第26話「冥婚の二次会 その4」

「ネ、ネル!?」


 ネルは俺の左目を手で覆いながら、


「ほい。オレの目薬で良ければ未開封のやるよ」


 ぽいっと眼精疲労用の目薬を投げ渡す。


「あ、ありがと」


 突然の出来事に俺が呆けていると、颯爽とギメイさんが会場に出て行き、


「さて、ご歓談中失礼いたします。実は本日、特別ゲストをお呼びしております」


 まるで普通の二次会の司会のような朗らかな進行に少なからず安堵する。


「ゲストは誰だと思いますか?」


 ウェルカムボードまで作っているのだからネルの名前が上がることが一番多かったが、それぞれ思い思いの有名人をあげていた。


「正解は、神原ネル先生です!! では、先生、どうぞっ!」


 用心棒を呼ぶような声、そして、現れたネルに会場は一瞬静まり返る。


「え、うそ。神原先生ってイケメンじゃない」


 そんなひそひそ話のあと、一斉に黄色い声援が飛んだ。


 超絶イケメンでキャーキャー言われることはもちろん、漫画の感想でキャラに対してキャーキャー言われるのもよくあるネルだが、実はマンガ家として顔を出してキャーキャー言われるのは初かもしれない。


 いや、そんな場合じゃない。

 もし、ネルまで冥婚に巻き込まれたら……。


 見なくては! 

 ネルの安全の為に、もう一度。


 俺はネルから貰った目薬を左目に差すと、気合を入れる為、自分の頬を叩いた。


「よしっ!」


 俺は再び会場内を見ると、そこではやはり、新婦は新郎を喰らっているのだが、周囲に興味は一切示しておらず、ネルにもギメイさんの存在も無視している。

 喰うのは連れて行く相方、つがいだけなのか。それが結婚した責任なのか。


「っ! 限界だ」


 視線を切って、裏手に戻る。

 裏手の何もない無地の壁に癒される日が来るんてな。

 

「はぁはぁ、この調子ならネルは無事か」


 床に直接座り体力と精神力の回復に努める。


「ここで、女性陣にクジを引いてもらいます。当たった1名には神原ネル先生のサインと新婦からブーケが贈られます。先生のサインはもちろん、ブーケは受け取ると次に結婚出来ると言われてますから、是非女性陣は欲しい所ですね」


 次の結婚?

 俺はその女性陣の中に4体の人形もいることを思い出し、再びレストランの中へと目を向ける。


 クジは番号になっているみたいですでに配られていた。

 人形の前にもそれぞれ、10、11、12、13の番号が割り振られていた。


 そして、ギメイさんがボックスの中からクジを引く。


「クジは13番の方です! おっ!! そこのピンク髪のお嬢さんですね! おめでとうございます」


 おぉい! 絶対仕組んだだろ! そうだよな。もともとネルに理想の女性を聞いてたし、確実に出来レース。


 その瞬間、ネル好みのフィギュアに何かが降りて来た。どす黒いモヤのような何かが。

 そして、人形の中に入り込んだかと思うと、そのモヤは人形と同じ姿になり、宙を彷徨う。


「それでは神原先生からサインとブーケの贈呈をお願いします」


 ネルはニッコリとイケメンスマイルを浮かべ、サインとブーケをそのフィギュアの前に置く。

 ネルはどう思っているんだ? 内心異常、異様だと思っているのだろうか?

 輝くような笑顔。真っ白い歯と白くて艶やかな肌が光を反射し、本当に輝いている。


 うん。絶対、人形と結婚とか素晴らしい考えだ。とか思っていそう。


 そんなネルの背後から忍び寄る手。

 ガシッと強く肩を掴んだ手の持ち主は、この中でも一番の高齢でありそうな男性だった。


「神原先生。どうですかな。先生が次の結婚相手になるというのは?」


「オレですか? 良い相手がいれば是非っ!!」


「おおっ! そうですか。そうですか。ではそちらの女性、先生の理想の相手だと聞きましたが、どうですか? そやつは、名前はなんじゃったっけ?」


 受付にいた女性が耳打ちすると、


「おおっ! そうじゃった。そうじゃった。邦子くにこじゃったな」


「邦子さんですか? ふーん」


 ネルは美少女フィギュアをまじまじと見る。


 それと同時に美少女フィギュアの形になったモヤがまるで値踏みするようにネルの周りを飛び交う。


 なんなんだよ、あのモヤ! あれが邦子って人なのか?

 ということは生前はちゃんと人だっただんだろ。なんであんな禍々しくなれるんだ。

 怖い。怖すぎる!!

 もう、絶対俺はこの裏手から出ないぞ!!

 出たくないから、ネル、結婚の話は断れ! 絶対断れ!!


 美少女フィギュアの形のそれは、ピンクの髪の隙間からニヤリと笑みを見せる。

 ネ、ネルを気に入ったのか!!

 そりゃそうか。もともとが人ならネルの綺麗な顔立ちに惹かれるのは当然だ。

 フィギュアの細い指がネルの首から胸へかけて妖艶に這っていく。

 豊満な胸を押し当てるように背後からぴたりとくっつき、顔が今にも頬にキスしそうな程近くに寄り添う。


 冥婚の相手、邦子からネルを断ることはなさそうだ。

 頼む、ネル断ってくれ!


「オレの理想って髪が長くて、目がくりっとしている娘なんですよ~。そういう意味ではすごく良いですよね」


 くっそ! 当然、ネルは乗り気だ。

 そうだよな。その為に来ていると言っても過言ではないんだもんな。

 このままだとネルもあの世に連れて行かれてしまう。

 なんとかしなくちゃ。


 怖い。

 足が震える。胃液が逆流してきて喉が焼ける。

 恐い。

 体全身が強張り、普段使わない筋肉が軒並み悲鳴をあげる。

 コワい。


 でも、なんとかしないと、いや、俺には、無理だ。

 怖すぎて、無理だ。無理無理ムリムリむりむり。


 というか、そもそも、なんでこんなとこで婚活しようとしてんだよ!

 散々な目に、俺があってるんだから! 少しは自重しろよな!!


 だんだん、恐怖は怒りに変わり、その矛先はネルへと。


 ネルを意識不明にして、結婚の話自体無しにしてやる!


 俺は会場に入ると、新郎に掴み掛かる。


「あんたは好きでこうしてるかもしれないけど、こんな結婚してんじゃねぇ!!」


 思いっきり、新郎の車いすを押し、ネルにぶつかるコースへ。

 渾身の力を込めて放った車いすは当たればタダでは済まないという速度で突き進む。

 このままならネルにぶつかって二人とも吹っ飛んでめでたしめでたしだ!

 

 そう思っていたのだが、


「おっと、危ないな」


 ギメイさんが、新郎の車いすを途中で止めて、ネルと激突することを防いだのだった。


「な、なにして……」


「いや、何してって、こっちのセリフなんだが。そんなことしたら危ないだろ」


 ギメイさんの言うことは正論だ。

 誰がどう見ても俺が悪い。

 この冥婚の真実を知らない人から見たら確実に。


 だけど、ギメイさんのニヤニヤと事の顛末を楽しんでいるような節があり、こいつ、本当は全て知っているんじゃないのかと思わせる。


 ネ、ネル……。


「いや~、確かに理想に近いけどさぁ、これって、石倉さんの造形のパクリかな。キャラ自体、宇宙解党少女ジョカちゃんにそっくりだし。で、仮にジョカちゃんならそれはそれでいいんだけど、微妙に顔が違うし、そもそもこの服装は本編には出て来ない服で変身前の顔に変身後の衣装っていうアンバランスな構成にあえて石倉さんは挑戦していて、あの作品からは力尽きそうでも戦うジョカちゃんの儚さと意思の強さが見てとれたけど、これは薄っぺらいなんの信念もなく――――」


 えっと、それからネルの講釈が延々続き、最終的に要約すると、


「この作品には魂がこもっていない!! こんなのがオレの理想の娘だと思われるのは心外だっ!!」


 魂は別の意味ではめっちゃ入っているんだけど。

 そして、そのネルのオタク特有の早口の熱弁に美少女フィギュアのモヤも若干引き気味だ。

 ピタリと寄り添っていたネルから離れている。

 殴ったらどこかに飛んで行きそうなんだが……。


 未だに怖いし、とりあえず殴ってみる。


 大した感触もなく、そのモヤは雲散霧消うんさんむしょうしたのだった。


「え、ええ……」


 誰もが俺と同じ感想を抱いたようで、一様に同じような呆れたような驚愕したような複雑な表情を浮かべていたのだった。


 


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