第44話「未知とのお見合い その13」

 一瞬の静寂。


 先に動いたのは俺だった。

 そもそもで、格闘技か何かを修めている川鉄さんに真っ向から勝てるのは純粋な腕力しかなく、それを十全に使う為には組み付き倒し、技も何もないようにするしかないっ!


 川鉄さんにタックルを仕掛け、直前で大きく腕を広げる。

 捕まえたと思った瞬間、ドンっと腹部に激しい衝撃が走る。


 いつの間にか川鉄さんの拳が俺の腹部にめり込んでいる。

 み、見えなかった。

 

 だが、まだだ。この程度の痛みなら耐えられる!

 捕まえようと腕を動かすが、今度はその両手を叩き落とされる。

 両手首にジンジンとした痛みを感じたと思うか思わないかの刹那、すでに川鉄さんの拳は俺の顎部まで迫っていた。


 スローモーションのようにその拳が俺に向かってくる。

 よくある展開なら、この拳をギリギリでかわして、お互いの素早さ、タフさを褒め合う展開だろうが、そんなのはマンガの中だけで、実際にはキレイに顎にヒットした。

 脳が揺られ、思考がまとまらない。意味が分からなくなる。

 視界は上へと向かい、真っ白な天井だか、空だか。今更だが、なんなんだよこの真っ白な空間はっ!

 次に見えて来たのは、ネルの心配そうな顔と――


 悪夢のバケモノの顔だった!


「うわああっ!! 無理無理ムリムリむりむり!!」


 このまま倒れたら、たぶんぶつかる。またぶつかるとか死んでも御免だ!

 生理的に無理だし、生理的じゃなくて理性的にもムリ。本能もむりって言ってる!!


 自分がいったいどういう姿勢だったのか分からないが、その場で踏みとどまり、腹筋の力で上体を戻す。


「わーわーわーわーっ!!」


 まるで子供のように叫びながら、全力の拳を川鉄さんにぶつける。


 マジで怖かったという八つ当たり的な理不尽な怒りを込めた拳は川鉄さんも効いたようで、ふらりとよろめく。


 チャンスだっ!!


 川鉄さんのスーツごと肩を掴む。

 ここからは、技もなにもない。子供同士のケンカのような泥仕合だ!


 勝つか負けるか。あとは純粋な力の差と運否天賦次第だ。

 そんな緊迫した状況で、


「そんな2人とも、オレのために争わないで!!」


 まるでヒロインのようなネルのセリフに毒気を抜かれた俺は思わず、その場で、ずっこける。


「確かにお前の為だけど。言い方よっ!! って、あっ! 川鉄さん離しちまった!」


 折角の勝機をネルのせいで逃してしまったじゃないか。

 お前、本当は俺に勝ってほしくないんじゃないか?


「ところで、なんで、お前ら戦ってるんだ?」


「へっ?」


 ネルからの質問に俺は素っ頓狂な声を上げる。

 川鉄さんもよれたスーツを直しながら、不本意という感じで声を発する。


「それは、神原先生が遠くに行ってしまうからでしょう。その女性と共に」


「そうだぞ。ネル。お前結婚したら、そもそも地球から居なくなるかもしれないじゃないか」


 そんな俺たちの言葉に、頭にクエスチョンマークを浮かべていそうな程、難しい顔をしつつ、首をひねった。


「そんなこといつ言ったっけ?」


「いや、新居を探すって。あいさつ回りも、日立さんの親だと宇宙に行くだろ?」


 そのやりとりに堪えきれなくなったのか、日立さんは大爆笑する。


「くくくくっ。さすが、ナナシが集めただけはあるのぉ。面白すぎるぞ。わらわは数百年も前からこの地におる。今更故郷の星に帰る気も帰る手段もないのでのぉ。新居と言うても、この辺りにネルネルも住める場所を作る程度よ」


 いつの間にかネルネル呼びに。知育菓子かよ!

 まぁ、そんなことより……。


「そういう訳だ。確かに今までよりは遠くになるから川鉄さんには迷惑かけるかもしれないけど、昨今、原稿はデータで送ればいいし、やりとりも電話やメールでも出来るから、問題はないかなって。そこまで反対するほどだった?」


「あ、あ~、こほん。そういう、ことなら」


「あ~、ま、そうだよな。うん。うん」


 俺と川鉄さんは赤面した顔を見られないようにネルに背を向け、しきりに咳払いしたり、なぞの頷きを見せたり、服の乱れなんか、逆に引っ張り過ぎて切れるんじゃないかってくらい直した。

 そして、俺と川鉄さんの間には奇妙な友情が芽生えたのだった。


「さて、それでは話もついたようじゃし、元の世界に戻るとするかのぉ。そうじゃ、そうじゃ、あちらの世界だと人が死ぬのは結構な事件だそうじゃの。それでわらわとネルネルの時間が割かれるのは敵わん。わらわのペットが眼球尻子玉を抜いた二人は目を戻せば、そのうち息を吹き返すじゃろ。まぁ、記憶の混濁はあるかもしれぬが、それはわらわもネルネルも関係ない部分ゆえ放置じゃ。ではっ」


 いつの間にか、元居たログハウスへと戻っており、日立さんもグレイ姿ではなく、れっきとした人間の女性に見える方の日立さんになっていた。


「ほれ、返せ」


 日立さんが目で示すと、河童は俺の手に2つの眼球を置く。

 それは眼球にも関わらず、ドクドクと脈打っており、ほんのりまだ温かい。

 気持ち悪くて今にも捨てたいが、これを捨てると安食さんが本当にお亡くなりになってしまう為、我慢して大事に両の手の平の上に乗せておく。


「それでは我らは新たな愛の巣とやらを作ろうかのぉ」


「それじゃ、万二、川鉄さん、ちょっと行ってくるわ」


 ネルと日立さんはそれだけ言うと、俺たちの前から消え去った。

 まるで今までの出来事が夢だったんじゃないかと思うほど唐突に。

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