第32話「未知とのお見合い その1」

 車に揺られること数時間。

 不安に胸を押しつぶされそうになりながらも辿り着いた先は、山沿いに建てられた2階建てのログハウス。

 ただし、ただのログハウスではなく、その周囲に、『開発反対!!』や『虎井土建は立ち去れっ!!』の旨が書かれた看板がいくつも並ぶ。


「今回はいったいなんなんだ?」


 車から降りた俺は川鉄さんたち一同とそのログハウスへ。


 木の匂いが鼻孔をくすぐり、まだ最近建てられたばかりだと語りかけている。

 木の床、木の壁、そして木製のテーブルにチェア。モデルルームのような作りだが、そこここに生活感が見て取れた。そんな中に4人の男女が木製のテーブルを挟み、一様に難しい顔をして座っている。

 そのうちの一人、ロマンスグレーな渋い老人はこちらを見ると、パッと顔を明るくした。


「いや、これはこれは先生方ですね。お待ちしておりました。どうぞどうぞ。こちらの席へ」


 先生と呼ぶということは明らかにネルに対してだろう。

 当のネルは先ほどまで気絶したように爆睡していたのだが、今は寝ぐせのついた髪を隠すように後ろでまとめ、よれた服を伸ばしながら、晴れやかな表情で応じる。

 普通ならその程度ではまだ失礼にあたる格好だが、麗しい顔としゃんとした体躯により、誰もが気にしないどころかオシャレだとすら錯覚する。

 こういうところ、不公平だと思う。俺がそんな格好していたらシャワー浴びて着替えて来いって言われるぞ!


「本日はお招きいただきありがとうございます。知ってると思うけど、神原ネルって言います」


 ネルは名刺を取り出すと、ロマンスグレーな老人に差し出す。

 

 ネ、ネル、お前、そんなまともな対応できたのかっ!!


「おお、これはご丁寧に。私は市の環境課、課長の安食正あじき ただしと申します」


 このロマンスグレーのカッコイイご老人は安食さんというのか。

 で、その安食さんも名刺を取り出し、ネルと交換する。

 さらに川鉄さん、ギメイさんとも名刺を交換し、とうとう俺にもやってくる。


 自衛隊時代ならなんてことないが、無職の今、名刺がないのはこういうときに辛い。


「すみません。俺、名刺持っていなくて」


 こちらだけ一方的に名刺を受け取り、苦笑いを浮かべる。


「安食さん、彼はオレの友人で、元自衛官なんだ。ボディガードも兼ねてくれてるんで」


「ほほぉ。元自衛官ですか、それは、それは」


 安食さんの口角がくいっと上がり、俺を見る目が変わった。

 代わりに、後ろにいた男性は苦々し気にこちらを見ている。


 いったい何なんだ? 


「それで、オレにやってほしい事っていうのは?」


「そうでした。それはですね。先生の漫画に是非この地を出していただきまして、聖地にしていただきたいのです。そして、この茨城の自然と妖怪を是非守っていただきたいのです!!」


 茨城の妖怪の話はここに来るまでに川鉄さんから簡単に聞いたが、それを守るっていうのはどういうことなんだ?


「実はこのあたりは妖怪の逸話が数多くある地域なのですが、それこそ付喪神については数えきれないほど。しかし、有名なのはそれとは違い、河童伝説やうつろ船の伝説なのですが、この河流はその伝説に深く密接している場所なのです。しかし、それをこの不届き者たちは再開発で潰そうとしているのですよ。もちろん反対の声は多く上がっていますが、それを盤石にするにはやはりアニメや漫画で聖地にするのが一番確実だとうちの若いものが言っておりまして」


 そのとき、後ろに控えていた男がドンっとテーブルを強く叩く。


「おいおい。一方的にこちらを悪者にされちゃ困るな。こっちだって県民の声に応えて事業に当たってるんだ。市単位なら重要かもしれないが県からしたら、こんな辺鄙なところの自然1つ2つ潰しても問題ないだろ! それでショッピングモールを建てりゃ、結果として市も豊になるってもんだ」


 荒々しい言葉使いに見合った強面の外見の男。

 歳は50くらいに見えるが、まだまだ血の気は多そうであった。

 そして、その男の背後には、まだ20代であろう男がまるで虎の威を借りる狐のように付き従っている。


「ふんっ、どの口がほざく!! 所詮、貴様らは金の亡者だろう。この工事も真に市のことを思ってのことではなく、裏で繋がってのことだろうに」


「何を証拠に? むしろこっちは決まった工事の納期をあんたと、そこの嬢ちゃんに邪魔されて困ってるんだよ! なぁ!!」


「そうだ。そうだ。社長の言う通りです! あまり邪魔するようならこっちには訴える準備も出来ているんだぞ!」


 後ろで控えていた若者が同調する。


「市民の意見も聞かず勝手に工事を始めて正当性を述べるとは片腹痛いですわね。そちらがその気なら好都合です。わたしも受けて立ちますよ」


「県の許可は取っているんだ。それより小さい単位の市民なんて、知らねぇなぁ!」


 バチバチと火花散る中、空気が読めていないのか、ネルは大きく手を挙げる。


「はいはーい。まずは自己紹介してくんない? 安食さんしか分かんないし、双方の話を聞かないとオレどっちに付くか判断できないし。それと、最終的にオレのキューピットに誰がなってくれるのかも判断させてもらうよ」


 正直、ごちゃごちゃ話されるより助かるが、ここで、このタイミングでそれを言えるのメンタル強すぎだろ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る