四章 暗闇に浮かぶ明星

第25話 闇夜を駆ける

━━━━━━━━━━

お待たせしました。

第二部開始です

━━━━━━━━━━


 息が切れる。恐怖で指先がしびれる。しかし、余裕そうな顔をたもたなければならない。同行者を少しでも安心させたいから。


 レオンは逃亡者だ。とはいえ、彼はその表現から想像しにくい見た目をしている。


 何せレオンという少年はかなりガタイがいい。

 高い身長。厚い胸板。

 顔の右側には額から右目を経由して顎までにかけて裂傷があり、本人は少しでも威圧感を減らそうという努力で顔の右側を髪で隠しているものの、それが威圧感に加えて不気味さまで醸し出す結果になっているのは、大事故と言わざるを得ないだろう。


 レオンという少年はこう見えて善良な学生だった。


 いや、本人は善良たろうとしているのだが、どうにもクラスメイトどもに巻き込まれていろんな事件をちょっとずつまみ食いすることになってしまっているので、ちょっとばかりクラスメイト以外からは怖がられるが、性根の方は善人であるつもりだ。


 だから、行き倒れている少女を善意で拾ってしまって━━


 夜の学園を逃げ回る羽目になっている。


「なぁ」


 ドスのきいた低い声。

 威圧の意図はなかった。逃亡しながらともに逃げている少女を安心させようと、きわめて落ち着いた声を出したつもりでいた。

 ところが少女は怯えたようにビクリと肩を震わす。


 レオンは照明の届かない路地裏、建物の外壁に背をつけて、「ふぅー……」と長い息を吐いて、


「……あんたを追いかけているのは、なんなんだ?」

「わからない」

「……わからないってことは、ないだろう。ここがどんな都市か説明が必要か? あれだけの不正入学者が侵入してきて、あんたを追いかけている。それはもう、異常事態だ」


 レオンが追手を不正入学者と断じた理由は単純だ。

『制服を着ていないから』


 トリスメギトスはその構成人員の九割が学生であり、学生全員に制服が支給されている。

 なので特にファッションにこだわりがない者はたいてい制服を着て外出することになるのだ。

 ……では連中が『ファッションにこだわりのある者』かというと、これも違う。

 なんというか……トリスメギトスは都市の外とかなり文化が異なるため、服装のセンスも一目見て『外』と『中』でかなり違っている。

 レオンは『ファッションにこだわりがない者』なのでうまく言語化できないが、とにかく『人種が同じでも違う国の人』を一目でわかるように、学園内の服か学園外の服かは一目でわかる。


 その意味では。

 目の前にいる少女も、『外の人』にしか見えなかった。


 あまりにも、白い少女。

 髪が白い。瞳が白い。肌など光で染め上げたかのようにまばゆく輝かんばかりに白い。

 生成りのワンピースは学園外だと村娘などがよく着るようなものだった。それは一応『白い』と分類してしまっていい色合いだったはずだが、彼女の白さにまとわれていると、汚らしく黄ばんで見えてしまう。


 そしてこの浮世離れした雰囲気。

 今も追手に追われているというのにどこかのんびりした様子だし、彼女からすれば『知らない男』であるはずのレオンにこうして手を引かれてそのままついてくる。


『世間知らず』で済ませていい様子ではない。

 レオンは悪い予感を覚えつつ質問を続ける。


「……あんたもどこかの国の偉い貴族のご令嬢だったりするのか?」

「わからない。私はご令嬢?」

「いや俺が聞いてんだよ。……ああ、くそ、もしかしてあんた、記憶がなかったりするのか?」

「たぶん」

「あー……」


『だと思った』とまでは確定的ではなかったが、少女の言動にはどうにも、確かにそういう気配があったのだ。


『記憶喪失の少女を拾った。その場のノリで手を引いて追手から逃げている』


 レオンの巻き込まれている状況は以上のようになる。

 思わず、片手で顔を覆った。━━なんというか、絶望的すぎて。


「……俺ァさ、学園スラムにはびこるマフィアでも、学園長に特別なツテがある荒事担当でも、学園の外に権力基盤を持ってる貴族様でもねぇわけだよ」

「……?」

「普通の、善良な、一般的な……いやまぁ、うん。所属クラスはともかくとして、極めて一般的なバックボーンしかない、農村出身の学生なワケだ。十八歳なりたてのな」

「……」

「……だっていうのによォ、トラブルの方から俺のもとにじゃんじゃか押し寄せてきやがってからに……! ああほら、言ってるあいだに捕捉された……! 逃げるぞ!」


 少女の手を引いて走り始める。

 少女は大人しくついてくる。

 汗もなく、息もまったく切れていない。


 ……レオンと少女の身長差は、実に頭四つぶん以上はあるだろう。レオンが大きいのもあるが、少女がそもそも、子供のように小柄なのだ。もしかしたら、本当に子供……『潜在スキル鑑定を行う十五歳』未満なのかもしれない。

 だというのに、レオンがそこそこ本気で走ってもこの余裕。

 もしかしたら、放っておいても彼女一人で追手をなんとかできるのかもしれない。

 強力な潜在スキルか先天スキルを持った女の子がそのスキルを利用しようとする国から逃げて学園都市に来た━━実にありえそうな話だ。


(でも、放っておけるかって言われたら、『そうじゃねェ』って感じなんだよなァ! 『ヤバそうな連中』に追われてる『か弱そうな女の子』を放置して心が痛まないヤツなんかいねェっつうの!)


 レオンは路地裏の奥まった方へ走っていく。


 ……と、入り組んだ路地から急に、人が飛び出してきた。


「う、おッ!?」


 ぶつかりそうになり避ける。

 そして最大限に警戒をして、その人物の方向に向き直り、足を止める。

 気配の察知ができなかったからだ。


 レオンの潜在スキルは【闘士】である。

 これは拳、剣、盾から弓にいたるまであらゆる武器を『ひじり』よりワンランクからツーランク下の水準で扱えるレア度の高い潜在スキルとなっている。


 その【闘士】には【中級狩人】なみの気配察知能力もある。

 それで察知できなかったということは……


(暗殺か狩人の上級スキル持ち。いや、悪くすりゃあ……)


ひじり

 神とつくスキルを別格とするけれど、実際に遭遇する可能性がある中ではもっとも強いスキルだろう。

 味方なら心強い。無関係ならそれでいい。敵なら……


(くそ、足を止めたのは判断ミスったか。余計なことに首つっこんで死ぬのか。ああ、やってらんねェな)


 敵なら、死。

 ……その状況だというのに、レオンは『少女を捨てて逃げる』という選択肢を浮かべるがさえなかった。


 少女を背にかばい、拳を固める。


 もちろんいきなり殴りかかったりはしない。無関係な人である可能性も一応期待して、声をかける。


「あー、あんた、その……」


 しかしレオンが質問を形にする前に、暗闇の中の人物は、どこか少年めいたのんびりした声で、こう発した。


「君、レオン君ですね?」

「は? ……なんでテメェ、俺のこと知ってんだ? クラスメイトか?」

「いいえ違います。僕は君の担任です」

「……は?」


 レオンの目が慣れて、【闘士】のスキルが暗闇にいる人物の顔を捉える。

 それは人畜無害そうな笑顔を浮かべた、黒髪の、少女っぽさもある、少年━━


「初めまして。来週から授業で顔を合わせることになるナギと申します。アリエスさんから求められて、君を助けに来ました」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る