二章 黎明はまだ遠く
第5話 降ってきた少女
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二章開始
学園都市篇スタートです
よろしくお願いします
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学園都市トリスメギトスはいわゆる都市国家で、ここはあらゆる国家から独立した法律が施行されている。
九割の学生と一割の教員からなる巨大教育機関をぐるりと囲むようにして立つ城壁は、あらゆる魔物から都市を守るとともに、あらゆる国家へ『この都市に手出しをしてはただではすまない』と思わせるものとなっていた。
東西南北の大門以外からの出入りは認められておらず、不正入学者には学園法によって厳しい罰が与えられる。
「……なるほど、『例のクラス』の」
アンダーテイル侯爵からの紹介状を門で見せたナギは、一瞬、あわれむような顔をされた。
どうにも門番をしているのも学生らしく、トリスメギトスの学生は実家からの仕送りなどではなく、こうして『学園クエスト』と呼ばれるものをこなして生活の糧を得ているようだった。
あとは能力別に奨学金が支払われ『より優秀な者は、よりよい生活を』ということになっているらしい。
ナギは門番の思わせぶりな態度が気になったのでもっと話を聞きたかったが、朝のトリスメギトス南門は混雑している。
大国であるグリモワール王国方面につながるここからはあまたの物資や人が行き来している。おまけにこの時期は潜在スキルが判明したことによる入学希望者も多い。いつまでも立ち話をしていられるほど門番は暇ではなさそうだった。
指定された案内所で聞いてみようと思いながら、ナギはトリスメギトスへ入る。
そして、足を止めてしまった。
外から見ると内部が見えない学園都市トリスメギトスは、門から入ってみれば、城壁よりはるかに高い建物が建ち並んでいるのだ。
城壁か、あるいは土地か、とにかく途方もない規模の魔術か魔道具が常に発動して、この土地に対する認識をゆがめている。
周囲を見ればナギのように立ち止まり、そしてビル群を見上げている者は多かった。それはそうだろう。外から見てわかる高さの建物が隠れているだけでもおどろきなのに、この世界にはこれほどの高さのビルディングなどそもそも存在しないのだから。
学園都市の内部は別世界だという話はナギも聞いたことがあった。しかし、ここまでの別世界だとは思わなかった。
都市の城壁を挟んで中と外では文明のレベルが三百年以上は違うだろう。転生者のナギでさえも『未来都市』という言葉が浮かんでしまうほどのものが、ここにはある。
「……大丈夫かなあ」
これから本当にここでやっていけるのか、不安に思った。
けれど、大丈夫かなと口にしていながら、顔には未来への希望にあふれた笑みが浮かんでいた。
止まっていた足を進めて雑踏へと溶け込んでいく。
十歩も進めばまるでここで生まれ育ったかのように、硬い石の地面が足裏によくなじんでいた。
◆
そして、道に迷った。
学園都市トリスメギトスは区画が整然と整理されており、『何番区何番街何番通り何番地』というような表記に従えばまず目的地にたどりつけないということがない。
しかしそれは『区画整理された、びっしりと建物の立ち並んだ都市』というものに慣れている人の話で、だだっぴろい原っぱが無限に広がる中にぽつぽつ村があるという環境で育った者は、まず見通しの悪さのせいで困惑させられる。
さらに『思ったより広い』のも災いし、通りには無数の建物が形成する無数の裏路地まであるものだから、今日来たばかりのナギが道に迷うのは無理のないことだった。
総じて『慣れればわかりやすい』というのがトリスメギトスの道の特徴になるだろうか。
いや、こういった都市部について、ナギは慣れているはずなのだ。なにせ前世に過ごしていた場所がおおむねこんな感じだったのだから。
しかし十五年間の異世界生活のせいか、それとも前世は目覚めつつもそれが『知識』でしかなくナギはナギのままのせいか、どうにも『慣れない』。
「えーっと、さっき見た地図ではたしか、十三番街の学園ギルドは都市の南西部端っこだったから、南西は……あっちかな」
というのが『道に迷う人』のお手本のような思考であり、開けた道でもあるまいし、複雑に入り組んだ路地を『まっすぐ南西』に進もうとしたって、無限にジグザグ曲がることを強要されて結果として方向を見失うに決まっていた。
都市を歩く時に気にすべきは方角ではなく番地表記と建物同士の相関関係だ。ナギは見事に『田舎領地の子女』がハマる『道の落とし穴』とでも言うべきものにハマってしまっていたのだった。
薄暗い路地を歩き続けていたナギがまた立ち止まって首をかしげ、太陽の位置を確認するために顔を上げた。
ちょうどそのタイミングで、上から降ってくるものがあった。
人だ。
「あ」
「あ」
上の人も気づいたようで二人して間抜けな声をあげる。
しかし時すでに遅い。学園制服のスカートをひるがえしながら降ってきた人はまさにナギの頭部に片足を置きかけたところだった。潜在スキルが【スカ】のナギでは回避しようもないタイミング。
だから、ナギは【
ストックに余裕がある【下級剣士】のスキルを使用。スキル補正の身体強化がナギの体を軽くし、スキル技能の身体操術によって無駄のない回避行動を実現する。
一瞬遅れて地面に着地した少女は一瞬だけホッと息をついて、それから、真っ赤な瞳でナギをにらみつける。
「どこに突っ立ってんのよ!」
髪がとても長い、気の強そうな女の子だった。
年齢はナギと同じか、少し上だろうか。下ということはないだろう。このへんにある建物の高さから落下してきてケガの一つもないのだから、潜在スキルには目覚めているはずだ。
たぶん剣士か拳士か、とにかく武道系のスキル。まだコミュニケーションが足りないのか、ナギの【
「ごめん、人が降ってくるとは思わなかったんだ」
「学園都市は初めて!?」
「え、そんなに人が降ってくる土地なの?」
「……いえ、そうね、ごめんなさい。人はそんなに降らな━━なごやかに会話してる場合じゃないんだけど!?」
「お急ぎなら邪魔しないよ」
「もう遅いわよ!」
少女が腰から剣を抜くような動作をした。
不自然な動作だった。いや、自然だからこそ、そう感じられるのだ。なにせ少女の腰に剣は帯びられておらず、けれどナギの耳には存在しない剣が鞘を払う『スラッ』という音さえ聞こえたのだから。
一瞬後に少女が何を抜いたのかわかる。
彼女の右手には棒状の炎が顕現していた。
そして、【
潜在スキル【魔法剣士】。
魔力により編まれた剣を扱うことができるスキルだ。もちろん魔術による攻撃、剣術による攻撃にも有利な補正がかかる。
別なスキルで【魔術剣士】というものもあるのだが、それとの違いは【魔術剣士】が『魔術と剣術を扱う』のに対し、【魔法剣士】は『魔法剣を扱う』というところにある。
魔法、すなわち『詠唱を経ずに発動する魔術的現象』であり、魔術とどちらが上とは一概に言えないものの、『魔法』を扱えるスキルは魔術を扱うスキルよりもレア度が高い。
現に【魔法剣士】はナギのストックにはなかった。【魔術剣士】のほうはいくらかある。だからスキルのことがなんとなくわかるのだ。
唐突な抜剣よりも、その炎の剣の美しさに心を奪われていると、少女が赤い瞳をぎらつかせて、静かに述べた。
「……アンタ、運がなかったわね。あたしの仲間だと思われたわよ」
言われて初めて、気配を探る。
【下級剣士】の気配探知能力はお粗末なものだが、それでもすぐそばで殺気をみなぎらせられればわかる。
人通りのない学園都市の路地裏で、ナギと少女は囲まれていた。
(暗殺者系のスキルを持った集団かな……)
まだ【
路地裏から姿を現したローブ姿の集団は、その立ち姿や持っている武器、連携のとれた距離の詰め方などが、裏家業のそれなのだ。
「こいつらはどうにかするから、逃げなさい。学園ギルドに駆け込めば、さすがにこいつらも手を出せないから」
「その学園ギルドの場所がわからなくて迷子になってたんだ」
「…………あたしの邪魔にならないように大人しくしてて! いいわね!?」
「まあ、自衛はがんばるよ」
腰に帯びていた剣を抜く。
【スカ】の時にはただの重い金属棒としか思われなかったそれは、【下級剣士】を発動させてみると、まるで手の延長のように感じられた。
この剣がだいたいどのぐらいの質のもので、どういう扱い方ができて、どのぐらいまでの衝撃に耐えられるのかがなんとなくわかる。あと、まだ人を斬ったことがない新品であるのもわかった。もっとレアなスキルを発動すればもっと詳しくわかるのだろう。
少女はナギが剣を持つ様子を見て『それなり』だと思ったらしい。
そもそも学園都市にはレアな潜在スキルか先天スキル持ちしか入れないことも思い出したのだろう。少女はもうナギを見ておらず、ギラギラと輝く真っ赤な目を敵へまっすぐ向けていた。
路地裏に強い風が吹き抜けたその時、戦況が動き始めた。
赤い光が閃いて、次の瞬間には悲鳴が上がる。
少女が真っ赤な長い髪をたなびかせて動く様子は【下級剣士】の動体視力で捉えられるものではなかった。光が尾を曳いて薄暗い路地裏を切り裂くと、終端にいた人が倒れる。人の動きというよりは、彼女自身が一種の魔術のようにしか思われないほどの速度。
戦力は圧倒的だった。少女は強い。それは【魔法剣士】が強いということでもあったけれど、ナギが今【魔法剣士】を発動しても彼女と同じ動きは絶対にできない。
まだ十六、七歳、潜在スキル判明から一、二年ぐらいにしか思われない少女は、まるで熟練のごときスキル習熟度を誇っているのが、無駄のない動きから見てとれた。
あまりにも圧倒的。あまりにも美しい。
暗殺者たちは次々に路地からわいてくる。増援が来るはしから倒されていく。
彼女の『負け』は想像できなかった。
でも、ナギは自分の出番に備えて、ストックしたスキルの中で使えそうなものを確認していく。
彼女は、レアな潜在スキルだけではなく、先天スキルまで持っているのだ。
それが、彼女にとって、間違いなく、弱点だった。
「っ、うぅっ……!」
赤い光芒そのものであった彼女の動きが、急にがくんと止まる。
ついに『その時』が来た。ナギは剣を握りなおし、【中級剣士】をいつでも発動できるように心の準備をする。
「こ、の……!」
また一人暗殺者が倒されていく。しかし少女の動きに戦闘開始時の精彩はなかった。
足を止めて不恰好に魔法剣を振るう。その剣さえもチカチカとまたたいて、限界が近いことを示していた。
今なら、助けに入っても邪魔にならない。
そのタイミングでナギは【中級剣士】を発動。彼女に迫る暗殺者を斬り倒す。
彼女の動きは本当にすごかった。下手にこちらが動いては邪魔になるほどに。邪魔せず手伝うには【剣聖】ぐらいのスキルを発動する必要があっただろう。
三人も殺さずに斬ってナギが戦えることを示すと、暗殺者たちはケガ人を抱えて距離をとり始め、それから撤退した。あまりにも鮮やかな引き際だった。
「ふぅっ……はぁ……はぁ……はぁ……!」
汗まみれになって息をつく少女は、立ち上がる余力もないようだった。
ナギは剣を腰に納めながら彼女に近づいて、問いかける。
「大丈夫?」
「あんたこそ」
少女はそばに人がいるとわかると意地を張らねばならない性分なのか、ふらつきながらも立ち上がって、揺るぎない立ち姿を示すように腕を組んでみせた。
ナギは彼女がかなり無理をしていることがわかったけれど、そこを指摘できない。
なぜなら、彼女の不調の原因は、先天スキルだからだ。
【燃焼】。
それは魔力・体力の消費を極大にする代わりに出力を上げる、魔力も体力も使う【魔法剣士】にとってあまりにも不利な先天スキルだった。
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