第42話「未知とのお見合い その11」

「そんな、まさか、ネルの今までの行動は全部、俺の為……」


 衝撃の事実に呆けている俺をよそに、


「で、万二の左目って治るのかな?」


 ネルはいたってマジメ。口調こそいつもと相違ないが、日立さんだった宇宙人に対して真剣だ。


「ふ、ふふふっ。面白いのぉ。面白いのぉ。さすがお主が連れてくるだけはある。のぉ、ナナシよ」


 日立さんから放たれたのは意外な人物の名前だった。


 ギメイさんは呼ばれると、俺たちから距離を取る。


「おいおい。睨むなって。別に自分はひとつも嘘は言ってないし、それを納得してきて……、いや、城条さんは毎回騙されたり拉致されたりだったな。だが、それでこっちを恨むのはお門違いだろ」


 そう言えば、毎回ギメイさんはネルの理想の女性かもしれない相手がいると言って連れて来ていただけだし、このバケモノと繋がっていても別にそれはなんら悪いことではないな。


「分かっていただけたようで何より。自分の情報は彼女から提供してもらっているんだ。そしてこっちは彼女の要望である、おもしろい人間を探すことと、左目の所持者を探すことを請け負っていた。正直、左目の所持者候補はすぐに複数人見つかったから全員をしらみ潰せば良かったから簡単だったけど、面白い人間ってのは難しくて、おかげで危ない橋も渡ることもあったんだぜ」


「人間にしてはなかなか優秀だったぞ。褒美にそちの命は保証しようぞ」


 バケモノは、にちゃあっと口を歪め、今度はネルの方を見る。


「そなたもなかなか見どころがある。わらわに意見するなぞ。ここ数百年無かったことよ。その蛮勇に免じ、答えてやろう。その目を治すことは可能じゃ」


 俺の左目が治るっ!

 本当に!?


「じゃが、本当にそれで良いのかのう? その目はわらわの生命維持装置の1つなのじゃ。それをそこな男が無理矢理奪い去りおった。あな悔しや。まさか、あのような空中で体当たりして奪うとは。しかも、わらわの装置を使い延命までするとは実にけしからん!」


「それじゃあ、万二の左目を治すと……」


「どうじゃろうのぉ。たぶん死ぬじゃろうが、もしかしたら本人の体力とか生命力とか、本当の奇跡なんかで生き残るかもしれぬのぉ」


 日立さんはカラカラと大口を開けて笑う。

 その姿は醜悪なモンスターであり、人型をしていても確実に人間とは一線を画していた。 


「っ!!」


 ネルは思わず息を飲む。

 それは俺も同じだった。


「くっくっく。で、どうする? 治すか? 治さぬか?」


 そんな、せっかく、俺の為にここまで頑張ってくれたのに、その行為が実は全部無駄、どころか、余計なことだったなんて。


「……くっ、すまない。万二。治す訳には、いかない。約束守れなくてすまない」


「そんなことはないさ。お前のおかげで……、いや、確かに全然助かってないな。この目関係なく、何度も死にかけたぞ! もうちょっと方法あっただろ!!」


「……くっ、まさか、そこまで恨まれていたなんて」


「いや、恨む恨まないじゃなくて、方法だよ方法! やってくれたことは感謝してるよ。してるけど、もっと俺を巻き込まない方法あったよな!」


「それを言うなら、お前の絵が下手なのが悪いんだぞ! マジで分からなかったんだからな。お前に見てもらうしか方法がなかったんだよ!! それにあの醜悪な絵に対してホンモノはちゃんと可愛いじゃないかっ!!」


「「へっ?」」


 いったい誰が俺と同じ感想を抱いたのかは永遠の謎になるが、こいつ、ちゃんと可愛いって言ったのか?

 どう見ても、グレイタイプの宇宙人だぞ!!

 可愛らしさの欠片も俺には見当たらないんだが。


「ふむ、なかなか見る目があるのぉ」


 日立さんはまんざらでもないような顔だ。


「待て待て待て待て。確かお前の理想の女性って、俺の絵から推測した為に髪が長くて目がくりっとした二次元みたいな相手だったよな。本当の好みじゃないんだろ?」


「もちろん。オレの好みは二次元みたいな子だからな」


 ……確かに、グレイタイプの宇宙人は創作物の中でしか見ないけどっ!!


「二次元みたいで、あれは、ネル的にはストライクゾーンなのか?」


 ストライクゾーン広すぎだろ。


「何言ってるんだ? ストライクゾーンど真ん中だ!! あの姿、形。あれは宇宙少女ジョカちゃんの戦闘フォームに瓜二つ! 強いて言えば髪色が黒なのが残念だが、些細な問題だ! こんな女性がリアルにいるだなんて」


 宇宙少女ジョカちゃんってそんなフィギュアが冥婚のときにあったなそう言えば。

 そりゃ、リアルにはいねぇだろうよ!!

 もう何を言っても、無駄な気さえしてきた。


「それで、えっと、日立さんって呼んでいいのかな?」


「うむ。わらわの名は常陸ひたち。字は違えど、同じ音よ。主なら気軽にヒーちゃんと呼んでもよいぞ」


 可愛いと言われたからか、若干、頬を染め、身体をくねらせながら上目遣いで、そんな言葉をのたまう。


「了解。で、ヒーちゃん。万二の目はこのままで怪異を見ないようには出来ない?」


「それはわらわにも無理じゃが、すでに今の状態が一番見えないようになっておるくらいじゃ。わらわの目は他の異星人も見れるよう精神体や重なる別次元の存在も見えるようになっておる。ここでは幽霊や妖怪といった類じゃな。本来は全てを映し出すはずじゃが、もともとの目に異常があるのかえ? 目としてはほとんど機能しておらん。稀に存在力が強いものは見えてしまうようじゃが」


「そっか。ヒーちゃんは、わざわざナナシさんに探させてたけど、左目ないと困る?」


「そうさのぉ、困るかと聞かれれば、無ければ困る。そもそも、わらわたちにとって目は視界を確保するものと同時に他惑星での生命維持装置じゃ。今は右目の片方しかないからのぉ。これだけではもって、あと五千年といったところかのぉ」


「……それなら、良くないか? どうせ、俺、あと100年も生きないぞ」


 俺が口を挟むと、キッと日立さんは睨む。


「うるさいぞよ。盗人風情がっ! 貴様は1つ無くても問題ないからと見知らぬもんに腎臓を提供出来るか? 出来ないであろう!?」


「ま、まぁ、確かに。それもそうだが」


 ――チュミ

 ――チュミミ

 ――チュミ

 ――チュミミ


 いつの間にか、周囲には、あの河童が何匹も集まる。

 ざっと見える範囲だけでも50は超えている。いや、ゴキブリかよ。一匹見たら50匹はいると思えを地で行かんでくれ!!


「こやつらは、わらわのペットじゃ。わらわの気配を感じて、無差別に人を襲ってしまったようじゃが、そちも、その被害者の一人となるかえ?」


「で、出来れば遠慮したいですが……」


 俺は両手を上に上げてホールドアップの姿勢でもって敵意が無い事を示す。


「ふんっ。まぁ、じゃが、神原ネルという男に免じて、左目はもう少しだけ貸しておいてやろう」


 日立さんは、ネルの真正面まで歩いて行くと、「さて、他に何かいう事はあるかのぉ?」とネルに囁く。


 ネルはニッと綺麗な笑顔を見せ、ありきたりなはずだが、絶対に場違いな言葉を吐き出した。


「ご趣味は?」

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