第6話 魔法剣士エリカ

「……いいポーションね。高いんじゃない? 錬金サークルと契約してるの? 払うわよ」


 体力・魔力を回復するポーションを渡せば、彼女はまず値段を気にした。

 どうにも全体から『借りを作りたくない』という気配が漂っている。恐れている、というか、弱みを見せたら負けだと思っていて、負けるのが大嫌い、という様子だ。


 大通りに出ていた。


 時刻はもうじき昼に差し掛かろうとしているところだ。人通りはあまりにも多く、そこにまぎれてしまえばおおっぴらに襲われないだろうけれど、人ごみだといつどこですれ違いざまに薬を嗅がされるかわからないらしい。


 だからナギと少女はテラス席のある食事どころにいた。


 昼時の店はどこも混んでいたけれど、少女が学生証を示すとテラス席が空けられたのだ。

 それはアンダーテイル侯爵家にいたころによく経験した『やんごとないおかたのために席を確保する』という様子ではなくって、『なるべくかかわりあいになりたくないが、邪険にするのもうまくないから、気に障らないようにしてお引き取り願いたい』というもののように感じられた。


 アンダーテイルの家にいたころに招かれた教師の何人かが、そんな様子で接されていたのだ。才能ある変人特有の扱いというのか、強力な力を秘めた問題児への対処、という感じ。


「とりあえず食事代はあたしが出すわ。ポーション代には足りる?」

「たぶん」


 食事どころの相場がわからないのと、ポーションの相場がわからないので、あいまいな返事になってしまう。

 ポーションは【下級錬金術師】のスキルで作ったものなので、材料をそろえて作成するところまで金銭的にはタダで終わってしまった。

 食事はわからない。あまりにも疲れ果てていた少女をどこかで休ませたくて、目についたところに入っただけだから、ここが高いのか安いのかさえ不明だ。


 少女は「そう」とそっけなく述べてポーションを飲み干し、それからメニューにさっと目を通したあと、ナギに押し付けてきた。

 ナギが異世界転生者でなければまず注文形式がわからなかっただろう。

『メニューを見て、選んで、店員を呼びつけて、注文を伝える』という形式は、貴族生活ではまず経験しない。出てくるものは店が決める。そもそもどこかで食事をとる経験もそれほどない。家にお抱えのコックがいるからだ。


「ああ、今日学園都市に来たばっかりだったかしら。注文のしかたはわかる?」

「大丈夫。それと、名前ぐらい聞いてもいいかな」

「聞かないほうがいいわよ」

「道に迷ったところを助けてくれた恩人にお礼をするのに、名前も呼べないのはあんまりだよ」

「アンタ、貴族? それにしては身なりが質素ね」

「貴族の家にはいたね。僕は貴族ではないけれど……あ、しまったな。まず僕が名乗ってなかった。申し訳ない。僕はナギです。お嬢さんのお名前は?」

「…………エリカ」

「よろしく、エリカさん。そして、道案内ありがとう」

「いいわよ別に。巻き込んだ上にポーションまでもらったんだから。……でも、店を出たらあたしには二度とかかわらないことね」

「どうして?」

「さっきまで何が起きてたかの記憶がないの!? あんな目に遭いたくないならあたしから離れろって言ってんのよ!」

「あれは、学園でもなかなかないこと?」

「あるわけないでしょ! 学生の身分で暗殺者を差し向けられてたまりますか! ━━あ」


 エリカが大声を出すので、食事どころの学生たちが注目してしまっていた。

 こほん、と顔を赤くして咳払いをして、


「……とにかくかかわらないことね。わかった!?」

「僕の先生から学んだことをもとに考えるなら……」

「なによ!?」

「君がああして襲われているところに僕は行き遭った。その時点ですでに、僕は口封じの対象に入っていると思う。だから、『巻き込まれたくなければかかわらないことだ』という忠告は、遅いよ。プロの暗殺者は、必ず僕を口封じに来る。君が離れていても、そうでなくても」

「……」

「だったらいっそ、力を合わせて解決しない?」

「……アンタ、暗殺者として育てられたとか、そういうクチ?」

「違うよ。先生の中に暗殺者がいたってだけ。とにかく、僕はそこそこ役立てると思う。特に、君は『疲れやすい』ようだから」


 エリカは悩んでいるようだった。

 きらびやかな赤い長髪をくるくる指先でもてあそぶのが、彼女の悩んでいる時の癖なのだろう。唇をとがらせ、真っ赤な瞳でじっとナギをにらむ様子は、戦っている時の触れ難い感じがすっかりなくなっていて、どこか幼いようにさえ見えた。


「……手伝いを申し出てくれる気持ちはありがたいけど、あたしの問題は『解決』なんてしないのよ。巻き込まれた不幸に怯えて、口封じを警戒しながら普通の学生生活を送りなさい」


 年齢的に無理もないが、エリカはナギのことを新入生だと思っている様子だった。

【教導】の先天スキル持ちは成人直後から教師として雇用されることもあるようなのだが、たいていの【教導】持ちが自主的に経験を積んでから教職になるのを通例としているし、そもそも【教導】持ち自体が少なく、その少ない【教導】持ちも潜在スキルごとの職業についてそこで教導するので、いきなりフリーの教師になることはまずない。

 ナギのことを新入生と思うのは無理もなかったし、ナギも無駄な説明をはぶくために身分を名乗ったりはしなかった。聞かれれば答えるけれど、勝手に勘違いされているぶんには、話が早いから気にしない。


 今はナギの自己紹介よりも、エリカの問題についてだ。


「僕に話せない事情でもあるの?」

「逆にあの状況を見て話せる事情なんてあると思うの?」

「何も知らない人には言えないだろうけど、巻き込まれた僕に説明できないことはあるの? っていう意味なんだけど」

「あんたグイグイ来るわね!? 穏やかそうな顔して押しが強いって言われない!?」

「切り替えが早すぎるとは言われたことがあるかな……」

「本当にそうね! 『巻き込まれたし、たぶん自分も狙われるから積極的にかかわろう』っていうのは、迷いがなさすぎなのよ! もっとあるでしょ!? 戸惑いとか、恐怖とか、そういう……! それとも、あたしの問題を解決することで何か利益とか恩恵があると思ってるの!?」

「いや、別に。ただ、本当にこのままだと僕が狙われる目算が高いと思ってるんだよ。強いて言えばこれは、自衛のための積極性なんだ。少なくとも僕が暗殺者側なら、僕のことは殺すリストに入れるし」

「……そうかもしれないけど……!」

「あと、暗殺者は君のことをよく知ってるでしょ? 『いきなり現れた知らない協力者』なんて警戒して、すぐに殺そうとすると思うけどなあ」


 エリカがわかりやすく警戒心をあらわにした。

 ナギは「ああ」とつぶやいて、


「相手は君の弱点を知ってたから人海戦術を用いてスタミナ切れを狙ったんだろう? それに、君は暗殺者を殺さなかった。たぶん、あれは完全に敵対している謎の組織じゃなくって、和解の可能性がある、知ってる集団なんじゃないかと思ったんだけど、どう?」

「……」

「だいたい、殺しが目的なら、ぬるすぎるよ。暗殺チームが、路地裏とはいえあんなふうに姿を見せるなんて。しかも君、【魔法剣士】だろう?」

「どうしてわかった━━っていうのは、まあ、わかるわよね。使ってたもの、魔法剣」

「うん。【魔法剣士】を相手に暗殺者が正面から来ないでしょ。あの人たちの目的は、君の殺害じゃなくて確保だったんじゃないかって思うんだ。どう?」

「そういうのも『先生』に教わったの?」

「陰謀とか策略に詳しい先生がいたんだよ」

「……はあ」


 エリカはため息をついた。

 その顔にはもう警戒心がない。代わりに、次にナギを見た赤い瞳には、覚悟を問う凄絶な輝きがあった。


「事情を聞いたら後戻りできないわよ」

「聞かなくてもたぶんもう、戻れないと思うんだけど」

「……まだ、取り成せる可能性があるわ。あたしがあいつらに捕まったあとに、だけど」

「それは君にとっての敗北で、君は勝つつもりで抵抗しているんだろう? じゃあ、そのあいだに殺される可能性があるよね」

「……ほんと、アンタ、なんなの? 切り替えが早いっていうか……自分のことなのに冷静すぎない?」

「この人生が他人事みたいだなと思うことが多かったんだ。そのせいかも。っていうか、そのせいだと思う」


 あきれたような、あきらめるような、迷うような、いらつくような、そういう沈黙があった。

 そして重苦しいため息のあと、エリカはナギに顔を寄せるように指示し、小声で、語る。


「…………エリカ・レッドハウンド・ソーディアン」

「え?」

「あたしのフルネーム。カリバーン王国のソーディアン公爵家の令嬢なのよ。そして……第二王子に一回婚約破棄されて、今は復縁を迫られてる最中なの。あの暗殺者どもは仲人ってところね」


 嘆息。

 しかし、第二王子と口にする彼女の瞳には、明確な殺意がぎらついていた。

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