第25話「冥婚の二次会 その3」

 ネルもギメイさんも結局周囲にいない。

 下手に動き回るのもはばかられ、俺は引き続きその場からカフェレストランの内部を見てみる。


 レストランの中は例の人形4体以外は普通で、バイキング形式でそれぞれ思い思いに料理が取れるようになっている。

 美味しそうな洋食が並び、チラチラと視線を向けている人もおり、主役の登場を今か今かと待ち構えている。


 入口がざわざわと騒がしくなる。

 これはとうとう新郎新婦の登場かと思って、レストランに入ってくるところを見守ると、まず、新郎が入店してきたのだが。


 その顔には覇気というものが全くない。


 幸せの絶頂のはずの結婚式にそんなことあるのか!?


 新郎は足取りもおぼつかず、一歩踏み出したところで、力なくその場に崩れ落ちた。


「だ、大丈夫なのか」


 駆け寄るかどうか悩んでいると、親族だろうか新郎より二回り以上は年が上の人々がそんな様子の新郎に慌てることなく、ニコニコとしている。

 

「だいぶ薫子かおるこさんに近づいたみたいだ。良きかな良きかな」


 その中でも、一番歳を召していそうな老人がしゃがれた声で笑みと共に歓喜の声をあげる。

 まるでこうなることを知っていたかのように車いすが用意され、慣れた手つきで周囲の人々によって乗せられる。


「ふむ、車いすがあると写真映え悪いな。おおっ、そうだ、そうだ。神原とかいうマンガ家が顔出しパネルを持って来てくれたそうだのぉ。おおっ、おおっ、良い出来じゃ。注文通りよ」


 座ったままでも顔出しパネルから顔だけ出せば、車いすも見えない。いたって健康に見えたまま写真が撮れるのか。

 ネルはこれを知っていて作ったのか?


 すると次にやって来た、いや運ばれて来たのは、蝋人形の花嫁だった。

 台車に椅子が乗せられ、そこにずっしりと座っているその新婦は、生きたままの人を蝋で固めたような精巧な出来に思わず生唾を飲む。


「これって、人形との結婚式なのか? そういう趣味なのか? いや、それにしては親族が難色を示していないから、そういう風習でもあるのか?」


 そんなことを考えていると、新婦もパネルの前に連れて行かされ、2人仲良く写真撮影が行われる。


 傍目から見たらネルの顔出しパネルのおかげで、健全な新婚夫婦に見えるが、片方は今にも倒れそうで、もう片方は蝋人形という異様な光景だ。


 写真撮影が終わると、カフェレストランの一番奥に用意された席へと座らさせられる。

 すると、どこからともなくギメイさんがマイクを持って現れ、


「皆様、本日は二次会への参加まことにありがとうございます。司会進行は不肖ながら、この私、円城寺が行わさせていただきます。それではまずは、新郎新婦から一言ずつどうぞ」


 ギメイさんはマイクを新郎に向ける。


「…………」


 無言のまま数秒。


「はい。ありがとうございます。ちょっとシャイなところも新郎のいいところでしょう! さて、次は新婦さま」


 新婦へとマイクを向ける。


「――――」


「はい。どうもどうも、お淑やかなところが新郎が惚れたとこだそうですよ!」


 お淑やかと言うか、何もしゃべっていないぞ。そもそも蝋人形がしゃべれる訳がない!


「さて、それでは皆様グラスの用意はお済ですか? それでは、乾杯の音頭を新郎からどうぞ」


「…………」


「はい、かんぱーい!! それではしばしご歓談を」


 ギメイさんは俺が控えるところへ戻ってくると、


「あれ? 神原先生はまだトイレ? 腹痛はらいたかな」


 あっけらかんとしつつ、ネルを探しているのだが、俺はそんなギメイさんを引っ張り、問い詰める。


「ちょっと、なんなんだ。この結婚式!」


「へ? 神原先生から聞いてない? なにも?」


 俺は首を縦に振る。


冥婚めいこんって知ってるか? 中国だと割とメジャーで日本でも山形県とかではあるんだけど」


「メイコン?」


 レンコンとかダイコンとかなら分かるがメイコンってなんだ?


「冥婚って言うのは死者と結婚する儀式のことだ。地域にもよるが、こうして人形と結婚式を行うところもある。ほら、人形には魂がこもりやすいって言うだろ」


 なるほど。合点がいった。つまりゲストとして行く代わりにかねてよりの理想、二次元の女の子と結婚するって目的を果たそうとしたのか。


「で、ネルの好みに合わせた人形も用意したってことか?」


「そうそう。理想の女性が髪が長くて、目がくりっとしていて、二次元にいるようなって言っていたから用意してもらったんだぜ。おっ、そろそろ時間だ。神原先生を紹介しなくちゃ。ちょっとトイレの方も探してくるわ」


 ギメイさんは裏手から立ち去った。


「死者との結婚か……」


 またなんて結婚式に呼ぶんだよ!

 ただ、今までと違って明確にバケモノとか幽霊がいないだけマシか。ギメイさんの話によればそこそこに普通の行事みたいだし。


 俺は再びレストラン内を見ると、


「うっぐぅ……」


 左目に激痛が走る。

 体全身が警鐘を鳴らす。

 これ以上、見てはいけないと。

 左目を手で覆って痛みに耐える。


「あ、ああ……」


 今までで最大の痛み。

 今にも意識を失いそうだ。

 なぜか手が自然と左目から離れる。


 わ、分かった。

 この左目の痛みは警告だ。

 見てはいけないものを見ないようにするための。

 そして、この左目は呪いだ。

 俺をこの世じゃない、どこかに引きづり込む呪いだ!


 見てはいけない。

 見ちゃダメだ。

 見るべきでない。

 見たくない。


 そんな思いを裏切るように、手は力なく落ち、見えないはずの左目が全容を映し出す。


「――っ!!」


 新婦である蝋人形の背後には、その蝋人形と瓜二つの女性が浮き出ている。

 その女性はまるで二次会の食事を楽しむように傍らにいる新郎に齧りついていた。

 先ほどまでは五体満足に見えていた新郎が今、俺の目には、足は喰いちぎられ、右腕も見えない。残った左手の指を、今、新婦がまるで手羽先を食べるかのようにしゃぶりながら口の中に入れていく。


 く、食われてる。

 肉が喰われている訳ではない。

 けれど、人間として決定的な何かが喰われている!

 

 死者との結婚。

 それって、もしかして、死んだ相手が相方となった人をあの世まで引きづり込んで死後に結婚するってことなのか!?


「あ、あぐ……」


 なんだかんだ、今まで見て来た怪異は明確な殺意や悪意はなかった。

 だから、見ていられたが、これはダメだ。

 こんな思いをするくらいなら……。


 先ほどまで、急に力が入らなかった腕に力が戻る。


 ゆっくりと右手を左目に。


 こんな左目なんて……。


 右手が眼球に触れる。


 こんな左目はっ!


 手に力が入る。


「おっと、何してるんだ万二? 疲れ目か?」


 ネルの言葉に俺の手は止まった。


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