第27話「冥婚の二次会 その5」

「…………」


 ネルの重度のこじらせに会場全体が引いていた為、俺はすっかり忘れていた。

 新婦の存在を。


 不意に左目に激痛が走る。


「ぐっ! うっ」


 背筋に悪寒が走る。

 何かが後ろにいる。

 振り返ってはいけない何かが。


「……ぉぉぉ。よくもぉぉぉ。あたしのいとしいひとをぉぉぉ」


 背後から顔に手が覆いかぶさり、そのまま引きずられて行く。


 嘘だろっ! 俺の巨体を女の力で!?

 いや、この力はすでに女性とか男性とか超えている!


 俺はそのまま裏手にまで引き回され、壁へと激突してようやく止まる。


「う、あ、あ、ぁ」


 馬乗りに新婦が覆いかぶさり、その姿をばっちり見てしまう。

 左目の激痛は最高潮に達し、気絶してもおかしくないレベルの痛みだが、なぜか気絶することも目の前の恐ろしい新婦を見ないようにすることも出来ない。

 新婦は人間ではありえないほど大きく口を開け、悲鳴のような怨嗟をあげている。

 目からは血のようなどろりとした黒い涙をこぼす。

 人だと分かるが人ではない形相。ムンクの『叫び』の人物を見ているような気分になる。

 新婦のその両手がゆっくりと俺の首元へ。


「う、うああああっ!!」


 反射的に拳を振るうが、身体をすり抜けてしまう。


「どこよぉぉぉ。あたしのいとしいひとぉぉぉ」


 それなのに、新婦の手は俺の首にがっちりとまとわりつき、そして締め上げる。


「かっ……!!」


 ま、まずい。声すら出せない。

 た、助けを呼びたいのに。

 どうしたら?

 ネル、助けてくれ……。


 とっさに助けを求めたのは、他の誰でもなく、いつも自分を窮地へと追い込むネルだった。

 なんだかんだ。いつも、本当にまずい瞬間に助けてくれるのはいつもあいつなんだ。


 酸素が行き渡らず、だんだんと意識は遠のいていく中。


「あれ? 万二どうした? 大丈夫か!? チアノーゼ? 酸欠か? 待ってろ。すぐに病院に運んでやるから!!」


 ネルの声とガラガラと車輪の音。

 あいつ一体何を?


「ちょっとだけ借りますよっと。よいしょ!」


 俺の目の前に新郎の朝烏あさがらすさんが降ろされた。

 ん!? もしかして、車いすに俺を乗せるのに降ろしたのかっ!?

 いや、この人もこの人で重症だからなっ!!

 他に選択肢は無かったのかよ!!


 って、あれ? 息が吸えている。

 なんでだ?


「あ、り、がと」


 新郎の口からネルに礼が告げられる。


「へっ? なんのことです?」


「…………っ」


 何を言っているのか普通には聞き取れなかったが、左目を通して見た俺には新郎が何を言ったのか直感的に理解できた。


「キミと逝けるなら、それほど嬉しいことはない。一緒にいこう」


 その言葉はバケモノと化した新婦にも届いたようで、姿形は生前の女性に戻り、その目からは透明な涙がこぼれ落ちる。


「わたし、なんてことを……。あなたと一緒に居たいって思っただけなのに……。もう少しであなたを殺すところだったなんて……。止めてくれてありがとうございます」


 新婦はそのまま天へと昇っていく。


「あ、ああ、そんな。待ってくれ!! 僕も一緒に連れて行ってくれ!! キミが居なくなるなら、もう一度。もう一度、結婚式を挙げる!!」

 

 新郎の言葉に、新婦は困ったような笑みを浮かべ――。



 舞い戻って来た。



「仕方ないわね。それなら、あなたに憑いていてあげる。結婚資金もバカにならないし」


「戻ってくるんかいっ!! いや、まぁ仕方ないけど!! 結婚式挙げるのもお金すごい掛かるし」


 俺が全力で叫ぶと、何事かとネルは目をパチパチとしばたかせた。


「えっと、元気になった?」


「おかげさまで」


 俺は首をこすりながら起き上がる。

 左目の痛みはだいぶ和らぎ、幽霊だかバケモノだか怪異だかが消えたことを知らせる。


「新郎の方が重症だから、乗せてやろう」


「いや、万二もそれなりにヤバそうだったけど?」


「俺のは緊張からの過呼吸だ」


「過呼吸って酸欠になったっけ?」


「なるなる。酸素を上手く吸えない状態だからな」


「そっか。まぁ、ちょっと待っててくれ。すぐに帰るからさ」


「帰る? まだ二次会は続くだろ?」


「いや、体調悪そうな親友をそのままにしとくとかないだろ」


 そう言ってネルはちゃちゃーっと走って行って、ギメイさんに二言三言伝える。


「皆様ここで残念なお知らせです。神原先生は多忙の為、本日はこの辺で帰宅されます! 本日はサプライズゲストとして、それからウェルカムボードまでありがとうございました。それでは拍手でお見送りいたしましょう!!」


 ギメイさん司会のもと、万雷の拍手によって退場してきたネルは俺を支えながら車まで戻るのだった。


「運転はオレがするから、少し後ろで横になって休んでろ」


 その言葉に甘えて、後部座席で横になる。


「すまん。ありがと」


「気にすんなって。困ったらオレがちゃんと助けてやるよ」


 半分以上お前のせいで困っているんだが……。

 頭の片隅にそんなことを思ったものの、その言葉を飲み込んで大きく息を吐いた。

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