第18話「寒村の蛇女房 その7」
1日目。
バチェラーで行うイベントは、なぜか蛇女房に付いているスタッフの女性とのおしゃべりだった。
いや、もう三週間目のはずだよな。約14日間何してたのっ!!
なんでも山田太郎に聞いたところ、最初の1週間はひたすら健康診断と面接だったという。
思いのほか参加者が多かったとのことで、健康面、精神面において健全なものをまずは選出するという名目だったらしい。
ついで次の1週間は、ひたすら蛇神様への愛を囁き、そして大量にして多額のグッズ販売だったという。
確かにネルのあの部屋を見れば納得だ。
で、ようやく今週になって、まずはお付きのスタッフとおしゃべりし、その後、蛇女房とのおしゃべり、その後、1日かけての2対2のデート。それがこの5日間のスケジュールだ。
最初のおしゃべりで一番良かった人だけ1対2のデートになるらしいが。
まぁ、これなら黙っていれば勝手に好感度落ちていくだろ。
今さら、初歩の初歩であるおしゃべりという名目に、少し安心しつつ、順番を待つ。
「神原ネルさん。どうぞ。…………神原さん? あれ? 神原さーん」
つんっと山田太郎から肘でつつかれ、何事かと思ったが、そうだった。今は俺が神原ネルだったんだ。
俺は慌てて、ネルの名前を呼ぶスタッフの女性のもとへ駆けつけた。
「……すみません」
小声でそれだけ言うと、スタッフの女性は、ホール内に作られたパーテーションで仕切られた場所を指し示す。
俺は大人しく指示に従い、パーテーションの内側へ。
そこにはお茶でもするような一本足の白いテーブルと同じく白い椅子が二脚。
すんごいオシャレで果たして俺なんかが座って壊れないか心配だ。
ゆっくりと椅子に腰を降ろすと、向かいにスタッフの女性が座る。
こうしてまじまじと見てみるとスタッフの女性も可愛らしい顔をしている。
「こうしてお話するのは初めてですね。蛇女房さんの印象はどうですか?」
「…………別に」
ここは替え玉がバレないようにするため、そして印象が悪くなるようにするため、ほぼ無言。必要最低限しか喋らないで乗り切ってやるっ!!
「そうですか、あたしも今彼氏がいないんで、こうして蛇女房さんに男性が多く集まるのは嫉妬しちゃいます」
「…………そう」
「あの、あたしとのおしゃべりは楽しくないですか?」
「…………普通」
そうして相手に申し訳ないと、心の中で100回は謝りつつ時間いっぱい無愛想に切り抜ける。
こ、これは精神的にかなり来るな。
まぁ、これで評価は最悪だろうけど。
二日目。
ホールへ向かうと、ステージにはあの黄金の蛇神様の像とその横に蛇女房が座る椅子が設置されていた。前回と違うのはその椅子の横に先日の白い椅子も置かれていたことだ。
全員が揃ったあと悠々と蛇女房は現れ、参加者は一人を残して外へ。
各人、30分から一時間程時間を要して交代していく。
順番をどうやって決めているのか不明だが、この日は俺が最後に呼ばれた。
ホールに入ると、蛇女房は顔は依然として見えないが、そのスタイルとゆらゆらと艶めかしく揺れる赤髪、そして、それらを内包した立ち姿から妖艶な気配を醸し出す。
宗教染みた行為さえなかったら、俺も落ちていたかもしれないな。
「こんにちは神原さん」
清流のように透き通った声。
今までも姿は見ていたが、声はスタッフに耳打ちする微かな声しか聴いたことがなかったが、これは声だけで恋に落ちても不思議ではないな。
「立っていないで、こちらにお座りになって。わたくし、あなたに興味がありますの」
顔が見えないがたぶん美人の女性にそういう風に言われて嬉しくない男はいないだろう。
俺は面の下でついにやけそうになるのを我慢して、蛇女房の隣の席へ腰を降ろす。
「神原さんは玉子ってお嫌い?」
ん? いきなりなんの質問だ?
「…………別に」
俺はテンプレのようなそっけない態度を見せる。
「そう、嫌いじゃないのね。安心したわ。ほら、夫婦になるなら、食の好みは重要でしょ?」
まぁ、確かにそうだな。
「でも、それならなんで玉子を食べてないの?」
「…………いや」
俺もまったく食べていない訳ではないが、ネルのあんな様子を見たらヤバイ薬でも入ってるんじゃと神経質になり控えるのは当然だろう。
「それなら、これ、わたくしが作った、たまごボーロ。良かったら食べてくださらない?」
たまごボーロをひとつ、その細い指でつまみ、俺の口元へ近づけて来る。
あ、圧が強いんだって!!
完全に何かあるじゃんっ!! もう玉子ボーロが毒の入ったカプセルにしか見えないぞ!!
普通に食べるやつなんて……、いや、ネルなら喜々として食べそうだけどっ!
俺に食べさせたかったら後頭部を鉄パイプか何かでぶん殴って気絶してる間とかじゃなきゃ!
けど、この状況、いつまでも続ける訳にはいかないな。体を後ろに下げるのにも限界がある。
俺は体の下げ過ぎで椅子を倒し、そのまま立ち上がる。
「なぜ、お逃げになるの?」
蛇女房も立ち上がり、たまごボーロを口へと押し付けてくる。
どうする? 恐ろしいという理由だけで女性に手を挙げる訳にもいかないし。
何か、何かないか!?
そのとき、見えない左側の手に何かが当る。
良し、とりあえず、これを倒して気を逸らした隙にどうにかしよう!
――バァダンッ!!
勢いよく倒れたそれ、そして、丁度一歩さらに踏み出そうとしていた蛇女房は不運にもそれを踏みつけてしまった。
「あ、あ、あ、う、嘘よ。そんな。蛇神様。ああああっ!! よくもわたくしに蛇神様を踏ませたわねっ!!」
蛇女房は激怒した。
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