三章 夜を斬り裂く剣
第12話 聖女亡命
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三章開始です
エリカの因縁、決着篇スタートです
よろしくお願いします
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「そういえば少年、君の説明を聞く限り、君は【文字化け】を読めているように感じるのだが?」
「読めてますよ」
「言え!!」
自室で荷解きをしてロビーに戻ると、『直属の上司』はまだそこにいた。
どうにもナギの語った『エリカにまつわること』について考察をしていたらしい。物憂げな黒髪の美女は、ソファの背もたれに深く体をあずけて天井を仰いでいた。
まあ、ナギへのツッコミで視線がナギに向いたわけだけれども。
美女は片手を突き出し「いや待て」と前置きしてから、
「やっぱり言うな。【文字化け】の内容について、そして【文字化け】を読めることについては、誰にも言わないほうがいい」
「なぜです?」
「……君、世界史とか学んで来なかったのか?」
「ああ、『魔王イトゥン』? やっぱり印象悪いですかね、【文字化け】って」
「だいぶかなり相当すごく印象が悪い。君ねぇ、ただでさえアンダーテイル侯爵家の秘密そのもので、カリバーン王国王家の恥部を知ってしまったんだから、これ以上問題になるような情報を持っているとバラすんじゃあないよ。ちなみに【文字化け】を読めることについては誰に明かした?」
「ソラ……妹と、あと明かした時にその場にいたからアンダーテイル侯爵も聞いていたかな……あとエリカさんにはこれから明かします」
「『明かすな』っていう話をしているんだが!?」
「しかし約束なので」
「君、頑固なところは母親似だねぇ!」
「なんらかの法的根拠で明かしてはならないという話なら従いますが……」
「いや法的根拠はないけどね!? ……まあ、君の印象の問題だから、本来は私からとやかく言うべきではないんだけれど……【文字化け】を持っているだけでもかなり珍しい。それを読める能力があるとなると、かなりいろんなことに巻き込まれるよ」
「たとえば?」
「【文字化け】を抱えて先天スキルを腐らせてる国家が君を引き抜こうとするだろ? それから【文字化け】を神聖視する魔王崇拝の連中に誘拐される可能性。あと【文字化け】を研究する機関と……『魔王イトゥン』関連で神殿からはにらまれるかもね。それから……まあとにかくまずいんだよ。頼むから問題を増やすような行動は慎んでくれ。頼むから」
「努力します」
「確約してくれ」
「できません」
「こいつぅ!」
「先生、最初の印象よりだいぶ愉快な人ですね?」
「君とかかわった人間は誰でも愉快に踊り狂う羽目になると思うよ」
「……まあ、エリカさん以外に明かす予定はないです。今のところ」
「永遠にないと言ってくれ」
「永遠はちょっとわからないです。あ、そうだ、すみません、先生のお名前をうかがっても?」
「このタイミングで!? いや、私も忘れてはいたけれどね!?」
あまりにも色々なことがありすぎたので。
「というか君の、なんだ、儀礼を過度に大事にするその感じはなんなのかな。私の先天スキルが【女神】だと知っているなら、私の名前も知っているはずだろう?」
「自己紹介を経ないと人間関係が始まった感じがしないんです」
「まあ、君の発言の中では比較的理解しやすい動機ではあるか。……申し遅れた。私の名前はハイドラだよ。もともと平民なので姓はないものと思ってくれ」
「……あれ? でも……」
「ないものと思ってくれ」
「わかりました」
「うん、話が早いのは君の美徳だな。頼むから私にだけ話が早い君でいてくれよ。ソーディアンさんの件にグイグイかかわったような話の早さはいらないからな。頼むよ」
「善処します」
「確約してくれ」
「できません」
「なんだ? 持ちネタなのか? ただ『はい、わかりました』と言ってくれるだけで私の内臓への負担が減るのだけれど……」
「嘘はつかないことにしてるんです。すでに一つ大きな嘘をつくことになっているので。ほら、家の件で」
「なんだそのバランス感覚は? まあ、君がなんだか一見扱いやすそうでめちゃくちゃ難物だということはよくわかった。性格は本当に母親似だな」
「母上のことをよくご存じなんですね?」
「そりゃまあ、カイエンと同級生ということは、君の母親とも同級生ということだからな。妹のようにかわいがられたよ。いや、すまない、美化した。舎弟のようにコキ使われたよ」
「ははは」
「笑いごとじゃあ、ないんだよ。……いや、いい。引き留めて悪かったな。どこかに出かけるんだろう? 気をつけ……いや待て。私も行く。ちょっと待ってくれ」
「案内はいりませんよ? 日用品の買い出しに行くだけなので……」
「保護者が必要だと感じているんだ。君、どうにも歩くとトラブルを引き寄せる気配があるからな。そこはカイエンと似ている」
「アンダーテイル侯爵がそんなにトラブルに見舞われていたんですか?」
「君の母親という特大のトラブルが常にそばにいたからね。あの女は立てば災厄座れば淑女歩く姿は破壊光線とはよく言われたものだ」
「その節回し、この世界にもあるんですね……」
「どういうことだ?」
「異世界転生者なんですよ、僕」
「へぇ。そうか。まあ聞かなかったことにしよう。じゃあ支度してくるからちょっと待っててくれよ。そういう繰り言は誰にも言うなよ。もちろん私にもだ。いいね?」
「法的……」
「根拠はないが! 言うなよ!」
「まあ、あえて明かしたりはしませんよ」
「今、あえて明かしたよな!?」
「ハイドラ先生は僕の秘密を守ってくれる側の人でしょう?」
「とにかく秘密だぞ! 【文字化け】を持っていること! それを読めること! 異世界転生者とかいう設定! 全部他言無用! いいね!?」
「善処します」
「だからさあ! ……ああもう、わかった。君と話すと若かりしころを思い出すよ。何も知らなかった無垢な女児時代の私が、君の母親にあることないこと吹き込まれて、甚大なトラブルに巻き込まれ続けた……とにかく動くなよ!? 準備してくるから! 絶対に動くなよ! いいね!?」
「わかりました」
「そう! その返事! いいね!」
ハイドラは慌てて自室のほうへ向かっていく。『自室』はどうやら二階に固まっているようで、ハイドラもまた階段をのぼって二階へ行った。というか部屋割りはナギの部屋の隣だった。吹き抜けのおかげで確認できる。
ドタバタ準備する音が聞こえてくるので壁は薄そうだ。夜中などは物音に気をつけないと迷惑かな……とナギが暮らしぶりについて思いを馳せていると、
「……どうしてだ!? 今日の私の属性占いは最悪だったのか!?」
などという声が聞こえてきた。
しばらく静まり返ったあと、やけにゆったりした動作で部屋のドアを開けたハイドラが、肩を落としながらとぼとぼとロビーまで降りてくる。
ふわふわした黒髪の美女がそのように歩いていると、奇妙に幽鬼めいた雰囲気がある。白衣もどこかヨレて古びてしまっているような……と思ったが、それは最初からだった。
ナギの目の前まで来たハイドラは据わった目でナギを見つめると、両肩に手を乗せてきた。
こうして向かい合ってみるとハイドラはだいぶ背が高い。ナギと並んでそれほど変わらないのだから、女性としては相当なものだろう。
「少年、知っていることがあるならすべて正直にここで話しなさい」
「……母上のことならほとんど記憶にありませんが。でも形見のアミュレットでしたら……」
「そうじゃない。……いや、すまない。これはあまりにもいちゃもんがすぎる絡み方だったな。なんていうか……ソーディアンさんから何か聞いていないかな?」
「…………エリカさんとのあいだにあったことなら、全部話したと思いますけど」
「そうか。じゃあ、偶然だな。君はなんていうか……特に外を出歩かなくてもトラブルを引き寄せるのかもしれない。カイエンの子だよ」
「すみません、話が見えなくて反応できないんですけど」
「聖女が学園に来るんだ」
「はい?」
「そのエリカさんから婚約者をとった聖女が、神殿に追われて学園に来て、入学を求めているらしい。もう亡命だなこれは。宗教的亡命だ」
「すみません、僕とは関係ない話だと思います。いえ、困っているなら助けになりたいとは思いますが、その原因を僕に求められても困るというか……」
「助けになりたいかあ。そうかあ。聖女と面識は?」
「名前も知りませんけど」
「そうかあ。じゃあ、助けてくれ」
「聖女を?」
「いいや」
ハイドラはそこでため息をついて、青みがかった黒い瞳でまっすぐにナギを見つめると、こう言った。
「神殿と聖女とのあいだで板挟みになる私を助けてくれ」
「いいですよ」
「安請け合いするな」
どうしたらいいんだ。
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