第22話 その輝きは勝利のために
「『街灯より地上から遠く、星より空から遠い輝きがあった』」
通話を終えたとたんにナギから発せられた独特な節回しは、まぎれもなく魔術の詠唱だった。
ラミィは背筋にぞくぞくしたものが駆け上るのを感じる。
拳打に気功は間違いなく拳士、それも自分と打ち合っていたことを思えば少なく見積もっても【上級拳士】。いや、【拳聖】ぐらいの手応えはあった。
ぐしゃぐしゃだった右手の指と力が入っていなかった左足が治っているのは神官系の先天スキルのように感じる。
そして魔術。
次は何を見せてくれるかという期待がラミィの中でふくらんでいる。
だから構えつつ、ラミィはまず相手が何をしたのか見ることにした。それは彼女の趣味と、それから実力への圧倒的な自信があって選んだ『後手』だった。
ナギは呪文詠唱と同時に右手を空へ掲げており、魔術はその人差し指から天空に向けて放たれた。
拳大の光。
それが尾を曳きながらゆっくり空へとのぼっていき……ある程度の高さで止まった。
しばらく見る。
……何も起こらない。光がそこにあり続けるだけだ。
「……いや、なんだありゃ?」
「ああ、あれは目印です。長持ちして、そこそこ大きくて、それなりに光るだけの、ただの灯りですよ」
「戦闘再開じゃねーのかよ」
「だから僕の負けなんですってば。なので応援を呼びました」
「……ハッ。まあ、それもいい。寄ってたかって来やがれ。全部叩き落としてやる」
「そうですね、がんばりましょう。お互い死なないように」
「……いやテメェは叩き落とされる側だろうが」
「違います。これから僕らは、味方同士です。だって全力で守らないと、僕ら、二人とも死にますから。もちろん聖女さんも」
「あ?」
ゴンッ……という振動があったのは、その時だった。
真夜中の学園都市。照明さえ灯らぬ眠りに就いた五番街が、不意に真昼の明るさにさらされる。
この一瞬で夜が明けたのかと錯覚するが、もちろん、違う。
ラミィは真夜中に地上から空へ昇る太陽を目撃することになった。
その太陽は柱状だった。赤々と燃えたぎる火炎の柱。ビルより高く、空さえ焦がすあまりにも巨大なそれは━━
「……魔法剣!?」
「僕ね、彼女に人殺しをさせたくないんですよ。というか、聖女さんを殺してしまうと彼女、罪に問われるでしょう? それはほら、嫌じゃないですか。同じ理由で、僕ら二人とも死ぬわけにはいかないんですよね」
「何を知ってやがんだテメェ……!?」
「親しくない人に先天スキルを明かさないという不文律があるようなので、僕からはなんとも。とにかく、少しでもアレを止めるために努力しましょう」
「だからテメェは敵だろうが━━!」
「違います。今の僕らは、生命を守る教職員同士。つまり味方です。……来ますよ」
地上に出現した柱状の太陽が、一瞬、振りかぶられるようにちょっと下がったあと、こちらに向けて振り下ろされる。
その熱波だけであたりの建物が焼失し、塵になって消え失せていく。真っ赤な真っ赤な真っ赤な光は夜を斬り裂きながら頭上に迫る。
その切っ先にあるのは、公会堂。
ラミィが学園長から守るように言われた、聖女がいる場所。
「……クソが!!」
ラミィは全身に気を巡らせて、頭上で両腕を交差させた。
本当に嫌になる。脱臼していた左腕がいつの間にか治っているのだ。絶対、絶対、絶対、この男の仕業に決まっていた! こうするために、ラミィの腕を治しやがったんだ、この男は━━!
「テメェ、あとで覚えてろよ!」
「お互いに生き残れたらいくらでも殴られます」
「マジで覚えてろ!!」
ナギの全身に硬質な魔力が行き渡る。【騎士聖】。守備に長けたこの潜在スキルは本来、全身を鎧で固めて大きな盾を持つことで本領を発揮する。素手の状態でどこまでの補正がかかるかは未知数だった。
火炎の柱が迫る。
視界が真っ赤に焼けていく。
全力で剣を止める。けれど、じりじりと押される。
あまりにも強い。相手が長くもたないのはわかっているからあとのことは考えずにどんどん魔力をこめていくのだけれど、たった一秒があまりにも長い。
【燃焼】、【騎士聖】。
先天スキルと潜在スキルの同時使用。爆発的に高まった魔力がどうにか魔法剣を押し返す。しかし、拮抗より先には持っていけない。なにより、【燃焼】による消費増大効果はナギが想像していたよりずっとずっとすさまじいものだった。
力を込めた先から消えていく。まだ足りないとスキルが勝手に腹の底から力を奪っていくかのようだ。すぐに足腰がガクつき始めた。こんなの、一秒もたせただけで偉業に決まっている。
たしかに『力が出る』感覚はある。今まで『全力』だと思っていたものが全然そうじゃなかったんだと思い知らされる。けれどこれは『壊れた蛇口』なのだ。死なないよう開閉できるバルブを取り払って、水道の根元からジャバジャバと出し続けるようなもの。水が枯れるまで自分の意思で止めることができない。
こんなもので、彼女は、戦い続けてきた。
改めて敬意を覚える。神に押し付けられたものに抗い続けてきたからこそ、彼女は今、勝利しようとしている。これも神のご意志というやつなのか、それとも人の強さと呼ぶべきものか。
終わったら彼女をいっぱい労いたい。
けれど……
(力が、尽きる)
五秒も経っていない気がした。
【燃焼】の発動は魔法剣の使い手よりかなり遅かったはずだ。それでももたない。これがスキルと向き合い続けてきた『本当の持ち主』と、それをコピーしただけの偽物との違い。
(まずいな、甘く見てた)
ギリギリ生き延びられる算段があったのだ。人はスキルを認識した瞬間そのスキルのことがだいたいわかる。ナギもコピーしたその瞬間にだいたいスキルのことがわかる。その上で今回の提案だった。
しかし彼女の力はナギが想像していた『スキルの上限』を超えている。渇望し続けてようやく目の前に来た勝利が彼女に活力を与えているのか、それとも習熟度を高めないと見えない『真の上限』があるのか。
殺されてあげるわけにはいかないのに。
このままでは、殺されてしまう。
「素晴らしい」
拍手の音がした。
声は後ろから。しかし振り返る余裕がない。
男。年齢は二十代か三十代? とにかく今にも頭上から太陽が落ちてきているかのような、文字通りの鉄火場にはあまりにも似合わない、のんびりして落ち着いた声。
「若者が成長をしようという場で大人は助けになってはいけない。それは成長を妨げることになるからです。しかし、私は思い出してしまいました。━━ナギ・アンダーテイル君。そういえば君の歓迎会がまだでしたね」
男はナギの真横に立つ。
帽子を被ったスーツ姿の男。黒髪を長くして背中あたりで結んでいる。そしてナギを見るのは、輝く黄金の
「初めましてナギ君。私がこの学園の長をしている……」
「クソジジイ! いいからどうにかしろ!」
「おっとそうでした。では自己紹介はまたあとで。ここまでよくがんばりましたね。あとは私がやっておきましょう。━━【
ナギの目の前に壁が生み出された。
なんの変哲もないブロックの壁に見えた。
しかしその壁は、ナギが【燃焼】【騎士聖】を用いても止めきれなかった魔法剣を当たり前のように止めてしまう。
出力が高いとか、硬度があるとか、そういうようには見えなかった。
ただ、その壁は、『魔法剣を止めるモノ』として当たり前にそこにあるような……
「いやはや素晴らしい。素晴らしい。本当に素晴らしい。ソーディアン君は君のおかげで成長した。しかも、立ち塞がらずに彼女の成長を促した。これもまた【教導】というスキルの効果か、あるいは君自身の……」
「話がなげぇんですよクソが」
「ラミィ、君もよくがんばりましたね。花丸をあげましょう」
「いるかボケ。ところで新任の職員がぶっ倒れてるんですけど」
「ああ、魔力の出し過ぎですね。……お疲れ様です、ナギ君。そしてようこそ、学園都市トリスメギトスへ。ここはすべての若者の成長のために、ありとあらゆるものを犠牲にすることをいとわない、素敵な素敵な、文明の底上げのための都市国家ですよ。きっと君も気に入ると思います」
薄れゆく意識の中だったせいで、彼らの会話はただの音の連なりのようにしか感じ取れなかった。
その中で最後に耳に届いたラミィの言葉が、やけにはっきりとナギの頭に残る。
「クソ
学園長がそれに何かを答えてラミィがまた悪態をついた気配だけがわかった。
けれど、ナギの意識はそこまでで……
いつの間にか、魔法剣が消え失せていたことにも、気付かなかった。
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