第17話 噴水前広場

「まあ」

「げ」


 でくわしてしまった。


 まさかの一発ツモだった。アリエスの案内で「この時間なら屋台が多く出てるはずです!」と噴水広場に連れられていた。場所は十三地区五番街。聖女との遭遇報告があった場所からはるか東である。安全そうだなと思われた。


 移動は『自転車道駅』を使った。ちょうどナギの前世の駅の、電車が自転車になったようなものだ。学園生徒は基本的に徒歩以外の移動方法を認められていないけれど、この『自転車道』だけ自転車を使っていいことになっている。

 この『自転車』、魔道具のようで速度はかなり出る。たぶん原付ぐらいだ。本当に『自転』するので、手もとのレバーで加速、減速するぐらいでペダルがなく、代わりに足置きがある。原付だ。


 そうしてたどりついた五番街自転車道駅すぐそばの噴水広場は白亜の石畳が一面に敷かれた清潔でおしゃれそうな場所だった。


 学園都市の外と中で『おしゃれ』の概念がけっこう変わるのでナギにとっては『へぇ。学園都市のおしゃれってこういうのなのかあ』という感想だ。見下しているわけではないのだけれど、ナギは人が『すごいよこれ!』と喜ぶものについて言及するとなぜか怒らせてしまうタイプなので、感想を口にするのはなるべく差し控えた。


 きらきらと輝く噴水は陽光に照らされているだけでこうなっているわけではなく、光属性の魔道具が使用されていつでもどんな角度からでも幻想的にきらきらしているように見えるらしい。

 製作は十三地区美化委員会ということで、さらにそのひいきにしている部活動の技術者がこの技術の著作権保持者(トリスメギトス限定で著作権の概念がある)のようだ。


 このようにトリスメギトスは『委員会が金を出して部活動が実行する』という形式の催しが多く、そのすべてが学生で構成されている。行き過ぎた自治だが自然といろいろなものが磨かれるというのは納得できる。

 失敗して大損しても誰も守ってくれないあたりも行き過ぎている。でもうまく回っているらしいのでまだ部外者のナギからすれば『へぇ』以上の感想はない。


 噴水のきらめきの中にハートマークを見つけたカップルはその後うまくいきやすいとかで、ナギたちもハートマークを探した。エリカは「まあ、あたしは興味ないんだけどね!」と言いながら目を皿のようにしていたし、アリエスは噴水が顔にかかりそうなぐらい一生懸命探していた。


 ナギは噴水ではしゃぐ二人のあいだに挟まらないようにいったんその場を離れて屋台で三人分のクレープなど買った。教員免許によるタッチ決済だ。すでにある程度の金額は入っているのだった。初任給らしいとハイドラからは聞いている。

 生クリームと新鮮なフルーツのクレープ。

 学園都市の外でこれを食べられるのはたぶん貴族、それも経営がうまくいっている商会をいくつも持っているような貴族ぐらいではないだろうか? 学園都市は文明がおかしい。というか━━


(僕の前世の世界を再現しようとしてるみたいだ)


 もちろん、あちこち違う。この世界なりの進化を遂げている部分はいくつもある。

 けれど、根っこにあるコンセプトがナギの前世世界を再現しようとしているような、そういう感触があるのだ。


 などと考えながらクレープ三つを手にエリカたちのもとに戻ってきたナギが目撃したのが、『まあ』『げ』とピンク髪の女の子とエリカが対面しているシーンなのであった。


 ピンク髪の女子が【聖女】だろうなとわかったのはエリカの顔が理由だった。めちゃくちゃ嫌そうな顔なのだ。ナギが何を言ったってあんな顔をエリカにさせることはできないというぐらいの、それはそれはすさまじい渋面なのだった。


 ナギから見た【聖女】は、いろいろ納得できる様子だなという感じだ。


 背はエリカより低い。エリカがやや高めなので女の子としては普通ぐらい? ふわふわのピンク髪に、とろんとしたピンクの瞳。エリカを見て浮かべる笑顔は『慈愛』というタイトルをつけて絵画にしたいぐらい美しいもので、そしてどこか人間みがなかった。


 うわついた雰囲気。というか『同じ地平にいないようなふわふわ感』。学園にいる生徒がだいたいそうであるように学園制服を着ているけれど、それでもわかるぐらいふわふわの体つき。はっきり言おう。おっぱいが大きい。


 全体的に『ああ、これは男の人に好かれるな』という雰囲気なのだ。


 たぶんエリカと【聖女】が言い争っているシーンを第三者が見た場合、それが男性なら聖女の味方をするだろうし、女性ならかかわらないようにそっと遠ざかるだろう。

 とにかく【聖女】は男性を味方につけやすそうな空気を全身から発していた。そして男性を味方につけやすい人すべてがそうではないだろうが、女性を敵にしやすそうだなーという空気もある。


「エリカ……どうか、私の謝罪を受け取ってください」


 聖女がふわふわした甘い声で言うもので、ナギは思わず「うわ」とつぶやいてしまった。

 エリカとだって昨日知り合ったばかりだから知ったようなことは言えないのだが、『これはエリカさん、絶対苦手なやつだわ』とたった一言で確信してしまうほどの、なんとも耳触りのいい、ゆったりした、高潔そうな声なのだ。


 聖女の発言を受けてエリカは明らかに舌打ちをした。

 そして、息をいっぱい吸い込んで、


「絶ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ━━対に、イヤ!」


 溜めたなあ。


 しかし聖女はめげていなかった。


「なぜです? 私はただ一言、あなたに謝りたくて……」

「言ったでしょ!? アンタは謝罪してそれで気持ちよくなるかもしんないけど、あたしはアンタを気持ちよくしてやる義理なんかないのよ! ゴミを一度引き取ったなら処分までちゃんとやれ!」

「あの時は私の弱さがあなたを傷つけてしまいました。けれど、今の私にはあの時の償いをし、あなたを困難から守る力も覚悟もあります」

「だからあたしの問題は解決……はしてないけど小康状態にはなったっつってんだろ!? アンタの出番は! もう! ないの! だから神殿に帰れ!」

「しかし第二王子があなたを狙って『暗器衆』を放ったと耳にしました。私はいてもたってもいられず、神殿を飛び出し……」

「だからその問題は解決したっつってんだろぉ!?」

「公爵はそのようにおっしゃっておりませんでした」

「昨日解決して昨日手紙出したんだよ! パパのもとまで連絡行ってねぇんだっつってんだろ!? 話聞け!」

「エリカ……私に心配をかけまいと無理をしないで。私は、あなたの助けになることが喜びなのですから」

「がぁぁぁぁぁあ!」


 エリカはなんだかんだ育ちがいいので、言葉が乱暴でもある程度の品格があった。

 それがああも乱れてるのは本当に精神がまずいんだなぁというのが伝わってくる。ナギは思わず笑った。もちろん笑っている場合ではない。


 エリカの右手がわきわきしている。たぶん魔法剣を抜くのをものすごくこらえているのだ。


 ナギの役割はエリカがキレて【燃焼】魔法剣で区画を消し飛ばさないようにすることだ。その役割を思えば今すぐ割って入って聖女の前からエリカを連れ出すべきなのだろう。

 わかってはいるのだが、エリカのキレかたが一瞬で最高潮までいってしまって『今さら割り込んで大丈夫か?』が強い。【女神】への誓いはどこに行ったのだろう。もしかして魔法剣をまだ抜いていないことが【女神】のおかげなのだろうか。


「エリカ……あなたはもう私を友人と認めてはくださらないでしょう。しかし、それでもいいのです。私の中であなたは、いつまでも、力になるべき友人なのですから。私が神殿を飛び出したことは、あなたのせいではありません。私があなたの力になりたくて勝手にしただけなのです。どうか、そのことは気に病まないで、素直に私を頼ってください」

「…………」


 キレすぎて言葉が見つからない様子だった。

 確かにはたで見ていて笑ってしまえるぐらい会話が噛み合っていない。もちろん笑っている場合ではない。


『このまま』と『割り込む』でどちらがエリカのストレスを少なく終われるか天秤にかけていたナギだったが、消化不良で終わられても連れ出したほうがよさそうだ。

 ナギは二人に歩み寄って行こうとする。


 だが、そこで声を発する人がいた。


「あの……お話中失礼します」


 アリエスが遠慮がちな笑みを浮かべて、片手をちょっと挙げて声を発したのだ。

 聖女とエリカの視線がそちらに向くと、アリエスは発言を許可されたことにして、こう言った。


「今、エリカさんは私と遊んでいるので、途中でわりこんでいきなり持論ぶち上げてくるの……率直に言って、空気を読めてなくて、とても、邪魔です」


 ナギは『これもう僕必要ないな』と思った。

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