第13話「寒村の蛇女房 その2」

 蛇女房と思しき女性はスタイルや佇まい。つまり顔以外だけで言えば絶世の美女と呼んでも差し支えないだろう。

 そんな女性の妖艶さに当てられたのか、蛇女房が出てくると、6人の男たちは熱狂した。


「なんというか異様ですね」 


 紙の面で隠れた女性もそうだが、まるでアイドルでも現れたかのような熱狂具合、それに目が虚ろな人物も見られるのは明らかにオカシイ。オカシイのだけど……。


「これは始末の悪いことに」


「はい。そうですよね」


 川鉄さんも俺とほとんど同じことを思ったようで、


「ネルの好きそうな女性だ」

「神原先生の好きそうな女性です」


 同時に同じ趣旨のことを告げた。


 ん? いや、待てよ。あの女性、かなり奇抜にして異様ではあるものの、これまでの婚活を考えればちゃんとした生身の人間な分、かなりまともなんじゃないか。

 俺の判断基準も大概だがこれまでのことを思えば、まともだと思っても仕方ないと思うんだ。

 この婚活が上手く行けば、おじさん、おばさんも喜びそうだし。


 そうなると、目下の障害は……。

 自然と編集の川鉄さんへと視線が動く。


 今回は色んな意味で大変そうだけど、これまでに比べればなんてことはない。

 物理で解決できるなら、これくらい大丈夫だ。俺は川鉄さんを倒し、ネルの婚活を今回こそ成功させて見せるっ!

 頑張れよ、ネルっ!! 今回は俺はお前の味方――あああああっ!


「さぁ、蛇神様のネックレス10万円っ!! こんなオシャレなアイテムを持っていれば蛇女房さんもコロリと惚れちゃうよぉ!!」


「おおっ!! 買います!! 買いますっ!!」


 札束を投げ捨てるように掲げる男たち。もちろん、その中にはネルも居た。

 おぉいっ!! 霊感商法、あ、いや、この場合はハニートラップか。じゃねぇかっ!!

 ダメだ。ダメだ! これは下手したら幽霊よりマズいだろっ!!

 早急にネルを脱落させて帰らせないとっ!!


 ネルに協力するという固い意思は砂の牙城のように脆くも崩れ去り、すぐさまネルを無事に連れて帰るというものに変わった。


 そうしているうちにネックレスの販売が終わったようであった。

 さらに、蛇女房の女性はスタッフから籐の籠を渡される。

 

 すらりとした指で、その籠の中から白くて丸いものを取り出す。

 スタッフさんより、「この卵を渡された方はバチェラー勝ち抜けになります。渡されなかった1名が失格となります。尚、卵は明日回収させていただきますので皆様無くさないよう大事にお持ちください」とのアナウンスで、それが卵であることが判明する。

 いや、割れたらどうするんだ? と思ってじっくり見つめていると、どうやらスポンジで出来ているようで落としても安全な設計になっていた。


 ひとりひとり蛇女房から渡されていく中、ネルももちろん渡される。

 渡されなかったのは、ネルの前に蛇神様とやらになにやら叫んでいた男だ。


「くそっ! 結局金で落とすやつ決めてるんだろっ!! こんなイベントなんてっ!!」


 そう言いながら蛇女房の元へ拳を固めながら突進していく。


 おいおい、逆切れかよっ!

 助けに行かないとっ!

 そう思った刹那、ネルが庇うように前に出る。


「あのバカっ! お前はどちらかと言えば庇われる方だろうがっ!!」


 俺が助けに走るのと同時に、横からすっと影が過ぎる。


「うちのマンガ家に傷をつけないでもらいたい」


 俺よりも早い速度で駆け抜ける川鉄さんは、暴れる男性をも抜き去りネルとの間に入り、見事、その顔面に拳を喰らった。


「え、ええっ!」


 格好良く躍り出たのに喰らうのかよっ!!

 キレイに顎に入ってしまったのか、そのまま床に倒れる。

 だけど――。


 川鉄さんのおかげで男に追いつく時間が出来たっ!

 俺は男の首根っこを力任せに引っ張って、バランスを崩してから、そのまま足を払い床へと叩きつけた。


「ぐべっ」とカエルが潰れたみたいな声をあげ、男は意識を失った。


「あ、つい、やり過ぎたか」


 ネルが狙われていたせいか、俺も軽くパニックだったのだろう。つい力加減を間違えてしまったけど、まぁ暴れるようなヤツだし、これくらいはいいか。


「ふふっ」


 どこからともなく笑い声が聞こえた気がしたけど、気のせいか?

 いや、それより今はネルと川鉄さんだ!


 今の今まで俺たちの来訪に気づいていなかったのか、ネルは目をパチパチとしばたかせていた。なんとか口にしたのは、


「万二、なんでここに? いや、そもそも、なんで川鉄さんがここにっ!?」


 そして訪れる沈黙。首から下げているネックレス3本だけがじゃらじゃらと小刻みに音を立てる。


「あっ!! し、し、し、し、し、し、し、し」


「おい。落ち着け。なんだ、死ぬって言いたいのか? それとも締め切り?」


「や、やめてくれっ! 今だけは締め切りのことは忘れさせてくれ……、いや、忘れたら死が待ってるから、ダメだ。逃げちゃダメだ。なんでオレ締め切りのこと忘れてたんだろう」


 いつも明るく悩みなんて無さそうなネルだが、このときばかりは文字通り頭を抱えていた。


                ※


 暴れた男は村の駐在さんに連れられていき、そちらはひと段落。

 取り押さえた俺たちも歓迎され、礼として村の宿泊施設にタダで泊まらせてもらえることとなった。


「編目村は都会から来た人には何もないかもしれないけど、料理と温泉だけは自慢なんですよ」


 部屋を案内してくれた番頭さんの言葉。

 確かに、夕食は美味しかった。なぜか玉子料理がメインで、厚焼き玉子に茶碗蒸し、玉子スープにホウレン草と玉子を炒ったものに、玉子丼という徹底ぶり。

 

 満腹になった俺はもうひとつの自慢である温泉向かう。

 暖簾をかき分けて入ると、まずデカデカと夜10時以降の入浴を禁ずると書かれていた。

 その時間に清掃するのかな。こういうところだと普段は朝風呂はシャワーで済ますけどゆっくり湯船に入りたくなっちゃうからな。朝は清掃しづらいのだろう。


 ゆっくりと露天風呂を堪能。

 42度くらいの熱めのお湯が疲れた体に染みわたる。

 

「はぁ、いい湯だ。こんないい湯なのに、二人とも入れないのは悲しいなぁ」


 川鉄さんは部屋でダウン。

 ネルは部屋で修羅場。


 折角の温泉でもそんな状態では入れないだろう。ということで俺一人で堪能する訳だが、ああ、気持ちいい、きもちいい……。


 弾丸旅行だった為、急に疲れがどっと出てきて、いつの間にか瞼が落ちて――。


 


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