第24話 アフターケアのお誘い
「そういえば君にだけ教えておくべきお得な情報があるんですよ」
自室には備え付けの家具以外何もない。
なんだかんだと日用品を買う機会を逸し続けていたことに気づいたナギは、だからいよいよ日用品を買おうとしていた。
ぶっちゃけてしまえば家から持ち出したものだけでしのぐつもりで来たのだが、学園都市トリスメギトスの文明水準が予想より数百年は未来だったので『前世風』の歯ブラシとかがほしくなってしまったのだ。
なので買えないなら買えないでどうにかなるけれど、こうも日用品を買う出端をくじかれ続けると、逆に『なんとしても買ってやりたい』という気持ちになってくる。
今回ナギの
もちろん連絡先交換をした覚えはない。気絶中に勝手にやられたのだろうか。まあ、あの人ならあらゆる生徒手帳・教員免許にいきなり連絡をできても不自然ではない気がするけれど……
「すみません、その話は長くなりますか?」
「長いと困りますか?」
「これから歯ブラシを買いに行こうと思っているんです。実家から持ってきた日用品セットはなんていうか……」
「中世ファンタジー風?」
「それです」
「なるほど、これは重要な案件だ。しかしだからこそ君の選択に価値が」
「早めにご用件をどうぞ」
「神殿もつかみ損ねている聖女と第二王子の行き先を君に教えましょう。外出許可つきで」
「……」
「彼女たちは間違いなくこの先いつかソーディアン君の障害になると思いますよ」
「つまり、どうしろと?」
「それを考えるのが、君の試練です」
「遠回しに『殺せ』と言ってます?」
「それも選択肢の一つでしょう。あるいはソーディアン君に相談するというのも考えられますね。もしくはハイドラ先生をつたって神殿へ連絡するというのもいいかもしれません。他には……」
「ようするに本当に『どうでもいい』んですね」
「ええ。君がどうしようとも、学園は対応する準備があります。そして私自身は、君が私の想定を凌駕してくれることを望んでいますよ」
「僕も『若者』ですか?」
「実年齢で言えばソーディアン君より下でしょう?」
「そうですね。けれど前世があります」
「必殺技を使いましょう。『すべての人類は、私に比べてしまえば若者なのです』」
「なるほど……」
そう言われてしまうと黙るしかない。なにせ学園長は五百年前に『魔王イトゥン』とか呼ばれていたらしいのだから。
まあ真偽確認はできないけれど、あの学園長は嘘をつきそうなタイプには見えない。嘘はつかないが信用できないタイプだ。
「しかし、僕がこれから行くのは日用品店です」
「おや、聖女と第二王子は放置ですか?」
「そりゃあ、そうでしょう。『かもしれない』で脅威を排除し続けてたら、真っ先に僕が殺しに行くのはあなたになってしまう」
「なるほど! たしかにそうだ! 私も『かもしれない』で脅威を排除するなら、最初に殺すのは君になりますね! なにせ我々は等しく神に愛された者なのですから!」
「『等しく』ですか? そっちのほうが上な感じがしますけどね」
「どうでしょう? 私は君がうらやましい。『隣の芝は青い』というものでしょうか? まあ、君も学園で過ごし、人と交われば、そのぶん強くなっていく。こういう無駄話も君の糧に」
「通話越しだと意味がない気がします。切っていいですか?」
「はい。お引き留めして申し訳ありませんでした。それではよき学園生活を!」
「はい。失礼します」
と、通話を切ると教員免許の最後のページに地図が送られたサインが出る。
めくって見ればそこにあったのは聖女と第二王子の現在位置……ではなく、ナギのいる教員宿舎最寄りの日用品店がいくつか。値段比較までついている。なんというサービスだろう。ぶっちゃけ怖い。
「……うわ、本当に『ドラッグストア』じゃないか……これ前世で見たことあるぞ……商標とか……異世界だからいいのか」
見たことがあるものしか創れないのだと学園長は告白していた。それは真実だろうと思う。あの学園長は嘘をつかないというのはほとんど確信している。
ただしあの人はすべての情報を開示してすべての質問に正直に答えた上でこちらを騙してきそうな雰囲気がある。……たとえばエリカの魔法剣を受けた壁。あんなものが存在するとは思えない。だからそこには、レトリックだか、詐術だかがあるのだろう。
この世界では嘘などつかないほうが無難だし、隠し事は増やさないほうがいいとナギも感じている。
交渉系潜在スキル持ち以外は全体的に『嘘がうまくない』のだ。うまく説明できないのだけれど、たとえばアンダーテイル侯爵ぐらいの熟練貴族であっても、嘘をつくと『あ、これは嘘だな』というサインが出るというのか……
とにかくスキルに能力を保証されている人とそうでない人とでは性能差が如実だ。だからナギも嘘はつかないし隠し事も避けている。下手な嘘と隠し事は信用を損なうだけでメリットがあまりにも少ない。
この世界のスキル依存は本当にすごい。
犯罪に使えないスキルの持ち主が犯罪をしないのだと信じてしまっていいぐらいだ。逆に嘘がつける潜在スキル持ちは必ず嘘をつくと思ってしまっていい。
そして多少の会話で相手のスキルをコピーして確認してしまえるナギに潜在スキル・先天スキルを隠すことはできず、それはほとんど相手が嘘つきか犯罪者か正直者か正義の人かがわかる。まあ変わった個人はいるけれど。アリエスとか。
おそらく、ナギが担当することになる問題児クラスというのは、【燃焼】持ちなのに主義と状況のせいで『一瞬で燃やし尽くすような戦い方』をしないエリカとか、潜在スキル・先天スキルと関係なく『悪を倒すと気持ちいい(意訳)』みたいなことを言い出すアリエスみたいな……
スキルと個性が乖離した人たちが、集められているのだろうと思う。
それはまぎれもなくこの世界における『問題児』なのだ。
なにせ神のお示しになった指標と関係のない個性が芽生えてしまっているのだから。
というかあの学園長なら、そういう意図で一箇所に集めていそうな気がする。こればかりは根拠がないカンだけれど。
となると『問題児』とは言われているけれど、学園長自身は『問題』だと思っていないようにも考えられる。むしろ神を信じ依存し過ぎるこの世界に対する切り札的な……
「……まあ、いいか」
根拠のない妄想よりも歯ブラシを買うほうが大事だ。
ナギは地図をじっと見て、それから綺麗に消去した。
店でもなんでも、『自分で探して歩く』のが楽しい。
『はい、これ』ともらった情報に盲目的に従ってしまうのは、今のナギにとってひどくつまらないことに思える。
……その結果としてけっきょく地図にあった通りになろうが、そもそもすべてのお店が学園都市の差配で存在していてけっきょく手のひらの上だろうが、『自由を感じるかどうか』という主観はとても大切だ。
部屋を出る。
ロビーにはハイドラがいる。
ぼんやり天井をながめる美女の横を通り過ぎる時に軽くあいさつをすると、彼女は「ああ」と気だるげに応じて、
「どこへ行く?」
「日用品を買いに」
「何か不足が?」
「いえ、まだ買ってなかっただけです」
「…………いや君、デートのついでに買いなさいよ」
「アリエスさんに行き先をおまかせしていて、その中に日用品店がなかったものですから」
「『ちょっと寄っていい?』って一言言えばすむのでは……少年、いいことを教えてあげよう。どんな細かいことでも一言言うのは大事だぞ。言葉が少なすぎてすれ違うことはあるが、言葉が多すぎてすれ違うことはないのだから」
「エリカさんと聖女さんは?」
「私が悪かった。お詫びについて行こう。━━ああ、でも、その前に」
「なんですか?」
ハイドラの青みがかった黒の瞳が、まっすぐにナギを見ていた。
ナギはその目に真剣な色があるのを見てとったから、体をまっすぐハイドラのほうに向ける。
ヨレた白衣を着た美女は、しばし言葉を整理するように沈黙したあと、こう述べた。
「エリカ・ソーディアンさんに『思い切り剣を振らせた』のはなぜだい?」
「相手が【拳聖】でそれを打破するためには全力で魔法剣を振ってもらう必要があると思ったので━━」
「嘘はよくないよ」
「わかりますか?」
「君、自分では嘘が得意だと思っていそうだけれど、できてないんだ。ちょっと早口になる」
よく見ている。
確かにこの世界、スキルがすべてだ。
しかし、それでも、『人生経験』というものは馬鹿にできない。
人生そのものの習熟度とでも言おうか。当たり前だけれど、貴族社会で十年以上をすごした人と、家で剣だけ振ってきた人とでは、たとえ潜在スキルが同じであろうとも、嘘のつきかた、言葉のうまさは全然違うのだ。本当に、当たり前だけれど。
ハイドラはため息をついて、
「君は確かに死ななかった。聖女もあの時点ですでに別の場所にいたと学園長から聞かされたよ」
「そうなんですか?」
「うん。学園長はね、君がエリカさんをそそのかして街一つ消させるだろうなとわかっていたらしい。それで避難させていたんだとか。つまり彼は君の意図を理解していたことになるね」
「なるほど」
「けれど、私にはわからない。あれ、完全なオーバーキル案件だよね? というか、オーバーキルになるのがわかっていたから、君も剣の直撃位置で【拳聖】と聖女を守ろうとしたんだろう?」
「あー……エリカさんもそのあたり気づいてますかね?」
「どうだろう。彼女はべつに馬鹿ではないからなあ。頭は固いけれど。で? わざわざ自分の身を危険にさらして、ソーディアンさんに殺人をさせるリスクを冒してまで、君が思い切り剣を振らせた理由は?」
「いや、いい機会だったので……」
「どういう意味だ」
「エリカさん、ぶっちゃけ、すさまじく強いじゃないですか。『一撃だけ』っていう条件をつけたら、たぶん世界で一番ぐらいに強い攻撃を放てるんじゃないですか?」
「まあ、同じことができる人を探すのは苦労するだろうね」
「だから、街を無人にしてもらって、明確な『思い切り斬ってもいい相手』がいて、ためらわず剣を振れる状況だなと思ったので、そうしてもらったんですよ」
「だから、それはなぜ?」
「ストレス解消」
ハイドラは呆然とした。
しばらく、言葉を取り戻すのに時間がかかる。
「……いや、君、それは自分の命を天秤に乗せるほどのことか?」
「だって先生、僕にエリカさんのストレス解消を頼みませんでした?」
「は? ……え? …………は!? は!? まっ、まさか、私が頼んだからそうしたのか!? 命懸けで!?」
「いや【
「まあそれはそうだが」
「だからギリギリ無事ですむ算段があったんです。いやあ、うかつでした。学園長が守ってくれなかったら死んでましたね、僕ら。危ない危ない」
「笑っているようだが笑っていい話ではないぞ。君が命を懸けてまでやる理由について━━ああああああ! そういえば君、そういうやつだな!? 命を懸けるのにためらわないやつだった!」
「いえ、だから計算はしてましたよ。それに限界まで死なないように抗いました。でもまあ、その結果死んだらそれはそれでしょうがないかなあと思っていただけで。それに……」
「そこから始まる申し開きが私でも理解が及ぶものであることを願っているよ」
「僕らは神様に愛されていても、神様から役割をもらうことだけはできていないんです」
先天スキルは才能。潜在スキルは
ならばナギも学園長も、神から導かれていないことになる。
もちろん【教導】は教師適性を保証するが、それは『かくあるべし』というようなものとはちょっと違うように思える。
だから、
「僕らは自分で自分の成すことを見つけるしかない。そうして僕が見つけたのは、『誰かのためになること』だったんです。僕はこの世界の人、好きですから」
「命を懸けて?」
「神様が『そこまではしないだろ』と思うことをしたいんですよ。そこを踏み越えてこその『自由』だと思ってますから」
「……君のことは母親の頭のおかしさとカイエンのトラブル体質を受け継いだやつだと思っていたが、訂正しよう」
「新しい評価はどうなります?」
「普通におかしいやつだ」
「その評価、気に入りました」
「気に入るんじゃあない! くそ! 君の後見人なのか!? 私が!? やだ!」
「そこはまあ、僕にはどうにもできないので。応援してます」
「トラブルを起こさないと約束してくれ!」
「できません」
「そういうやつだよ君は!」
ハイドラは長い長いため息をついて顔を覆った。
そして「支度してくるから待ってなさい」と述べて腰を浮かせた━━ところで、
ナギに、着信。
ハイドラが動きを止めて『出なさい』と目で示したのを確認してからナギは通話を開始して、「はい」「うん」「わかった」と述べてから通話を切った。
そして、
「すみませんハイドラ先生、買い物はやめました」
「そうなのか?」
「はい。エリカさんが、買い物に誘ってくれたので、その時にすませることにします。なんだかお礼? お詫び? に街を案内してくれるそうですから」
「…………」
ハイドラは一瞬呆けたような表情のあと、疲れ切った笑顔を浮かべてこう述べた。
「青春してるね、君」
うらやましい限りだよ、と口の中で小さくささやいて、天井を見上げる作業に戻る。
ナギはその場で立ち尽くして返す言葉を探したが、なかなか見つからず、
「そうかもしれません」
肯定のつぶやきだけ漏らすと、自室へと引き返した。
━━━━━━━━
第一部終了
第二部は2週間〜1ヶ月後に投稿開始します
面白かったら⭐︎よろしくお願いします
━━━━━━━━
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます