第7話 ソーディアン公爵家

 カリバーン王国は三つの『武具』をたずさえていると言われている。


 一つは槍。ランサー公爵家は代々優れた槍術士を輩出し、当代は【槍聖】であり、僧籍を持つ豪傑として名が通っている。

 これは王国の防衛戦において活躍した者を祖とする家系であり、この家に仕える優れた槍兵はあらゆる敵をカリバーン王国に入れないとされていた。


 一つは書物。ビブリオ公爵家はカリバーン王国の知識を司ると言われている。

 多くの大臣、宰相を排出してきた王国の知恵袋は、その陰謀・政策によってあらゆる脅威を未然に防ぎ続けてきた。また、戦いとなれば軍略を用いて戦わずして勝利すると言われている。


 そして、ソーディアン。

 カリバーン王国王城は、もともと聖剣と呼ばれるものの突き立っていた場所に建てられたとされている。

 王国が始まるきっかけともなった伝説の剣を操る一族。三大公爵家の中でも政治的、武威的、そして歴史的にもっとも特別とされるのが、このソーディアンという家なのだ。


「で、生まれた時から第二王子との婚約が決まってたんだけど……あいつ、平民女に入れ上げて、思いつきであたしとの婚約を破棄したのよ」


 大通りからほんの少しだけ踏み込んで路地裏に入っただけで、喧騒がずいぶん遠くなったように感じられた。

 すぐそこでは日当たりのいい通りを行き交う人が思い思いに昼食をとる場所を探しているのだけれど、この建物と建物のスキマの空間は、別世界のように誰からも注目されない。


 暗殺者に先ほどのように取り囲まれにくく、人混みに紛れた者にいきなり薬を嗅がされるようなこともない、それでいて内緒話ができる絶妙な位置どりが、この路地裏の入り口なのだ。


「その理由の一つが、あたしの先天スキルだったんだけど……うん、もう、言っちゃうわ。覚悟なさい。公爵家の令嬢の先天スキルを知ったからには、本気で後戻りできないんだからね?」


 それはどこか『ここで退いてほしい』というような確認にも思えた。

 だからナギは、こう述べる。


「聞かせてよ」

「…………恐れ知らずすぎでしょ。いいわよ、言うわよ! 【燃焼】っていうのが、あたしの先天スキルなの。どういうスキルかっていうと……『とにかく燃費が悪い』。……笑うところじゃないんだけど!?」

「ごめん。言いかたがあんまりすぎて。でも、強力なスキルだと思うけどな」

「そりゃあ先天スキルだもの、強力に決まってるでしょ。……でもね、歴史とか家柄との相性が悪いのよ。まあ、本来は気にするほどでもないんだけど、あたしとの婚約を破棄するためだけに『そのようなスキルでは王族守護たるソーディアンとして立ち続けることができぬであろう』とか『かつて【燃焼】のスキルを持っていた者が力におぼれるあまり隣国に対して聖剣をふるった、その悪行は現在まで国家を困窮させる遠因となっており……』とか! ほんと、口だけは回るやつ!」

「実際、【魔法剣士】の潜在スキルとは相性が悪そうだよね」

「そうね! まあ、一撃離脱ならどんな敵でもやっつけてみせるけど、『最後にちょっと出てきておいしいところだけ持っていく』っていうのは、不名誉だし……」

「それで?」

「あんたが話を逸らしたんでしょうが……! ……とにかく、そうやって婚約破棄されたのよ。あたしはあの情けないおぼっちゃんと結婚しなくてよくなってせいせいしてたわけ! ところがよ! あのおぼっちゃん、平民女にふられて、あたしとヨリを戻そうとしてるの!」

「平民の人は無事なの?」

「【聖女】の先天スキル持ちだから王族でも手なんか出せないわ。先天スキル持ちの中でも特に神殿が守るもの」

「ああ」


『先天スキル』は神のおぼしだ。

 ナギが生きて追放された理由の一端でもあるだろうけれど、先天スキル持ちに危害を加えるとよくないことが起こるという迷信は、どこの国にもあるらしい。


 まあ、その『危害』も現在を生きている個々人の解釈によるし、迷信だから信じない者も当然いるが……


「あのバカ王子はね、『自分の婚約者に戻ることがエリカの幸福だ』なんて思って、強引な手段に出てるのよ!」

「そりゃあすごい人だなあ……」

「本当にそう! ……っていうか、手出しされないように学園に逃げ込んだっていうのに、暗殺者を差し向ける!? トリスメギトスとの関係が悪化したらカリバーン王国だってタダじゃすまないのよ!?」

「やっぱり不正に入ってるの?」

「さっき襲ってきた集団が、レア潜在スキル持ちと先天スキル持ちだけで構成されてたように思う?」


 わからない。会話を経てないせいかナギの【複写copy】も発動しなかった。


 学園に入る条件は、レアな潜在スキルを持っているか、先天スキルを持っていることである。

 ナギは身分ある人からの紹介状があったから信用で入れたが、通常は門のところでスキル検査をされるらしい。

 ……逆に言えば紹介状さえあればノーチェックで入ることもできるし、出入りの業者ならスキルは問われないのだけれど、エリカの見解では、その第二王子はそういうこまめなことはしないようだった。

 と、ここでナギは挙手する。


「話を聞いて思ったことを聞いてもいい?」

「なによ!」

「……エリカお嬢様にとって━━」

「呼び方が気持ち悪い」

「━━エリカさんにとって、ゴールはどこなの?」

「……そりゃあ、あの王子があたしをあきらめて、自由にすることよ。捕まって王宮に入れられて、外堀を埋められて結婚、っていう流れが最悪の中の最悪よね」

「自由にするっていうのはつまり、結婚をあきらめてもらわないといけない。しかし、学園都市に逃げ込んだぐらいじゃあ、あきらめない。だったら、望んだ結末にたどりつくためには、二つの選択があると思う」

「……聞きましょう」

「一つ、第二王子を殺すこと」

「自然にさらっととんでもないこと言い出したわね」

「あくまで選択肢の確認で、それが現実的じゃないことは理解しているよ。だいたい、エリカさんの話だと、その王子は現場主義ってわけでもなさそうだ。王国の王城にいる王子をここから殺害するのは不可能と言っていいだろうね」

「で、もう一つは?」

「エリカさんが結婚すること」

「誰とよ!」

「わからない。でも、第二王子があきらめざるを得ない……少なくとも『別れさせるのは面倒くさいな』と思うような相手である必要がある」

「だからそれは誰なのよ」

「逆に誰か心当たりがいないの?」

「いないわよ!」

「社交界にはすでに入っているでしょう? 気になった人とか……外国の要人でもいいけど」

「…………直接会ったことがあるわけじゃあないし、顔も知らないんだけれど」

「いるんだ。誰?」

「グリモワール王国のアンダーテイル侯爵には、あたしより一つ歳下の息子がいて、それが先天スキルを二つ持ってるっていう話は聞いたことがある……何、その顔は」

「なんでもないよ。でも、それは誤報だと思う。君が言っているのはアンダーテイル侯爵の息子じゃなくって、先天スキル持ちだから世話されていた平民の子だよ。ご令嬢が兄のように扱うから間違えてしまったんだね」

「くわしいわね」

「出身がグリモワール王国だから。……他には?」

「『先天スキル二つ持ち』とかの看板がないとたぶん、納得しないわよ、あのバカ王子。『先天スキル二つ持ち』ってだけならこの学園にもいるけど、その知り合いは王子とどっちがマシかはかなり悩むやつだから、問題の解決にはならないわね」

「じゃあ第三選択肢しかないかな……」

「なに?」

「来る暗殺者全員殺す」

「笑顔でとんでもないこと言うの、わざとやってる? まあ、あたしもそれは考えてたから人のことは言えないけど……殺しはしないからね!? 一応言っておくけど!」

「そもそも、君の実家はなにをしているの? 王子との結婚を認めてたりするの?」

「そんなわけないでしょ!? ただ……家がやってる工作には時間がかかるのよ。その時間を稼ぐために、あたしは学園に逃げ込んだんだけど……」

「なるほど整理できた。すごく嫌な手段だし、君も納得しないかもしれないけど、一つだけ方法がなくもない」

「聞きたくないけど言いなさい」

「僕と結婚しよう」

「…………は?」

「君が卒業するまで、僕が夫ということになれば、第二王子も面倒がって君を連れ戻すのをあきらめるかもしれない。だって僕、先天スキル二つ持ちだから」

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