第43話「未知とのお見合い その12」

「ふむ。趣味とな? わらわの趣味は人間観察とペットを愛でることじゃな」


「なるほど。素敵な趣味だね。ペットは、その、もしかして、そこの河童?」


「うむ。そうじゃ! 可愛いじゃろ!」


 日立さんが手を伸ばすと河童の一匹が、ちょろちょろっと腕を伝わり登り、肩へと到達すると頬すりする。


 そんな微笑ましい光景を見ながら、ネルは青ざめている。


「どうしたんだ? そんな顔して」


「ば、万二、お前の左目くれない? オレらあの河童一匹殺しちゃってるんだけど、な、なんとか復活できないかな?」


「いや、お前、それ、代わりに俺が死ぬけどっ!!」


「一瞬、ちょっとだけだから」


「いやいや、ヤダよ! それにやらなきゃ殺されてたんだろ。きっと分かってくれるって」


 ひそひそ話をする俺らに気づき、日立さんは、河童を降ろすと、「何を話しておるのじゃ?」と尋ねて来る。


 ネルは流れるような動作で正座になり、そこから額を地面へとつけた。


「申し訳ありません。ヒーちゃん、いや、日立さんのペットの河童を殺してしまいました」


 その言葉に、日立さんは、タダでさえ大きな目をさらに見開き、きょとんとした表情を見せる。

 

「ああ、そのことか。それならば大丈夫じゃ。殴り飛ばしただけじゃろ? ならば、お湯をかければそのうち生き返る。衝撃を受けると仮死状態になるのが特性でな」


 ネルはほっと胸を撫でおろす。


「では、次はわらわから質問じゃ――」


 そうして、ネルと日立さんはお見合いのようにお互いを知る為の質問を繰り返した。

 見た目こそ、完全に宇宙人だが、楽しそうに話すその姿は人間と何一つ変わらない。

 前々から思っていたけど、ネルにしたら、普通の人間の女性より、幽霊とか都市伝説、宇宙人みたいな怪異の方がうまく行くまである気がする。


「こんなに楽しいのは久方ぶりよ。いいじゃろ、寿命までの100年程度、結婚というものをしてやろうぞ。まずはあいさつ回りに新居探しかのぉ」


「本当っ!?」


 おっ、これはもしかして、初めて婚活が上手くいきそうなんじゃないか?


「へへっ、まさかの展開だねえ」


 ギメイさんが俺と川鉄さんの肩に腕を回しながら、軽薄そうな笑顔を浮かべる。


「それじゃ、あとは若いお二人で……」


 うおっ! めちゃくちゃテンプレなセリフ! ギメイさん、めっちゃニヤニヤしているから言いたいだけだな。そもそも日立さんが若くないしな。どんな人類より最年長だよ。

 そう思っていると、これまで黙っていた川鉄さんが、不意にギメイさんを放り投げた。


「ぐえっ!」


 激しく地面に打ち付けられたギメイさんは、無理矢理肺の中の空気を押し出されたかのように、一息に空気を吐き出したような声とも音ともつかぬ呻きをあげ、そのまま気絶する。


「それは、困りますね」


 メガネをかけ直し、鋭い眼光でネルを睨みつける。


 待った。これはもしかして、


「大どんでん返し!!」


「違います!」


 一蹴されてしまった。

 もしかしたら川鉄さんも日立さんのことをと思っていたのに。

 あっ、ネルも同じこと思っていたみたいで、違う展開にガッカリしているみたいだ。いや、ライバルじゃなくて良かったって普通思おうぜ。


「神原先生にこのまま結婚されると、あなたを待っている読者が困るんですよ。これから、わが社の看板になるマンガ家が居なくなる。それがどれだけの悲しみを生むか知らないとは、まさか言わないですよね」


 殺意のこもった言葉。

 ネル、いや、日立さんに近づくその一歩一歩が重苦しい。

 先ほどまでは喜々として襲い掛からんばかりの河童たちも川鉄さんのプレッシャーに押され慄き、団子のように密集している。


「こ、こやつ、本当に人間か? ナナシには面白い人間を連れてくるよう言うたが、ここまで規格外を連れて来るとは」


 日立さんは、その宇宙人ボディをネルに密着させ脅える。

 気持ちは分かるがシチュエーション的にはお前が怖がられる方だからな!!


 残りは俺だけ。

 ネルの幸せを考えるなら、川鉄さんの前に立つ一択なんだけど……。

 川鉄さんが怖いかと聞かれると怖い。だけど、それ以上にあの悪夢の宇宙人に背を向ける方が怖いんだよな。

 いや、でも、どうせ、ネルを助けに動いちゃうんだし、それならさっさと行って、宇宙人から距離を取れている場所の方がいいな。うん。


 変な覚悟の決め方だが、決まったものは仕方ない。

 即断即決できるかが人命を左右するんだ。自衛隊のときからそうだったじゃないか!


 俺は川鉄さんの前に躍り出る。


「邪魔をする気ですか?」


「そっちこそ、ネルの邪魔をしないでいただきたい」


「いいでしょう。一度、あなたとは手合わせしたいと思っていました」


 川鉄さんはメガネを外し、内ポケットに仕舞うと、中国拳法の型のように腰を低く落とし、構えた。


「俺は一度も川鉄さんと手合わせしたいとか思ったことないですけどね!」

 

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