第16話「寒村の蛇女房 その5」
「えー、さて、どうしたら目が覚めると思いますか?」
真顔だ。死んだ魚の目よりもその瞳がドス黒い。
絶対、何人か殺してるよこの人!
川鉄さんの圧に当てられて、なぜか俺と番頭さんは部屋の中で正座を自主的にしてしまっている。
まったく関係ないんだけど。俺らこれっぽっちも悪くないんだけど、なんだか、責められている気分にっ。
「あ、あの、この環境が悪いと思うので、バチェラーを辞退して家に帰りませんか?」
肩を狭めながらおずおずと手を挙げて意見を述べる。
「ええ、実に良い案です。私も先ほどそれは思いついたのですよ。それで、途中退場は何か罰則がないかと調べたらですね。やはりあるんですよ、これが」
川鉄さんは携帯の画面を見ながら、罰則を読み上げる。
『失格以外でバチェラーを途中で抜け出す場合には罰金500万円お支払いいただきます』
「神原先生の今後を考えれば500万くらい安いものですが、私の一存では決めかねますし、やる気の神原先生はご自分ではこんな金額出さないでしょう」
もちろん無職の俺にも出せる金額ではない。
「と、いう訳で、神原先生を失格に追い込みましょう! もちろん協力してくれますよね」
もともといかに川鉄さんを仲間に引き込むか考えていたくらいだ。まさしく渡りに船。俺は二つ返事で了承した。
「うう~ん。ここは? …………。知らない天井だ」
ちょうど話がついたところで、タイミングよくネルが起きだした。
「えっと、確か漫画を書いていて、そのあと、寝落ちしちゃったのかな……。めちゃくちゃ書いた気がするんだけど、たぶん夢オチだよな。…………って、なんで皆居るんだ! しかも勝手に! いや、川鉄さんが勝手に入ってるのはいつものことだけど、なんで万二までっ!?」
寝ぼけ眼で髪がぼさぼさでも、しっかりイケメンに見えるのは卑怯だと思いつつも、なんとなくいつもと変わらない雰囲気のネルに胸を撫でおろす。
「ふむ、どうやら意識はしっかりしているみたいですね。では原稿の件を問い詰めてもよろしいですね」
「えっと、なんのこと?」
ドンッと大きな音を立てて、テーブルの上にぐしゃぐしゃの原稿が置かれる。
「もしかして、オレが書いたやつ? なんでぐしゃぐしゃなの?」
「クリアな頭で読めば分かります」
言われるがまま、読み始めたネルは数ページで顔をしかめた。
「これ、もしかして、オレが書いたの? いや、深夜のテンションでもこれはないでしょ」
ハハハッとバカにしたような笑いを浮かべる。
どうやら創作の方面においても頭はしっかりしたようだ。
「ええ、そう言ってもらえて安心しました。そうでなければ病院に送るところでしたからね。今月号は作者体調不良のため休載も止む無しかと」
「あ、でも、こういうどこかの神様を崇め奉る話は面白そうだから、次のシーズンはそれを軸に書いてみようかな」
「それでしたら、賛成です。で、今回のネームですが――」
「あ、その前に少し、そのサンドイッチ貰っていい? お腹減っちゃって」
「そうでした。その為にもらって来たんでしたね」
川鉄さんはネルにサンドイッチを手渡す。
ネルも受け取ると、ここの玉子、美味しいんだよね。と言ってもきゅもきゅと頬張りだした。
1つ2つと一瞬で食べ、3つめを手にしたころには、目は虚ろになっており、一心不乱にサンドイッチに噛みつく。それこそゾンビのような様相だ。
「川鉄さん、これは……」
俺と川鉄さんはすぐに番頭に向き直り、どういうことか問い詰める。
「し、知りません。知りません。知りません。知りません。知りません。知りません。知りません。知りません。知りません。知りません。知りません。知りません」
ひたすらに『知りません』の一本調子で、先ほどまでしっかり会話出来ていたはずなのに、急にロボットのようになる。
「蛇神様バンザーイ!! 素晴らしい蛇神様のお役に立てるよう。そして蛇神様の伴侶になれるよう今日も誠心誠意頑張りますっ!!
ああっ! 蛇神様を描きたい! あれ? あれれ? そこにあるのはペン? ペンだぁ!! オレのペン!! Gペン!!」
先ほどとはまるで別人のように取り乱し、にゅるにゅると地を這ってテーブルへ、そして、舌を出したりしまったりしながら、原稿用紙に半身蛇半身人間の蛇神様を描いていく。
500万がどうとか言っている場合ではないのではないか!!
すぐに逃げないと!!
俺は無理矢理にでもネルを連れ出そうと一歩踏み出すと、その足を川鉄さんに止められた。
「無理矢理は最後の手段ですね。ここは私に案があります。そこの番頭さんを連れ出して、10分後にまたこの部屋で会いましょう」
番頭さんを連れ出すということは、見られたくない何かをするということだな。
たぶん、えげつないことをしそうだけど、今の俺に出来そうなのはネルを殴ってでも連れ帰ること。それ以外に作戦があるなら、まずそれを試してみようじゃないのっ!
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