鳴ること、ある?

 なぜ自分はここまで敵視されているのか全然理解できない。

 ソラの感覚で言えば『これから殺し合いが始まるところだったのに、自分が空気を読まずに乱入してしまったのではないか?』という感じだ。


 しかしそれにしてはナギがなごやかなのだけれど、この兄は死にそうな状況でも極めてなごやかなので、彼の表情から状況の判断はできないのだ。


「ナギさんの敵ならとりあえず倒すけれど……」

「ソラお嬢様、少し見ないあいだに物騒になりましたね……」

「いえ、この状況が物騒なのよ。わたくしの性質の問題ではないわ」


「いちゃいちゃすんな! ちょっと先生!? その女誰!?」


 そこでナギがちょっと空を仰いだのは、言葉をまとめるためだった。

 彼には隠し事がある。それはアンダーテイル侯爵家の嫡男だったということだ。

 今はアンダーテイル侯爵家とは無関係なので、ソラのことを反射的に『妹です』とは言えないのだ。

 だから、自分で定義した関係性として、ナギはソラをこう紹介した。


「彼女はソラ・アンダーテイル……現侯爵。僕が以前お世話になっていたアンダーテイル家の御令嬢で、妹的な人です」

「アンタが!? 魚介バルでこいつがあたしを見ながら思い出してた『妹的な人』!?」

「あの、エリカさん、よその国の侯爵に『あんた』はまずいよ」

「まともなこと言わないで! あたしだって礼節をもって接したいけど、今は礼節とか気にできる精神状態じゃないのよ!」

「じゃあ僕が代わりに君を紹介しても?」

「任せるわ!」


 ソラは『なんだこの女……お兄様といちゃいちゃしやがって……』と思いながら話を聞いていた。


 なんかこう性格はやばそうだが、とりあえず敵ではないらしい。

 攻撃するかどうかを決めるのは話を聞いてからでも遅くはないだろう。


 でもすごくにらんできてやっぱり怖いので、ソラは外行きの笑顔を貼り付けたまま、ナギの腕をぎゅっと抱いて、彼を見上げる。

 空気の重苦しさを全然気にした様子のない兄は、にっこりとどこか子犬を思わせる顔に笑みを浮かべたまま、こう述べた。


「彼女はエリカ・ソーディアンさん。ソーディアン公爵家の御令嬢だよ」

「まあ、あなたが?」


 素直におどろきだ。

 もちろんソラは『カリバーン王国のソーディアン公爵家』を知っている。というか、お隣の国の主要貴族だ。知らないほうが貴族としてどうかと思われる。


 昔、カリバーン王国とグリモワール王国にはちょっとした戦争未遂もあった。カリバーンの【燃焼】【魔法剣士】が『ちょっとどこまでできるか試してみたくて(意約)』とかいう理由で全力の魔法剣を振り下ろしてきた事件である。

 さすがに犯人の思想と能力が人類の敵すぎてカリバーン王国主導でそいつは討伐されたわけだが、両国にはそれなりのしこりが今もあるし、百五十年前の事件だというのに、魔法剣で薙ぎ払われたあたりはいまだに草も生えない荒地になっている。


 なので警戒対象としてカリバーン王国の動向にはちょっと詳しいのだ。

 父から教わった限りでは、今代は第二王子がかなりヤバい人だったということだが、それは最近国外追放されている。

 なので今はカリバーン王国と事を構える理由がどこにもなく、むしろソーディアン公爵の御令嬢であれば仲良くすべき相手なのだが……


 その相手が殺意をみなぎらせている理由が全然わからない。


 その答えを、ナギは告げた。


「あと、今の僕の妻でもあるね」

「はい??」

「妻。ええと、お嫁さん。奥さん。あるいは……」

「いえ言葉の意味はわかりますけれど!? なにそれ!? ソラ、なんにも報告されてないわ!」

「いやだって、追放された平民がどの面さげて侯爵家に結婚報告なんてしたらいいんだよ……」

「ちょっと戻ってお父様を殺してきます」

「落ち着きなさい」

「いえこれで落ち着いていられるのありえないと思うのだけれど!?」


 殺意の理由がわかった。

 いきなり出てきた女が自分の夫といちゃいちゃしてたら、そりゃあ殺意もこもる。むしろ手出しをしなかっただけ忍耐強いのかもしれない。

 ソラもナギとの結婚後に知らない女がナギの腕に抱きついていたらとりあえず焼いてから話を聞くだろう。


「とにかくそういうことなので」


 ナギが強引に話をまとめにかかった。


 エリカはまだ怒っていたが、さっきまでの殺意がなかった。

 彼女の中で格付けが終了したのだ。つまりソラの負け。なぜってソラは妻ではなく、エリカが妻だから。そういうのをソラは敏感に感じ取る。


「……認められるわけないでしょう!?」


 それは少女にとって耐え切れることではなかった。

 なので、次のソラの行動は、(勝手に)ナギを婿にとろうとしていた一人の貴族令嬢として、ごくごく自然なことだった。


「ナギさんを賭けて決闘を申し込みます!」


 ソラにしてみれば『それはそう』なのだった。

 けれど、ナギにしてみれば『どうしてそうなる?』なのだった。妹で、身分差があるし、まさか婿にとられようとしているとは思ってもいない。


 奇妙な温度差の中でとんでもないカードが組まれ始める。

【燃焼】【魔法剣士】vs【魔神】【狩猟聖】。


「望むところよ」


 エリカにとってこの決闘を受けるメリットは特にないはずだった。

 しかしソラの態度やナギとの関係性から何かを察したのか、エリカの赤い瞳はイキのいい挑戦者を歓迎するチャンピオンのような、そういう余裕と闘志の混じり合った色をしていた。


 そしてやはり何も状況を理解していないナギが首をかしげる後ろで……


「なァ、俺たちは帰っていいのかな」


 巻き込まれた大柄な青年レオンと白い少女が、空気圧に耐えかねてうめいていた。

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