第39話「未知とのお見合い その8」
ギメイさんの話によると。
ロケバスで3人を乗せたまましばらく走ったが、10キロ程走ったところで、急に車が動かなくなったという。
「あ~、修理が必要か? でも、こういう場合ってのはだいたい何らかの力が作用してるんだよね」
ギメイさんは降りるかどうか悩みつつ、全員で降りれば何かあっても運の悪い一人が犠牲になるくらいだろうと考え、全員で降りるよう提案したという。
「おいっ! ちょっと、待て! 完全にネルたちを壁にする気満々じゃないか!」
「そう睨むなって、城条さんよ。全員無事に帰って来てるんだから結果オーライだろ」
「まぁ、そうだけど。で、なんで車は止まっちゃったんだ?」
ギメイさんたちはロケバスから降りると、車を修理するより先に、徒歩なら車より先に行けるかを調べたそうだ。
なぜ、それを最優先したのか俺には理解できなかったが満場一致での行動だったらしい。
「おおっ! すごい!! まるで透明なドームが張ってあるみたいに一切先に行けない。これの所為で圏外だし、救急車も来ないんだな」
ネルはめちゃくちゃ歓喜の声を上げていたそうだ。
「実際、自分もあのときは声には出さなかったけどテンション上がったね! まぁ、でも、冷静に考えると、外に逃がさない鳥かごの中に入れられたのと同義だからな。そりゃ何か起こるってもんよ」
その後、そのドームの存在を認知し、ネルとギメイさんは楽しんだみたいだけど、そもそもマンガ第一の川鉄さんが外界と連絡取れない状況を許すはずもなく。
「いや、気づいたらね、ロケバスに川鉄さんが乗ってて、たぶん時速80キロは出てたんじゃないかな。それくらいの猛スピードでドームを壊そうと車をぶつけたんだよ。下手したら自分が死ぬかもしれないのに、そんなことするか普通。まともそうにしているけど、あの人が一番クレイジーだと思うね」
それには俺も同感だ。
その結果は、ドームが揺れただけで、車にも一切傷はつかず、もちろん中にいた川鉄さんも無傷。衝撃すらなかったって話だ。
ドームにぶつけたせいか分からないが、一気に雨が降り始めたそうだ。
「たぶん、このドーム自体はかなり前からあって、蒸発した水分なんかが上についていたんじゃないかな。その証拠に自分たちがここに戻ってきたくらいには止み始めたし」
それで、大雨に見舞われたギメイさんたちは、ロケバスの中に戻ったそうなんだけど、そこで、さっきもいた変な動物に出くわしたそうだ。
「自分と神原さんの見解じゃ、ありゃ河童だな。頭に皿は無かったけど、よくよく観察すると頭部が軽く凹んでいた。昔の人はあそこに水か何かが溜まっていたのを勘違いしたんだろう。他の特徴も河童に似てるしな」
確かに大きさがものすごく小さいというのを除けば、フォルムは近いな。背中のコブが甲羅ぽく見えなくもないし。
ん? でも待てよ。ロケバスの中に、その河童がいたなら、どうやって3人は無事だったんだ?
「そこからがマジにすごかったんだが、神原さんは一目見た瞬間、河童だぁ! ってはしゃいで不用心にも駆け寄ろうとするし、で、それを見た川鉄さんは、本当に自分も何を言っているのか分からないんだが、なぜか懐に忍ばせていたトリュフ塩を撒いて、河童の動きを止めてから一撃で殴り飛ばしたのよ」
いや、なんでトリュフ塩!?
「河童は頭にある皿の水がなくなると力が出ないとかって伝承が多くあるから、塩を撒いたんだろうけど……トリュフ塩だったのはたぶん、それしか無かったからかな。ただ実際に嫌がる素振りもあったし、動きも止まったから、効果はちゃんとあったかも?」
なぜか疑問形での説明。
実際は、川鉄さんは、ネルの首根っこを掴んで、引き留めてから、自分が前に躍り出たらしい。
そして、トリュフ塩を撒いたかと思うと、そのまま右ストレート。
ギメイさんにはその右腕は動き出したと認識した後には、まるで消えたかのように素早く動いており、パンッ! と河童を殴ったあとに、「小動物に力は要らないですね。速ささえあれば、充分」という川鉄さんの呟きが聞こえて来たそうだ。
河童はその一撃で動かなくなったそうだが、ギメイさん視点では川鉄さんなら塩が無くても、普通に殴れただろうと。
とても編集者の動きではなく。何か格闘技のチャンピオンかどうか聞いたほどらしい。
だが、川鉄さんからの返事は、「いえいえ、ただの編集者ですよ。ただ大手出版になるとマンガ家の逃亡方法も様々でして、ある程度、素早い動きができないといけないだけです」と答えたらしい。
なんだ? 元格闘家とか元アスリートとかのマンガ家がいるのか!?
いまさら川鉄さんの強さに言及しても無駄か。
俺は会話を切り替える意味も込めて、別の質問をする。
「もしかしてさっき投げたのも、トリュフ塩?」
「そうそう。ちゃんと効果あったみたいだし良かったわ。で、ここからが本題なんだけど、ロケバスの中で倒した河童だったんだけど、一匹じゃなかったんだわ」
その瞬間――。
バンバンバンバンっ!!
激しく窓が叩かれ、視線を向けると、そこには河童の群れが、まるで窓を埋め尽くす量を揃えましたと言わんばかりに蠢いていた。
「自分たちもこれから逃げてきて、城条さんらが心配だったからこのログハウスに戻ったんだけど、中にも居たのは予想外だったし。さて、これからどうしようかねぇ」
絶体絶命の状況でもギメイさんはそのにやけた顔を崩さないし、ネルはマンガを書いてるし、ネルが書いてる限りは川鉄さんは満足気だし。
こ、これって、俺がなんとかしないといけないんじゃないか?
河童なんて、どうやって倒せば良いか分からないし、仮に倒せてもここから逃げられなきゃどうしようもないよな。
いったいどうすれば……。
「ふぅ! 書き終わった。いや~、まさか河童を見れるなんて思わなかったよ。これでうつろ船の美女とお見合いするだけだ」
この場にそぐわないセリフと綺麗な笑顔を見せるネル。
その立ち振る舞いは、窓の外にいる河童すら歯牙にかけておらず、自分の目的だけに集中していた。
まるで、ここからの脱出方法でも知っているかのように。
「ネル、ここからどうやって出るか検討がついてるのか?」
俺の問いに、ネルはチッチッと指を振る。
「分かってないな。ここから出るかじゃなくて、いかにお見合いするかだっ!」
「え、ええっー」
どうやら、この友人は自分の安全より婚活の方が大事なようなんだが……。
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