第36話「未知とのお見合い その5」

 翌朝。

 日の光が窓から入り込み、鳥のさえずりが聞こえだした頃、そろそろ起きて行けば寝ていないことを怪しまれることもないだろうと打算的な考えを持ちながら部屋を出る。


 先日の居間まで行くと、すでにギメイさんと川鉄さんがコーヒーを片手にそれぞれ仕事と思しきものをこなしている。


「おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」


 一応幽霊騒ぎは俺とネルしか知らないはずだし、もし声など聞こえていて不要な不安があるようなら解決しなくては。


「ええ、それなりに質のいいベッドでしたので」


「へ、へ~、川鉄さんのところはベッドがあったんですね」


 ギメイさんもベッドで寝たそうで、ちくしょう。俺のところだけなかったのかよっ!

 いや、冷静になれ、そもそもネルは招待客だし、その編集もある意味そうだ。それに仲介のギメイさんだって。

 イレギュラーなのは俺だけ……あれ?


「あ~、もしかして、ギメ、いや、円城寺さん。俺も来ることって伝えてなかったんじゃ」


 ギメイさんはポンッと手を打つと、


「あ~、そういえば、急に増えたから忘れてたわ! いや、すまん、すまん。そうなると安食さんはよくすぐに対応してくれたねぇ。やっぱり、やり手ではあるねぇ」


 うん。安食さん、すみません。なんで俺だけ扱い悪いんだと、少し不満に思っていたけど、あなたの所為じゃなかったんだな。むしろ、頑張ってくれていたんだ。ありがとう。

 あとでお礼を言っておこうと心に決める。


「さてと、それじゃ、俺もコーヒーもらっていいですか?」


 外は良い天気だし、森林に囲まれて空気も良い。

 コーヒーを持って俺は外に出る。けして、2人が仕事していて無職が気まずい訳じゃないからな。


 コーヒーをすすりながら周囲を散策していると――。


「はっ? なんで……」


 俺の手からコーヒーのカップが滑り落ちる。

 まるで時間がゆっくりになったかのように、カップが落ちるまで酷く時間がかかった気がする。


 ――カシャン。


 カップの音で我に返る。

 俺の目の前には樹に寄り掛かるように倒れている、松葉豪まつは ごうの姿。

 顔からポタポタと血が滴り落ち、一目で死んでいると分かるくらい身じろぎ一つなかった。


 念の為、近づいて首から脈を取ってみるが、指を当てた首筋はすでに人らしい弾力を失い人形か何かに触れているようだった。脈の有無など関係なく、死んでいた。

 

「なんで、こんなことに……」


 数歩後ろに下がると、松葉は樹からずれて、地面へと倒れる。


 うっ!!

 見たくもなかったが、倒れた拍子に俺は松葉の顔を見てしまう。

 口元は恐怖に歪み、歯を食いしばっている。それだけでも充分不気味なのに、松葉の顔には目が無かった。

 両目ともくりぬかれうろになっている。

 まるで、あの悪夢のバケモノのように見え、俺は怯んだ。


 二歩三歩と後ずさりし、「これは違う」「これは違う」と何度も何度も呟いた。


 少し落ち着き、まずはログハウスに戻る。

 手早く川鉄さんとギメイさんに何があったのかを伝え、ログハウスの住所や近くの目立つ場所などを聞き出し、救急車を手配する。

 松葉豪についての情報もあれば良かったが、昨日会ったばかりの人間、しかも敵対しており名刺交換もしていない相手の情報はほぼ皆無だった。


 救急車と警察の到着には時間が掛かるとのことで、その間に、安食さん、日立さん、それから虎井にも連絡をそれぞれ分担して入れる。


 緊急の事態に十分後には全員集合した。


「いったい何があったんですか!?」


 大慌てだったのだろう。スーツの着こなしもだらしなく、ネクタイも手に持った状態で安食さんは現れる。

 日立さんはまだ朝早いというのにしっかりとしたブラウスにジャケットを羽織り、スキニーズボンだ。


 で、最後にそれこそ息を切らして全力でやってきた虎井は寝間着だろうか皺くちゃのジャージ姿にボサボサの寝ぐせ、無精ひげも荒々しく生えている。


「おいっ! 松葉が死んだってどういうことだっ!! ふざけんな!!」


 俺に飛び掛かるように掴み掛かるとものすごい剣幕で問いただした。


「信じられないなら、死体を見ますか。あまりオススメはしませんけど」


 あの死体を見てから、顔の左側がずきずきと痛む。

 極度の恐怖状態なのか、それとも高ストレスによるものなのか、もしくはそれ以外の何かか。


 俺の制止も聞かず、虎井だけは松葉の死体を確認し、顔を歪めたものの、丁寧に手を合わせるのだった。


 松葉に毛布をかけ、それから俺たち一同はログハウスに戻り救急車と警察を待つことに。

 誰もが思うことがあり、無言でいる。そんな気まずい時間が永遠とも思えるくらい続いた。

 それから数十分経過しても救急車はなぜか訪れなかった。

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