第17話「寒村の蛇女房 その6」

 番頭さんは、旅館のロビーに戻ると、「それでは仕事に戻りますね」と途端に普通になり去って行く。

 俺はその変わり身の早さにポカンと呆けながら番頭さんの背を見送った。


 思わぬタイミングで時間が出来た。

 俺は売店で虫よけスプレーと蚊取り線香、それからライターを購入する。

 だいたい10分くらい経過してから部屋へと戻った。


 軽くノックしてから返事も待たずに部屋へと入る。


「川鉄さん、戻りました城条万二です」


「ああ、城条さんお帰りなさい。これとこれを」


 戻るなり俺にネルのクレジットカードとそれからバチェラーでネルが受け取っていた合格の証である『卵型の何か』、最後に紙で出来たお面を渡してくる。

 紙で出来たお面には、たぶんネルが書いたであろう蛇神様の顔が描かれており、これを着けたらこの村では人気が出そうではある。いらない人気だが。


「これをどうするんです?」


「それをつけて城条さんがバチェラーに参加してください」


「へっ?」


 上手く聞き取れなかったのかな? それとも聞き間違い?

 事故の後遺症が耳にまで出たかな?


「えっと、どういうことですか?」


「それをつければ顔は分からないですよね。もしお面のことを聞かれたら蛇女房さんのお面が素敵だったからと言えばいいでしょう」


「いや、そもそも俺とネルじゃ体格も違いますし声も!」


「大丈夫です。そもそも替え玉がダメだとは一言も書かれていませんでしたし、バレて咎められるようなら、失格ですね。でいいですし、そのまま続行されれば嫌われる行動を取ってください。あとは先日までの神原先生を見るに金遣いが荒かったのでしょうから、こちらのクレジットカードをちらつかせていれば大丈夫ですよ」


「そんな無茶な! というか体格だけなら川鉄さんの方が近いじゃないですかっ!!」


「いえ、私にはここで神原先生に原稿を書いてもらうという仕事がありますから。それだけは譲れません」


「うぐっ」


 有無を言わさぬ圧力に俺は応じるしかなかった。


 そうして、少しでも体格と服のセンスをごまかす為に浴衣姿に再度着替え、顔に紙の面を着ける。

 袖口にはいつでも取り出せるようにクレジットカードと卵型の何かを忍ばせた。

 ついでにこのクレジットカードこれ以上使えないように先ほど川鉄さんがカード会社の方へ連絡を入れたらしい。つまり完全なるデコイだ。


 覚悟を決めて、俺はバチェラーの会場に赴いた。


               ※


 バレてもいいのだが、バレたらどうしようと変に緊張する。

 袖に入れた卵型の何かはスポンジのようで、緊張を和らげる為についふみふみと揉んでしまう。

 揉むとレモンのような柑橘系の匂いがするのも緊張を和らげてくれて助かる。


 公民館の少し前の木陰で紙のお面をつけてから向かう。

 こんな格好でも公民館の人は、特に何も言わず、3階の会場へ通してくれた。


 反応が無さすぎる!!

 これは、もしかして毎回一人くらいは媚び目的でこういう格好しているのか?

 

 自分で考えた訳ではないが、変な気恥ずかしさがある。

 ええぇい! ここまで来たら、なるがままよっ!


 3階のホールの扉を開けて中へと飛び込んだ。


「えっと、あなたは?」


 スタッフの戸惑いの声に、俺は声が分からないようにボソボソっと、「神原ネルです」と答える。

 声も違うし、顔も見えないし、というか、そもそもここで顔確認とかされたらどうするんだ。俺ならこんな怪しい奴、確実に顔を見て確認するねっ!


「あ、神原さまですか。そうですよね。職業マンガ家とありましたものね。そのお上手な絵も納得ですぅ。それでは通過者の証のたまごを回収させていただきますね」


 俺はたまご型のスポンジを手渡す。


「では、そちらの会場にお進みください」


 えっと、すんなり参加出来ちゃったよ!

 いや、別に婚活だからそんな物々しい警備とかは要らないけど、ほら、最低限身元確認はした方がいいんじゃないかなぁ。

 今回はそのザルな本人確認のおかげで助かったけれど。


 そのまま手持無沙汰に、壁際で待っているとぞくぞくと他の参加者たちも集まって来た。


 参加者はネルこと俺を含めて5人。

 この5人の中でいかに最下位になり失格させられるかが勝負だ。


 骨のありそうなヤツがいると楽に負けられるんだけどな。

 俺は集まった他4人の参加者を見る。


 一人はいかにも金持ちそうなおっさん。というか初老。50代半ばってところだ。どこかの町の名士かもしれないな。なんというか50代であんな若い女性に婚活しているにしては余裕が感じられる。

 財力なら負けるだろう。


 二人目は、精悍な青年だ。体付きもいい。あの筋肉の感じからたぶん消防士とかだろう。この村の出身かもしれないな。

 体力勝負なら自然に手を抜けば負けられそうだ。

 

 三人目は、そこそこのルックス。ネルがいなければ断トツでイケメンだっただろうに。なんというかすでに自信を無くしているのか、肩が落ちている。

 ここに負けるのはなかなか大変かもしれん。


 最後四人目は、他の人たちとは毛色が違うな。幾多の危機を乗り越えて来たって感じの変な自信にあふれている。そして、あの周囲を観察するような目。今の俺と同じ目をしている。

 たぶん、この人の目的は婚活以外にある気がする。


 そんな風に周囲を観察していると、四人目の男が俺の方へ近づいて来た。


「あんた、完全に別人だろ。なんの目的で来たんだ?」


「だよな。普通バレるよな。他の奴らは目が見えないのか? 節穴過ぎるだろ」


 俺の言葉に、四人目はふっと肩をすくめて、こう言った。


「恋は盲目と言うだろ。それにここじゃ、正常な精神をしている方が珍しいらしい。皆いつの間にか蛇神様ってのを讃え始めてるしな」


 まるでネルもそうだったと言わんばかりに馬鹿にしたような笑いを微かに浮かべる。


 こいつっ!

 怒りたくなる気持ちと同時にこいつが言っていることが正しいのも事実だ。


「そうだな。だから俺はさっさと失格して帰らせてもらう。それが目的だ」


 多少つっけんどんな対応になるが、怒りを抑えたんだ。むしろ褒めてほしいくらいだね。


「そうかい。そりゃ好都合。こっちは最後まで残って蛇女房の秘密を暴きたいんでね。あんたの替え玉元は大層なイケメンだったからな。あんなルックスでさらに金払いもいいとくりゃ、そりゃ皆諦めムードにもなるし、暴れたくもなるだろうさ」


「で、こっちの目的は話したぞ。そっちの目的は?」


「ああ、すまんね。まず、名前からだ。自分の名前は山田太郎だ」


 山田太郎? 完全に偽名だろ!!

 いや、偽名らし過ぎて逆に本名なのか?

 

 そんな俺の無駄な考えを知ってか知らずか、そのまま話を続ける。


「オカルト雑誌の記者をしている。まぁ、この村は色々ときな臭いことがありそうだからな。話題に事欠かないが、一番はやはり蛇女房だろ。今でこそバチェラーという現代風にアレンジしているが、ようはかぐや姫の時代からある男性の選別。それと生贄かな? ここの参加者は行方不明になる人が多いんだよ。本当になんの痕跡も無くいなくなるんだ。村ぐるみであったとしても難しいことだが、ここにはそれを可能にしている何かがあるのかもしれない。最高のネタだろ」


 下卑た笑みを浮かべているが、行方不明というのには心当たりがある。あの人型の樹木。もしあんな怪物が人間を襲っているのだとすれば……。


「あ、その……」


 伝えるべきかどうか悩んでいると、


「おっ、バチェラーが始まるぞ。今日から5日間掛けて、また一人脱落する」


「5日っ!? そんなに掛かるのかよ」


 5日間でどうにかして脱落しないとっ!!


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