第23話 トリスメギトスのヘルメス
「なんで! 直撃位置に! いるのよ!」
エリカはナギが照明弾を打ち上げたあとにその下から移動したと思ったらしい。
たしかに言われてみればそうだろう。まさか位置の指示をしておきながら直撃位置に立っているとは思わないはずだ。直撃位置にいると知っていたらエリカも遠慮とか加減をしただろう。
だから言わなかったのだけれど。
「いや、うまい具合に受け切れるかと思ったけど、ギリギリだめだったね。聖女さんに剣が届かず、ラミィさんがボロボロになる程度に……うまく行くと思ってたんだけどなあ。申し訳ない」
「だからノリが軽いのよ!」
「すまないが救護室ではお静かに」
ハイドラの声にナギとエリカは「「はーい」」と応じた。
ベッドのたくさんならんだ真っ白い部屋に他に客はいないとはいえ、確かに救護室で大騒ぎするものではないと思ったからだ。
ぶっ倒れたナギが運び込まれたのは十三番街の救護室だった。
近場にあった救護室には人がいなかったので治療できなかったし、連絡を受けて現場に駆けつけたアリエスが大慌てでハイドラのいる場所まで戻ってきたため、そのまま十三番街に連れてこられたというわけだった。
「いや、頭と心臓だけ無事で帰って来れば復元してあげるとは言ったけどね? まさか本当に両手足を炭化させて帰ってくるとは思わないじゃないか。というか君、何? 自殺願望があったのかい?」
「うーん」
「悩むのか……」
「『死にたい』とは思ってません。可能な限り死を避けようと努力したのは本当です。ただ、まあ、結果的に死ぬならそれはそれでみたいな気持ちは確かにあったなあって」
「君が死んだら悲しむよ、いろんな人が。……いや、無責任なことを言ったな。まあ少なくとも私は悲しい。何せ君の今の後見人は私だからな」
「そうなんですか」
「……説明してなかったっけ。カイエンからの手紙で君の後見人を任されたんだ」
「直属の上司だっていうことは言われましたね」
「直属の上司かつ後見人なんだ。あと私は何を説明してない?」
「知りませんけど……あ、授業のカリキュラムと正式な開始日と……」
「私、なんにも説明してないな!?」
「まあワタワタしてましたから」
「そうだね。着任初日に生徒と結婚したっていうニュースで頭が真っ白になったのは否定しない」
「ちなみに僕はどのぐらい寝てました?」
「私が君の手足を復元したんだぞ? ソーディアンさんの魔法剣が気持ちよく五番街を消滅させたのがつい昨日さ。まる一日も寝込んでないよ」
「人的被害は?」
「ゼロ」
「物的被害は?」
「……ゼロ」
「【
「ああ、君の前で使ったのか。そうだね。あのスキルのせいであの男はかなり無茶に好き放題するというわけだ。何せどれほど街が壊されても瞬時に復元してしまうからね。こういう破壊も織り込み済みさ。というか生徒たちの避難もたぶん誰かのスキルなんだろうな。生徒たち、避難したという認識がない。昨日の夜に何が起こったかさえ知らないんじゃないか?」
「全部学園長のスキルだとしたら、彼はいくつのスキルを持っているんですか?」
「先天スキルが三つと、潜在スキルが一つですよ」
ドアを開けながら急に会話に混ざってくる男がいたもので、全員の視線がそちらに集まった。
そこにいたのはストライプのスーツを着た脚の長い男だ。年齢は顔立ちから判断すればいっていても三十代ぐらい。服装によっては十代にも見えるかもしれない、年齢不詳の男性だ。
黄金の瞳を細めて「失礼しますよ」と言いながら入ってくる髪の長いそいつは、ナギの横たわるベッドまで来ると、手の中に花束を出現させた。
手品、ではないのだろう。
「一つはこれ。【
と、言うと同時に、創り上げられた花束がガラスのように砕けて散った。
硬質そうなかけらが八方に飛び散ったように見えたけれど、それはそういうエフェクトだけだったようで、かけらがナギの体に触れることはなかった。
「【
「強すぎでは?」
「そうでしょう? ここまでが【文字化け】の中身になります。あとは【天眼】という目玉の数だけ好きな場所の光景を監視できるスキルがありますね。そして潜在スキルですが、【スカ】です」
「……なるほど」
「改めてごあいさつを。私がこの学園の長、あるいは『トリスメギトスの王』などと呼ばれるヘルメスです。偽名です」
「本名は?」
「見た目に合わないので封印しています。私の一番の秘密ですね。君には先天スキル持ちの【スカ】のご同輩として長いあいだ注目していました。大活躍でしたね」
「僕のことは以前からご存じだったんですか?」
「ええ、おとといぐらいから」
「あなたたちの会話は頭が痛くなるので即刻やめてくれ」
ハイドラが額をおさえて言うので、ヘルメス学園長とナギはそろって「「はーい」」と言った。
「それより学園長、聖女にまつわる話はどういうふうに展開したんだ? ぶっちゃけナギ先生もソーディアンさんも。『解決できたか』は、あなたの判断次第という状況だと思うのだが」
「あなたたちの成長に敬意を表し、聖女は説得して出て行っていただきました」
「あれを説得できるのか。『最初からやれ』という気持ちでいっぱいだが……」
「ソーディアン君がどういう行動に出るか見たかったものですから。もしかしたら問題解決のために『対話』を選ぶかもしれないでしょう? その機会を先んじて奪ってしまうのは教育者として」
「はいはいすごいすごい。……いやしかし、どう説得したかは気になるな」
「ふむ。では答え合わせをしましょうか。ソーディアン君、君がもし、私の立場だとして、聖女に穏便に学園から出て行ってもらうためには、どのような説得をしますか?」
「ぶん殴る」
「惜しい。正解は『目の前の問題であるソーディアン君よりも救いがいのある人を用意する』です」
「何も惜しくないんですけど」
「善意で行動する人は憐憫でぶん殴るんですよ。ああいう子は『かわいそう』に敏感ですから」
「……ちなみに、どんな人を用意したんですか?」
「君のところの第二王子がたまたま国外追放されたので、支えてあげないと死んじゃうな……とつぶやいたんです」
「……あいつ追放されたの!? 追放先の国の人がかわいそう!」
「いやあ、国の秘中の秘である『暗器衆』を極めて不当に動かして、しかも我が学園に侵入させたんですからね。正式に抗議すればそのぐらいにはなるでしょう。王宮に話のわかる生徒もいることですし。生徒手帳、便利な技術ですよね。ここからカリバーン王国王宮まで通話が一瞬なんですから。早く各国で複製してほしいものです」
「……勉強になりました」
「ええ。君たちの成長の一助になれたなら幸いです」
「……いやそもそも問題を複雑化させたのアンタでしょ!? なんで聖女を理事会に加えた!?」
「ははは。いや、ちょうどよさそうな試練があったので置いておいただけなんですよ。何か成長のためになるかなと思って」
「考えとか計算とかないの!?」
「若者はこちらの計算など簡単に凌駕します。また、正解は必ずしもこちらで用意しておくべきではないでしょう。何せ、世界で起こるあらゆることには、試験問題のような『絶対の正解』などありはしないのですから」
「め、迷惑な権力者……!」
「ありがとうございます」
「褒めてないですけど!?」
「私は若者の可能性を信じていますが、たいていの若者は、私の想定の域をなかなか超えてくれないのも事実です。君は素晴らしかった。花丸をあげましょう」
「……『花丸』っていうのは?」
「『がんばったなあ』と私が思うというだけですが?」
「こ、こいつ……!」
「まあ聖女は完全に我々側、すなわち『悪』、それも純粋悪なので、厳密にはまだ理事会メンバーですし、君のところの第二王子といっしょにパワーアップしてまた戻ってくるかもしれません。ゆめゆめ、成長を怠らないように」
「本当に迷惑なのでどうにかしてください」
「本当の迷惑に対処できてこその成長です」
エリカがついに助けを求めるような視線をナギに向けてきたので、ナギは話を引き継ぐことにした。
「つまり、エリカさんの勝利ということでいいんでしょうか?」
「そうですね。私はラミィを万全の試練としてあそこに配置しました。エリカ・ソーディアン君は間違いなく私の采配をパワーで超えた。この試練にかんしては間違いなく合格であり、勝利です。必要なら賞状でも送りましょうか?」
「賞状ってもらうと嬉しいものですか?」
「さあ? 私にはわかりません。ですが何かにつけ賞状が発行されていた経験を思うに、おそらくそういうかたちで功績を文面に残すことは重要なのではないでしょうか?」
「ソーディアンさん、君のせいでまた頭の痛い会話が始まってしまったぞ」
「失敗しました」
「ああそうだナギ先生、君についての評価ですが、君は不合格です」
「免職ですか? ちょっと困ります」
「試験一つでそうはなりませんのでご安心を。あと、この場合の不合格は、理事会メンバーとしての不合格です。君はどうにも『悪』の側ではない。かといって正義でもない。もっと異質なものです。なので申し訳ありませんが、当社の基準で君を計測できないという意味での不合格となります。今後ますますの活躍をお祈り申し上げます」
「はあ、ありがとうございます。というかやっぱり理事会は悪の組織のつもりなんでしょうか?」
「そうですね。できれば正義を名乗りたかったのですが、かつて私が自分の行為を善きものと思って活動していたころ、悲しいすれ違いがダース単位で起こった結果、『魔王イトゥン』とか呼ばれてしまったことがありまして、それ以来、自戒の意味もこめて悪を
「それはなんていうか、今、何歳なんですか?」
「この肉体は二十代ぐらいのころをモデルにしていますね。……いいですかナギ先生、マヨネーズチートはできません。なぜなら、世界にマヨネーズを求める心が育っていなかったからです」
「……えっと、何か大事な話をされているような気配はわかるのですが……話がシームレスすぎて……」
「大事な話です。あらゆる技術、制度、思想は『流れ』を無視していきなり出しても、拒絶反応しか起こしません。今している話題転換のようにね。異世界を文明の遅れた野蛮で低脳なものだと無意識に見下して、自分の常識をさももてはやされるものと思って提供してしまえば、その価値観になじむ少数を道連れにして世界から『敵』とみなされます。もしも自分の価値観を世界に受け入れさせたいならば、教育するしかないのです」
「『教育する』というのもだいぶ見下してる感じがしますけど」
「いろいろと世渡りをした結果、適切に見下し、適切に恐れています。むやみやたらと見下してはいません。実際、この世界の価値観では先天スキルを三つ持つ私には勝てないし、それを受け入れることを『是』としているのですから、教育が必要でしょう? 私に勝つためにも」
「なるほど」
「ああそうだ、おしゃべりが楽しくて本題を忘れていました。ラミィが付き合ってくれないもので、私は会話に飢えているのです。ご
「いえ。それで?」
「ナギ先生、君は、神から愛されている側か、それとも神に疎まれている側か、自分をどちらだと思いますか?」
ナギはつい、きょとんとしてしまった。
そんな答えのわかりきった質問をされるとは思っていなかったからだ。
潜在スキルが【スカ】で、家から追放されて。
それでもナギは、こう思っている。
「めちゃくちゃ愛されている側です。だって明らかにひどいでしょう、僕の先天スキル」
「よかった。君と意識の共有ができそうだ。そう、我々は神に愛されているのです。だから人を教育しようと思うし、人を助けようと思う。『衣食足りて礼節を知る』という言葉がありますが、持っているからこそ、他者に働きかけようと思う。そこの認識が共通していて、本当によかった」
「共通していなかったら?」
「ここで殺していました。君、【
「いいえ。【天眼】と【スカ】だけです。……というか僕のスキルの詳細についてわかってるんですね」
「習熟度を上げた【天眼】は音も捉えられますから。ああ、プライバシーには配慮していますよ? 公共スペースだけしか見ていません。……ともあれ、【文字化け】はコピー不可能のプロテクトがかかった特別なスキルです。スキルが本当に神から与えられるなら、我々はこの上なく愛されている。それだけ愛されていながらまだ神の愛を疑うなら、それはもう、求め過ぎていると私は考えます。その場合、この世界に君を満たせるものはないでしょう。死んだほうが楽かと思いましてね」
「お気遣いありがとうございます」
「いえいえ。ご同輩ですからね。何か困ったことがあったら是非、相談してください」
「相談するとどうなります?」
「君の困りごとを試練として利用します」
「じゃあ相談しないと思います」
「残念です。……ああ、改めて着任おめでとう。それでは」
学園長は綺麗にお辞儀をして帰って行った。
それをぽかんとながめて、ハイドラが口を開く。
「君たちは隠し事の数だけ病気にでもかかるのか? 知りたくない情報がそばに立っているだけで大量に流れ込んできたのだが!?」
それはもう不幸な事故と思ってあきらめてもらうしかない。
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