第37話「未知とのお見合い その6」

「おい、いくら待っても救急車も警察も来ないぞ。ちゃんと通報したのか?」


 俺が救急車を呼んでから1時間がすでに経とうとしていたが、サイレンひとつ聞こえてこない。


「確かに通報したんだけど、ちょっともう一度掛けてみる」


 携帯からダイアル119を押す。

 

 しかし、着信を知らせる音は鳴ることなく、画面を見てみると圏外の文字。


「安食さん、この辺りはちゃんと電波来てますよね?」


「ええ、そのはずですが……。おかしいですね。私の携帯も圏外ですね」


 各々が携帯を調べると全員が全員圏外の表示になっていた。


「これはおかしいね。1社だけなら、そういうこともあるかも知れないけれど、3社分あるにも関わらず全員が圏外ってのは何かあるかもしれないね」


 ニッと笑みを浮かべ、実に楽しそうなギメイさん。

 だが、その表情は虎井の怒りを買うのには充分すぎるほど、嫌らしいものだった。


「てめー、何がオカシイ!!」


 ギメイさんの胸ぐらを掴みかかり、拳を振り上げる。

 

 ダメだ止められない。まぁ、ギメイさんなら殴られても別にいいけど。

 そんな風に思っていると、


「みんな、どうした?」


 えらくとぼけた声で、何も知らないネルが居間へとやってきた。

 パジャマにナイトキャップを被ったネルは平常時なら、女子はその可愛さに呻いていたことだろう。


 そして、一人だけ場違いなネルに毒気を抜かれたのか、虎井は乱暴に手を離し、再び席に着いた。


「ふむ。なるほど。松葉さんが、そんなことに……。とりあえず、ここにいても事態は好転しないし、何か行動を起こそうか。まぁ、ホラー作品なら、だいたい逃げられないってのがお決まりなんだろうけど、こっちから助けを直で呼びに行こうか」


 ネルの提案に、「それじゃあ」とまっさきに手を挙げたのはギメイさん。


「こんな場所にいられるかってね」


 なぜかいかにもこれから死にそうな人のセリフを言いながらの挙手だった。


「ふふん。ナナシさん分かってますね。怪異に出会うには死亡フラグを建てるのが手っ取り早い。さすがオカルト記者っ!! その案、オレも乗りましょう!」


 …………。待て待て。


「もしかして、ネルは松葉が殺されたこととか救急車が来ないこととか、妖怪の仕業だと思っているのか?」


「それ以外に何が?」


 俺は頭を抱えた。

 そうだよな。こういうやつだよな。

 俺はクマとか殺人鬼とかそっちの心配をしていたけど、ネルは真逆だ。しかも、それに会いたいとすら思っている。

 心配すぎる。けど、ギメイさんとネルと一緒に行動したくないというのも本音だ。

 だって、絶対危険な方に突っ込むし、絶対何か見ちゃうし。


 俺は最後の頼みの綱である川鉄さんを見る。


「分かりました。神原先生が行くなら私も行きましょう。何より城条さんが心配そうにしていますし」


 川鉄さんっ!! さすが頼りになる!! 編集の鏡!!

 

 こうして、俺、安食さん、日立さん、虎井。

 ネル、ギメイさん、川鉄さんの2チームに分かれることとなった。


「それじゃ、万二あとはよろしく!!」


 大きく手を振りながらロケバスで出発するネル。

 そして、ギメイさんは、最後に、


「面子的にこっちに花が集中しちゃったし、向こうの方がヤバそうだな。失敗したかな」


 とポツリと漏らしていった。

 いや、そんな不吉なこと言うなよ。


                ※


 ネルたちが出て行ってから、少しすると、虎井は誰に言うでもなく呟いた。


「本当に妖怪みたいな怪異が松葉を殺したのか?」


 その問いに誰も答えられないでいると、


「本当は反対派のどっちかがここに誘い出して殺したんじゃないのか?」


 今度は明確に安食さんと日立さんに向けての言葉だった。


「あいつは殺されるような悪いことなんてしてねぇ。仕事に忠実だっただけだ」


 めっちゃ俺らを脅かそうとしていたけど……。


「いったい誰が、あんなひどい殺し方をしたんだ」


 大きな手のはずが、握りこぶしはえらく小さく見えた。


 ――ポツッ。ポタタッ。

 ――ザァーー!!


 突然の大雨に一同は顔を上げ、外を見る。


「ちっ! ついてねぇ!! おい。松葉の遺体を中に入れるぞ。自衛隊、手を貸せ!!」


「ああ、分かった」


「わたしも手伝います」


「えっ。ちょっと現場保存とかしなくちゃ……」


 俺と日立さんは虎井の言葉にすぐに反応し、外へ飛び出す。

 そんな中、安食さんだけは死体を動かすのを反対のようで、その場に立ちすくんだ。


 雨を避けるように無駄だと分かりながら小走りで松葉の死体のあった場所まで駆けつけたのだが、そこには――


「松葉に目が戻っている!?」


 そこには両目が戻っており、まるで寝ているかのように息絶えている松葉の姿があった。


「とにかく、一度、ログハウスに入れるぞ」


 虎井の言葉で俺は松葉の脇に腕を入れ、足を虎井が持った。

 屈強な男2人に掛かれば、死体とはいえ、松葉くらいの中肉中背の男性を運ぶことくらい訳はなかった。


「ふぅ、リビングに死体を置いておくわけにもいかないから、俺の部屋に入れよう」


 その提案に虎井はこくりと頷き、俺の部屋までそのまま運ぶ。

 日立さんに戸を開けてもらい、俺は誘導を受けながら背中から中に入る。


「は? 嘘だろ」


 どさりと松葉の足が床へと落ちる。


「おい。何して――」


 文句を言おうとしつつ、つい、虎井の視線を追いかけて振り返ると、そこには両目を抉られた、安食さんがまるで壁に縫い付けられたかのように壁に垂直に立って亡くなっていた。


「おいおい。いったい、何がここにはいるんだよ」

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