第35話「未知とのお見合い その4」

「う、うぅん……、くっ、うああっ!!」


 いつの間にかうつらうつらしていたのか、布団で寝ていた俺は案の定、悪夢を見て跳び起きた。

 いつもはそれでも1~2時間くらい眠れるのだけど、どうやら今日はものの10分くらいで目を覚ましたようだ。

 それからどれだけ時間が経っただろう。


 俺は一睡も出来ず、布団に入ったまま目だけ瞑っていた。

 こうしていれば寝ていなくてもある程度体力は回復できるし、今までもそれで大丈夫だった。

 目を閉じていると、他の五感が鋭敏になる。そのせいか、いらない音まで聞こえてきて……。


「……され」


「……たちされ」


「立ち去れ~」


 ここではない場所からだろうか、かなり遠くの方からおどろおどろしい声が聞こえてくる。


「……やっぱり普通じゃないじゃん」


 分かってた、分かっていたけど、こうして突きつけられるとメンタルにくる。


 そして、こんな声が聞こえる場所に俺一人とか耐えられると思うか? 答えは否だっ!


 俺は目を開ける勇気すら持てず、手探りで布団から這い出し、廊下への扉を探す。


 木目の手触りのおかげである程度方向が分かるのが助かる。

 たしか、木目は扉に対して真横だったはず。だから、こうして横にずれて行けば……。とんっと肩が壁に触れ、今度は壁を手探りで伝い扉を探す。


 その間にも、「立ち去れ」という声は続き、他にも「助けて」というか細い声も聞こえてきて、一層、俺の恐怖心を煽った。


 くそ~、最近は直接的なのが多かったけど、本来、幽霊とか妖怪とかの怪異っていうのはこういうものだよな。

 姿が見えないで、真綿で首を絞めるように、ジリジリと追い詰めてくる感じ。


 何とか扉を発見し、廊下へ。

 廊下に出るが、まだ声は聞こえ――。


「はい! もう一回っ!!」


 声は聞こえてきているのだが、この聞き馴染んだ声は……。


 俺はぱっと目を開く。

 目の前には電気もついた明るい廊下。

 オレンジ色の電球の温かさが染みる。


「そんなんじゃ、怖がらせることなんて出来ないぞっ!」


 俺は声のする場所。ネルの部屋をノックした。


「おおっ! 万二。いいところに。お前、どう思う? 怖いと思うか? はい。もう一回、やってみよう!」


「たちされ~~」


 いや、さっきまではめっちゃ怖かったよ。ほんと、マジで。でも、こう無理矢理言わされるのを見ると興が冷めるというか、なんというか。


「ダメだろ! あの万二すら怖がらせられなくてどうする!」


「えっと、状況説明してもらっても?」


 ネルの説明によれば、夜中、マンガを書いていたら、急に「立ち去れ」という声が聞こえてきたそうだ。

 夜中にそんなこと言うのなんてこれは幽霊か妖怪くらいだろうと喜んで耳を澄ませたらしい。だが、聞こえてくるのは男の声。しかも、おどろおどろしさも怨みもつらみも感じない適当な声。

 怪異がそんなんじゃダメだろということで、演技? 指導を始め、今に至るらしい。


「ほんと、すみません。もうやらないので帰してくれませんか?」


 というか、この声、しっかり聴くと、虎井と一緒にいた、ゴールドモール社員の松葉って人じゃないかな。


「ネル。たぶん、これ普通の人だぞ。屋根裏あたりから脅かそうと声をかけているだけだろ」


「いやいや、そんなバカな。幽霊より屋根裏に悪意を持った人間がいる方が怖いじゃないか。そんなはず、ない、よな?」


 まぁ、確かにその通りだな。

 俺ならワンパンだろうけど。


「とりあえず、捕まえて警察に突き出すか。運が良ければ社員の不祥事で開発おじゃんになるんじゃないか?」


「それは十分にありうるな」


 俺の言葉を聞いてビビったのか屋根裏からバタバタと大きな音が響き、だんだん遠ざかる。


「これで、そうそう同じ手で妨害はしてこないだろう」


「万二助かった。サンキュ。オレなんか物理で来られたらどうしようもないからな。お化けの振りをして脅す程度しかしてこなくて良かったわ」


 お化けの振りは俺にはクリティカルヒットだったけどな。

 ネルには直接襲い掛かった方が良かった気がするんだけど、いや、そういえばマンガを書いていたって言っていたよな。

 それを明確に邪魔するような行動をとっていたら、川鉄さんが来ていた気がする。たぶん、いや、絶対に。


 まぁ、何はともあれ、幽霊でも妖怪でもなくて良かった。

 これで安心して、また横になれる。


 俺は自室に戻り布団に入ると、ある事に気づいた。

 そう言えば、ネルの部屋、普通にベッドもあったし、ここに比べてちゃんとした客室って感じで豪華だったな。

 これが格差か。まぁ、安食さんと日立さんからしたら希望の星だからな。


 翌朝、川鉄さんもギメイさんも部屋にはちゃんとベッドが備え付けられていたことを知り、愕然とするのだが、それはまた別の話。

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