第27話 レオンとエリカ
「『学園正義連盟』!? そんなヤバそうな組織に入った覚えはねェよ! アリエスの野郎、また俺に勝手な設定生やしやがって!」
なんとなくそうじゃないかと思っていた。
ナギはレオンを連れて路地の奥まったところにある廃ビルの中に隠れている。
追手は戦闘になる前にまくことができた。【上級狩人】のおかげだけれど、その効果もすでに切れている。
多少の時間ができたので、ここらで自己紹介をしてみることとなった。
レオンがナギの身分や行動動機を疑い気味だったので、晴らすために会話が必要だったのだ。
アリエスが通話を受け取って説明してくれれば早いのだが、彼女は今鉄火場にいる可能性があるので通話するのは遠慮した。
レオンは叫んだあと、深いため息をつく。
「……まァ、アリエスのいかにも言いそうなことではあるな。先生、とりあえず、あんたを信じることにするよ。実際、助けられたしな」
廃ビルの内壁に背をつけるように腰掛けたレオンは、疲れ果てたように発達した僧帽筋をゆるめた。
彼のすぐそばには寄り添うように真っ白い少女が『ぺたん』と座っていて、廃ビルの窓から差し込む灯りに照らされた二人は、ナギの目からはあつらえたように似合って思えた。
「それで、レオン君、君のゴール地点を確認したいんだけど」
「ゴール地点?」
「まさかこのまま、ずっと彼女を連れて逃走を続けるつもりじゃないだろう? というか彼女の事情はわからないのかな。僕とはさっきから一言も交わしてくれないけど……」
「まァ……事情はわからん。記憶喪失? ……『ずっと逃走を続ける』は不可能だな。養う経済力も、守りぬく防衛力も、敵を全部千切って投げる戦闘能力もねェ。俺は一般人だからよ」
「一般人は女の子を連れて夜の街を逃走しないと思うんだ」
「んなことねぇよ。よく落ちてるぜ、女の子。うちのクラスにも落ちてるのが趣味のやつがいてな。まあ、あいつの事情はちょっと特殊っつうか……」
「もしかしてエリカさんのこと?」
「知り合いか?」
「うん。妻だよ」
「……テメェ、『第二王子』か?」
レオンの様子が一瞬で剣呑になる。
どうやら彼はエリカの事情についてそこそこの知識があるらしい。しかし、エリカを悩ませていた第二王子が国外追放され、なんやかんやとエリカとの婚約話が消え去ったことまでは知らないようだった。
ナギは不思議に思った。
レオンは明らかに、『手を差し伸べる人』だ。しかもエリカの事情も知っている。行き倒れたエリカを拾ったこともあるのだろう。
だというのに、エリカの問題は解決していなかった。
それに、エリカが困っている場にもいなかった。
『行き倒れていた女の子を拾って、わけのわからない連中から逃がそうとする』という行動をとれる彼が、どうしてエリカの問題から途中退場することになったのか、興味がある。
だが、今はそんなことを掘り下げている場合でもないだろう。
信頼を得なければ行動もままならない。
さっきちょっと安定した信頼はナギのことを『第二王子』だと勘違いされた段階でかなり下がってしまったようで、レオンの視線は剣呑そのものだ。
誤解を解く必要があるだろう。
「僕はエリカさんを悩ませていた第二王子じゃないけれど、僕の口から言っても納得を得るのが面倒そうだし、ちょっとエリカさんに通話するね」
「あ? お、おう。なんかあんた、独特なペースの人だな……」
というわけで教員免許を操作して通話。
エリカはすごい早さで出た。
「何時だと思ってるのよ」
「ごめん、寝てた?」
「寝てないけど! 何!? 用事!?」
「えっ、何か怒ってる?」
「怒ってないわよ! ただ、ほら、こうやってそっちから通話してくるの珍しいからびっくりしたっていうか……」
「それはごめんね」
「そうね! びっくりするぐらい通話して来ないの、すごく悪いと思うわ! 毎晩かけなさいよ!」
「それはちょっと無理だな……授業開始までにやることが多すぎて……ああそうだ、緊急の用件があるんだけどいい?」
「また腕でもちぎれた?」
「レオン君に第二王子と間違われてるんだけど、誤解を解いてほしいんだ」
「はぁ? どうしてそうなるの?」
「実は夜の街で女の子を拾って逃亡中のレオン君の話をアリエスさんから聞いたので助けに来たんだ。そこでエリカさんを『僕の妻です』と紹介したら『第二王子か?』という流れに」
「待って待って。情報がごたついてる。気になるトピックスが山盛りすぎなんだけど。つまりあたしは何をしたらいいわけ?」
「僕が第二王子ではなく、なおかつ夫であることを証言してほしいんだ。レオン君に」
「えっ、それはちょっと、その……いきなりクラスメイトに結婚報告ってき、緊張するっていうか……」
「エリカさん、緊張とかするんだ」
「あたしをなんだと思っているのか、あとで聞かせてもらう必要がありそうね。とにかくその……結婚発表は機を見てって感じで……だめかしら?」
「しかし僕はレオン君からの信頼を得ないといけない状況だからな……」
ちらりとレオンの方を見る。
すると彼は頭を抱えて、片手をナギに向けて突き出していた。
「いやもう、すまんかった。俺が間違えてたわ。あの
「もしもしエリカさん? 誤解は解けたみたいだからもう大丈夫だよ」
「待って待って、何が起きたの? ちょっと情報量がアレであたしはまだ事情を理解しきれてないのよ。レオンって言った? レオンってあのレオン? うちのクラスの被害者担当の?」
「そんな立ち位置なのか……」
「また女の子拾ってるのあいつ!? 『月刊落ちてる女の子』みたいになってるじゃない!」
「毎月女の子が落ちてる学園都市の治安に問題があると思う。まあとにかく終わったら全部話すよ。じゃあおやすみ」
「えっ、ちょっと待ちなさいよ! 今どこ」
ナギがエリカとの通話を切ったのは突っ込まれると話が遅くなりそうだなと思ったのだけが理由ではない。
レオンが厳しく目を細めて静かにするようにハンドサインをしたからだ。
「先生、捕捉された」
「うん。ごめんね騒がしくて」
「いやいい。俺があんたを信じきれなかったから、嫁とのろけさせる羽目になった。……何を言ってんだ俺は?」
「『事実』だと思うよ」
「……とにかく、あー……なんだ、こういうこと言うの慣れてねェんだが……先生、甘えていいか? 力を貸してほしい」
「では、手短にゴール地点を確認しよう。君はその非常に無口な子をとりあえず安全に保護してもらえるところまで護送したい。手元に置いておくつもりはない。それでいいかな?」
「ああ。……つうかよ、手に余るんだよ、どいつもこいつも。俺は一般的な学生でしかねェんだ。拾った女の子の保護とかできるかっつーの」
「『月刊落ちてる女の子』を創刊号から読み続けてる君は、普段どうしてたの?」
「その不名誉なソレはなんだ? 俺はんなもん購読してねェよ。アリエスじゃあるまいし……あーその、落ちてる女の子つっても、追手がかかってるのはレアケースだからな。たいていは学園ギルドに保護を求めるんだが……」
「今回は学園ギルドに行きにくい?」
「そりゃあ、追われてる子を連れてったらギルドに迷惑かかんだろ」
「じゃあ理事会かな……でも学園長にこういう話を相談するのはな……」
「学園長にラインがつながってんなら相談するべきじゃねぇかな。あの人、この学園都市の王だろ?」
「いや……」
なんらかの試練に利用されそうなので、あまり気が進まない。
……そうなると、
「……仕事を増やして申し訳ないけど、ハイドラ先生を頼ろうか。僕らのゴールは、そこの白い彼女をハイドラ先生のもとまで無事に連れて行くこと。それで解決しなければ、学園長を頼ろう」
「わかった。……いや、ほんと、すまねェ。あんた、いいやつだな、先生」
「『余計な手出しをして四肢を失うおしゃべり野郎』みたいな評価されてたから素直に褒められるの戸惑うな……」
「すげぇ評価だな……っ、オイ、来るぞ」
「ハイドラ先生に連絡しつつ、とりあえず……十三番街の『孤児院』はわかるかな?」
「ああ、ハイドラ先生の持ってる廃墟っぽい物件だろ?」
「そこを目指そう。君はその子の護衛をしながら逃げてくれ」
「先生は?」
ナギは頭の中でスキルを選び、【中級狩人】を使用しながら、弓を引き絞る。
「僕はしんがりをしよう。生徒を守るのは教師の役目だからね」
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