第30話 にぎやかな食卓(魚介バル)
「これから私は神殿との調整に入るが、その前にそちらから特筆すべき連絡事項はあるかな?」
「ああ、そういえば昨日、僕が遭遇して倒れるまで戦った相手は【死聖】でした。この件にかかわってると思います」
「そういうのは! 起きてすぐ! 慌てた感じで! 真っ先に! 言え!!!」
ハイドラとは元気に別れた。
救護室には置いて行かれたかたちになる。
ナギはベッドの上でちょっとだけ考え事をした。
【死聖】は、どの勢力に雇われて行動していたのだろうか?
ノイ師匠の厄介なところは、その実力以上に『金次第で誰にでも味方をする』というところだ。
つまり『昔、アンダーテイル侯爵に雇われて自分の師匠になったこともあったのだから、アンダーテイル侯爵の依頼で動いているのだろう』というように判断できない。
今回、表立って『少女』を確保しようとしている勢力は三つだ。
神殿。
カリバーン王国のランサー公爵家。
そしてアンダーテイル侯爵家。
どこもお金がある。そしてたぶん、どこも【死聖】とコンタクトがとれる……というより、三つの勢力の中でもっとも格の低いアンダーテイル家がとれたのだから、それはまあ、とれるだろう。
とはいえ『関係勢力が最低でも侯爵』というのはかなり問題の規模としては大きい。
あの少女は何者なのか。学園長の言っていたらしい『君たちのクリアランスには開示されない情報』という表現は冗談のようでいて本気にも思える。つまるところ、『大国の侯爵以上でないと知ることができない情報』という可能性があった。
その情報はたぶん学園に乗り込んで来る気がするソラ・アンダーテイル侯爵にうかがうか、『謎の少女』本人に直接聞くか……
ナギの行動方針はそうして決まった。留置場に行って『少女』に面会する。
交渉を有利に進めるためには情報が不可欠だし、目の前の仕事のことだけ考えるとしても、この行動は間違いではないだろう。
ただ……
(ノイ師匠が言ってた『時間の経過は君たちの不利にしかならない』っていう発言は気になるんだよな……)
そもそもノイを雇った勢力が表立って『少女』の引き渡しを要求している三つの中にあるとも限らないのだ。
まだ名前も明らかになっていない勢力の可能性もあるし……
(学園に雇われた可能性もあるんだよな……というか学園長に世話になりたくなくてハイドラ先生を頼ったのに、けっきょく学園長が出張ってきてるし……)
悩みながら立ち上がって病室を出る。
するとドアを開けたすぐそこに腕を組んで仁王立ちする少女がいた。
肩口できらめく真っ赤な髪を切り揃えた背の高い少女……
エリカ・ソーディアンがそこに立っていた。
彼女の表情はいつでも怒っている感じなので、今、彼女が何を思ってそこに立っているかはわからない。
というか先にハイドラが出て行ったのだが、ハイドラはエリカと遭遇しなかったのだろうか? 今の三日徹夜後ハイドラだと遭遇しても何も言わずに忍び笑いだけして去って行きそうな気もするが……
「何かあたしに言うことあるんじゃないの?」
ナギが悩んでいると、エリカがそんなことを言った。
さすがに心当たりがない。ナギは首をかしげて考えてから、
「ああ、さすがに毎晩通話をするのはスケジュール的に難しい……」
「その話じゃないでしょ!?」
「ごめん、本当にわからない。何?」
「いやっだから……! あ、あんたねぇ!? また何か厄介事にまきこまれたでしょ! ぶっ倒れる系の!」
「うん」
「求めなさいよ! あたしの力を!」
「ごめん、今回エリカさんが役立つことは何もないんだ……」
「斬るのとか超できますけど!?」
「いや、斬るものはないんだ」
「……でも、なんかに襲われたんでしょ? だったら護衛ぐらいいるんじゃない? …………あーその、もう! わかってんのよ! あたしが役立たずだってことは! でも、何かしたいから来ちゃったの! ごめんね!」
「ものすごい自己完結で謝られた……」
「……冷静になったらすぐバテるから護衛とかできないし……かといって戦闘以外にできることはないし……あれ? あたしって本当に役立たずなんじゃない? なんのために生まれたの? なぜ生きてるの?」
「でもエリカさん、街とか消せるじゃん」
「そうね。街とか消せるもんね。……いや『消せるもんね』じゃないのよ! そんな誤字修正みたいなノリで消していいものじゃないの!」
ナギは苦笑して鼻から息をつく。
たしかに血も涙もないことを言ってしまえば、エリカは今回、必要ない。
ここでお帰りいただくのが、彼女を危険な目に遭わせることもないし、最適なように思われる。
けれど、嬉しかった。
何ができるかわからないけれど、力が必要そうな気配を察してとりあえず駆けつけてくれた彼女の気遣いは、本当に嬉しかった。
だからナギはこう述べる。
「ちょっと行くところがあるんだ。ついて来てくれると嬉しいな」
「いいわよ! どこ!?」
「留置場」
「…………いや、いいのよ? 本当に。文句はないし、そもそも仕事の手伝いに来てるんだけど……一言いい?」
「何?」
「あたしたちが一緒に行った場所、六割以上が『路地裏』『スラム』『留置場』とかそっち系じゃない? もっとこう、キラキラした光の当たる場所を歩く思い出が欲しいっていうか……噴水広場で出オチしたし……」
「わかった。配慮しよう。というかたぶん、これから昼食もとるし、まずはその第一歩といこうか」
「ほんと? なんか……気を遣わせて悪いわね……」
「ううん。いいんだよ。もしかしたらレオン君と謎の女の子も一緒だけど、いい?」
「悪いけど気を遣って欲しかったわね……っていうか『謎の女の子』って何!?」
「その謎をこれから解き明かしに行くんだよ」
「……いや、いいのよ。本当にいいんだけど……今度の休日は空けておいてくれると嬉しいわ……」
「…………休日?」
「アッ、ごめんなさい」
静かになってしまったエリカを伴って、留置場に向かうことにした。
なお、ナギは留置場までの道がわからなかったので、エリカの同行はさっそく役立った。
◆
留置場に『女の子』はいなかった。
どこかに護送されて行ったらしい。
その代わりにレオンとアリエスを拾ったので、四人で遅めの昼食をとることになった。
「あんたらね、留置場はホテルじゃないのよ」
「正義は理解されないものなのです。悲しいですね」
「いや俺はいつも誤解で捕まってるだけなんだよ。テメェらみたいにおかしいやつと一緒にすんな」
想定していたよりにぎやかな昼食になってしまった。
ナギは『僕が先生だからおごるよ』とナチュラルに言ったが、『逆でしょ』という反応が三者三様に返って来た。
どうにも学園における『教師』というのは、『頼りになる大人』というよりは『学生のために働く不自由な身分』みたいな扱いのようだ。
実際、先天スキルを持った学生のほうが教師より稼いでいる疑惑はある。そして学生は『学園クエスト』によって副収入を得ることも可能だ。教師は副業禁止で月給制。なるほど生徒の方が経済的に強い。部活動収入なんかもあるようだし。
だからナギは遠慮しつつおごられることになった。
店の選定はアリエスに任せた結果、シックな雰囲気のバルみたいな場所になった。
昼間に入るには少し大人びすぎた場所のようにも思えたが、ここは『落ち着いた照明に照らされた下、いい感じの濃い色の木製テーブルで、魚介系のご飯をしゃべりながら食べる店』というカテゴリのようだった。
注文をアリエスとエリカに任せると今生ではなかなか見なかったアクアパッツァやムール貝っぽいもののスープ、
というか学園都市トリスメギトスはめちゃくちゃ内陸であり、内陸まで魚介を運ぶというのは『外』の技術だと不可能に近い。ここにも学園部外秘みたいなものがかかわっている可能性が高そうだった。
いや、あの学園長のことだから『早くこの技術を複製してほしい』などと思って公開してそうな気配もあるけれど……
食事をしながらナギたちは情報交換をした。
アリエスは『フェニクス警備保障』という部活動の人たちに『誤解』で捕まって取り調べを受けていたらしい。
レオンはハイドラから聞いていた通りの経緯だった。
彼が連れていた少女については、知らないあいだにいなかったのだとか。看守をしていた生徒によれば学園理事会が引き取りに来たそうだ。目つきの悪いピアスまみれのメイドが……という話を聞いて、危うく【拳聖】と鉢合わせになるところだったのを知る。
「まァ、落ち着くべきところに落ち着いたんじゃねぇかな。先生、迷惑かけて悪かったな。この件はおしまいだ。力を貸してくれたこと、ありがとうよ」
レオンがトーストしたバゲットをガリガリとかじりながら言う。
テーブルの上の料理はすでにあらかた片付いていた。レオンが超ガリガリ音を立てながら食べるのは『外』の貴族からするとマナー違反という感じだが、エリカも特に気にしていないようだし、学園ではアリなのかもしれない。
さて、手詰まりになってしまった。
ナギは『謎の少女』について調べたかったわけだが、その存在はすでに理事会に保護されており、学園長も『クリアランス』とかいう概念を持ち出してまで情報封鎖をしている。
これから交渉で他国の侯爵家を相手に『お渡しできません』をするのになんの情報もくれないあたり『無茶な要求』という感じだが、悲しいことに『自分たちが何を扱ってるのかは教えてもらえないが、とにかく扱え』というのは前世ではわりとあった指示である。
異世界転生してまで社畜みたいなことをしたくはないが、まあこのぐらいの無茶なら呑もうという気持ちはあった。必要な情報ならあの学園長は開示するだろうという信頼もある。それが『試練』でない限り。
そうなるとナギにできることは何もない。
なのでちょうどいいから、気になっていた質問をしてみることにした。
「レオン君はいいのかな? 君だって命懸けであの女の子を守り通したわけじゃないか。それを理事会に横からかっさらわれて、つまらない気持ちにならない?」
するとレオンは目を細めてナギをにらみつける。
困惑なのか不機嫌なのか、彼の表情はコワモテだけにわかりにくいところがあったが、この視線は『困惑』の方だろうなと感じられる。
しばらくパンを
「いや、言ったと思うけどよ。……ああいうのは、俺の手には余るんだ。俺は一般的な学生だぜ。そりゃあ、行き倒れを見かけたら声ぐらいかけるけどよ……そいつが気を失ってたらギルドに運ぶぐらいはするし、ヤバそうな連中に追われてたら連れて逃げるぐらいもするし……」
「いやもうだいぶ『一般的』な行動力じゃないと思うよ」
「……とにかく、手に余るんだ」
「こいつ、こういうやつなのよ」
エリカが口元を紙ナプキンでぬぐいながらため息をつく。
姿勢がいい座り姿だった。思わず見惚れるほどに、席に着いている姿が美しい。
ナギがぼんやり見ていると、エリカが「何よ……」と視線をうつむけるので、ナギは「ごめん」と謝ってから、
「座ってる姿で妹を思い出したんだ」
「あの、妻を見て妹を思い出さないでくれる?」
「ごめん。あ、いや、今のなしにしよう。僕の人生に妹的な女性はいたけど妹はいないんだ」
「妻を見て他の女を思い出さないでくれる!?」
ソラが学園都市に来ることはないと思っていたので『妹』という存在を出してしまっていたが、ソラがここに来るなら妹がいたことは隠さないといけないだろう。何せ今のナギはアンダーテイル侯爵家と無関係なのだから。
「それで、レオン君が『こういうやつ』って?」
「妻を見て他の女を思い出しながら男についての話題を広げる!?」
「え、ごめん、何かやっちゃったかな?」
「……いいけど……あんたそういうやつだもんね。……あのね、レオンはこういう半端なやつなのよ。中途半端にかかわるんだけど、すぐに誰かに投げて『おしまい』みたいなことするの」
「いや当たり前だろ。俺には力も後ろ盾もねぇんだぞ」
「いや、いいんだけどね。……あんたは気持ち悪くないの? 自分のかかわった問題を他人に丸投げして、その顛末について知れないこととか……消化不良な感じがしない?」
「……公爵令嬢様にはわかんねぇかもしれないけどよ、人生ってそんなモンだぜ。俺の手は見ての通り小せぇんだよ。手当たり次第、問題に最後までかかわってたらいろんなモンを取りこぼすのを知ってんのさ」
「デカイじゃない、あんたの手」
「比喩表現だよ」
「わかって言ってんのよ。……まあとにかく先生、こいつはこういう枯れたやつだから。『レオン君? いい人だよね。正義感も強いし。きっと彼女になった人は幸せだと思うよ』ってみんなに言われる感じ」
「待って、俺、その話知らねぇんだけど!? そんなふうに言われてんの!?」
「そりゃあんたのいない場所でしてる話だから知るわけないでしょ。『切れ味もよくて丈夫だけど取り立てて使うほどの理由がない剣』みたいなやつのくせに」
「もしかして俺の評価ボロクソか?」
「うちのクラスの連中に評価されたかったの?」
「いやそれはされたくねぇわ。されたくねぇけど、それとこれとは別問題じゃねぇ? 普通に凹む。俺は可能な限り優しくされてぇんだよ」
「あきらめてあげるのは優しさだと思うけどね」
その言葉はエリカが言うと奇妙に重く感じられた。
言葉ににじんだものが会話を停滞させる。騒がしかった昼食には不意に沈黙がおとずれた。感情の慣性の法則━━それまで流れていたものがふと止まった時に生じる圧力が、再発進を求めてナギの背中をつつく。
「すいませーん、この『香草焼き』っていうのと『エール』を」
そんな時に注文の声が上がったもので、雰囲気を読む力の強いアリエスが胃袋を犠牲に沈黙を打ち破ってくれたのかと思い、ナギは声の方向を見る。
するとそこにいたのはアリエスではなかった。
ナギの隣。
丸いテーブルに四人で着いていた都合上どうしても生じる空白部分、エリカとのあいだの場所に、新しいメンバーがいる。
その人物はナギを見上げて無表情のままじっと圧力のある視線を向け続けてから、ようやく口を開く。
「ナギ、師匠にご飯をおごってよ」
【死聖】ノイが、なんかいた。
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