第34話「未知とのお見合い その3」

  車に揺られている数十分の間。

 なぜか、その間、俺はネルの隣に座る日立さんが気になって仕方がなかった。


 こんな気持ちはじめてだ。

 恋心とも違うし、何か、何かが異様に気になるのだ。


 そんなモヤモヤした気持ちの中、ようやく博物館に着く。博物館は茶色を基調とした典型的な箱ものの建物で実は市役所ですと言われてもすんなり信じてしまいそうである。

 日立さんはさすがにボランティアとして活動しているだけあり、博物館の方からも知名度があり、ほぼ顔パスで入ることが出来た。

 

 博物館は妖怪をメインに扱っており、今風の可愛らしいゆるキャラみたいな妖怪の絵で生態や伝説が語られていたり、ちょっとしたクイズがあったり、スタンプラリーがあったりと、それなりに楽しめる作りになっていた。


 まぁ、ネルからすると、そのあたりに関心はあまりなく、古い文献に興味をそそられたようで、河童の伝奇が示された文献やうつろ船の文献の前ですでに小一時間は動かないし、写真禁止だからとスケッチをしたりしていた。


 そんな中、川鉄さんは慣れたもんで、苦もなくネルに付き従っていたし、そもそもギメイさんはロケバスから降りて来ないでどこかに電話していたし。

 一通り見て回ってしまった俺は一人時間を持て余していた。

 簡単に言えば暇だった。


「ちょっと、外の空気吸ってくる」


 俺は博物館から出ると、夕陽に向かって大きく伸びをした。

 目の前には雄大な山並みが広がり、気持ちいい……。


「うっ!!」


 急な吐き気と、地に足つかない不気味な浮遊感に襲われ、その場にへたり込む。


 な、なんだこれ?

 急に38℃台の熱でも出たかのような気分の悪さ。

 視界がぐるぐる回り、とてもじゃないが動けそうにない。


「やばい、こんなところで……」


 そのまま俺の目の前は真っ暗になった。


                ※


 いつもの悪夢。

 また俺は空を飛んでいる。

 そして、山が見えてきた途端、あの怪物が現れるのだ。


 墨汁で塗りたくったような長い黒髪に覆われた何か。

 さっと風が吹くと、髪の隙間からギョロリと眼窩がくぼんだ相貌。

 吐き気を催すような、人間が見てはいけない何か。

 それを目にした俺は、そのまま地面へと落ちた。


 そう、それは夢で何度も見ているが本当に起きたことなのだ。

 俺の事故の原因はあの怪物。

 本来ならパラシュートを開き、安全に着地するはずだった。

 けれども、あのとき、俺は意識を失ったのかパラシュートを開くことなく、そのまま落ちた。

 こうして生きているのも不思議なほど高所からの落下だったが、実際に生きている。


 俺が目覚めた次の記憶は、自宅アパートの天井だった。


 ん?


 俺はいつ病院を退院したんだ? いつアパートに引っ越したんだ?

 

 思い出せない。

 

 あのとき、何があったんだ?


 何も思い出せない。


 いや、思い出せないということすら、今まで忘れていた。


 空白の期間があるのか?

 俺はいったい何をしていたんだ?


「――ばん……。ばんじ。万二っ!!」


「はっ!! 俺はいったい?」


 周囲を見回すと心配そうに俺を覗き込むネル。


「大丈夫か? 博物館から出たらお前が倒れてて」


「あ、ああ、大丈夫だ。ちょっと疲れたみたいで、車で休んでいればすぐに良くなるさ」


 本当に今はなんともない。

 さっきまでの気持ちの悪さもないし、なんだったら少し眠れたから逆に清々しいくらいだ。


「そうか? でも気をつけろよ。万二。本当におかしなところとかないのか? 体調とか大丈夫か?」


「ネルに言われたくないな。お前だって仕事で徹夜が多くて寝不足で体調面不安定だろ」


 俺はネルの体調も心配しつつ、こっちは大丈夫だとニッと笑ってみせた。


「そうだな。ま、今回は万二、寝不足ってことはないと思うんだよな。だから逆に心配もあって」


「ん? 寝不足をそこまで心配してない? なんでだ?」


 むしろネルが把握している中では一番俺が倒れる原因だと思うが。

 俺が把握している中で倒れる一番の原因はストレスだけどな!


「いや~、万二連れ出すのに、川鉄さんに頼んだら、まずはスタンガンで気絶させましょうって言ってバチバチってやるからさ。いや、でもすごいよな。その痛みとか全然感じてないみたいで、その後、お前爆睡してたぞ」


 ああ、どうりで、いつも悪夢を見て眠りが浅いのに今回はよく拉致できたなって思っていたんだけど、謎が解けたわ。

 うん。まぁ、そりゃ体調も心配するわな。

 というか、まじに川鉄さん何者だ。俺の部屋に入るまでは良いとして、そこからの手際が良すぎだったろ。


 まるで俺の心の中を読んだのか、


「手際の良さは、ナナシも負けてなかったぜ! 川鉄さんとナナシの連携プレーは今思い出してもほれぼれするね。まさか、拉致をあそこまで芸術的にするなんて」


 変な感動を覚えているネルなんだが、いや、されるこっちの身にもなってくれ、それなりに怖かったんだぞ!


「とりあえず、言いたいことは色々あるんだが、次拉致とかしたら本気で友達やめるからな」


「ああ、大丈夫だよ。たぶん、もうしない。ここが婚活の最有力だからさ」


 妙に自信満々なネル。いや、いつも自信には溢れているが。

 だけど、今回も幽霊や妖怪みたいな怪異との婚活。そもそも存在自体しているかもあやふやなのに。


「とりあえず、博物館はもう大丈夫だし、疲れたから今日は夕食を摂ってから戻ろうか。さっきのログハウスがオレたちの泊まる場所だ」


 俺たちは日立さんからオススメの店を聞き、そこで夕食をとることに。その際、日立さんは先に帰るとのことで夕食は共にせず、レストランの前で別れた。

 俺たちは日立さんオススメの和牛ステーキの店へ入り、そこのステーキに舌鼓を打った。

 

 満腹になった俺たちはログハウスに戻ると、そこには安食さんの姿のみで、虎井たちの姿は無かった。

 当然と言えば当然だが。彼らの勝負は1週間後なのだから。


「皆さんおかえりなさい。お部屋のご用意はしてありますが、1週間の間の部屋の管理はそちらでお願いします」


 安食さんからそれぞれ鍵を渡され、各自部屋へ。

 部屋の中には布団が1枚。あとは椅子と小さなテーブル。

 ここは寝室というより物置みたいなところを寝れるように片づけましたって感じだな。そもそもこのログハウス自体、なんの目的で建てられていたのか不明だしな。


 まぁ、泊まれる場所があるだけマシだが。

 今回もよく分からないことが多すぎる。


 ネルが婚活として訪れたのはいつもの謎だけど、わざわざこんな揉め事の渦中にも関わらず来たのはオカシイ。それに、このログハウスにわざわざ泊まるのも変だ。街中のホテルでも良さそうなのにわざわざ山の中に泊まるなんて。

 良い予感は全くしないな。

 そもそも川鉄さんとギメイさんがいるのも違和感があるし、その面子の中、わざわざ俺を拉致してきたのも……。


 考えれば考えるほど、悪いことしか思いつかず、なにもかもイヤになって布団に潜り込んだ。

 朝になれば少しはマシになっていてくれないかなと無駄な希望を描きながら。

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