第12話「寒村の蛇女房 その1」
川鉄さんの社有車で揺られること約3時間。
ありえない速さでバチェラーをやっているという街へとたどり着く。
が、その代償として、よろよろと車から降りると、俺は深く深呼吸をした。
し、死ぬかと思った。
自衛隊の訓練をしてなかったら、フランスのタクシーよろしく完全に口からキラキラのモザイクが掛かるのを出していたところだ。
普通、7時間くらいの道のりなのにノンストップだし、速度やばいし。
車自体はどこにでもある営業車。白くて面長な車体は荷物を多くいれたり車内での活動を快適にしたりという想定で設計されている。
にも関わらず、そのスペースの大部分が謎の機械に占領されており、途中で川鉄さんがスイッチを入れたらうなりを上げて、車がスピードアップした。それこそ絶対法廷速度を超えていた気がするんだけど、メーターは60のところでピタリと止まって動かなかった。絶対やばい改造をしていそうなんだけど、聞いてはいけないと本能が訴えている。
これが編集者って仕事なのか。ネルが
そして、もうひとつ辛かったのが、道中ずっと沈黙だったことだな。こちらから話しかけてもイエスかノーしか言わん。
ありえない速度で運転しているからって言うのもあっただろうけど、会話がないまま3時間は辛かった。
すでに折れかけた心で、ようやくついた街を見てみる。
「こりゃ、街っていうか、村だな」
思わず声に出して呟く。事実、入口には『
せいぜい3階建てが一番高い建物というくらい建造物が無く、家自体もまばらだ。
深呼吸する空気が美味しいと感じるのは緑豊かなせいだろう。さらさらと流れる渓流もキャンプ目的ならば素晴らしい景観――。
ん? 今何か黒いものが動いたような。
川に目を凝らすが、水が流れているだけで、他に黒いものが動いている様子はなかった。
見間違えか?
いや、でもイヤな予感がするし、ここには近づかないほうがいいかな。
その場から逃げるように車に戻ると、
「会場はこちらのようですね」
俺が深呼吸して、周囲を見ている間に川鉄さんはバチェラーの会場を探し出したようで、近くに車を停めると、すたすたと迷いのない早い足取りで進んで行く。
「会場って完全に公民館ですね」
公民館の受付の人によると、村唯一の3階建ての建物にして唯一ホールになりそうな場所がここしかないらしい。
入口の黒板には『10時~ バチェラー御一行様 3階ホール』とチョークで書かれている。
見学も可能なようなので、俺たちはそろって階段を上がって3階へ。
そこには無機質なステンレス製の扉が離れて2枚。
中からは、外にまで響く様な大声が聞こえてくる。
「な、なにか、絶叫している? えっ、こわっ」
俺がこれから狂気的な風景を見る羽目になるんじゃないかと警戒していると、川鉄さんは何の躊躇もなく、扉に手をかけた。
ゆっくりと開くと、中からの声が鮮明に聞こえてくる。
「ああっ!! 蛇神様っ!! 素晴らしいっ!! すごいっ!! カッコイイっ!!」
うわ~、もう嫌な予感しかしないんだが。
そのまま中へ入ると、3階全てを使ったであろうホールは小さな体育館くらいの広さがあり、全面白い、公民館にはありがちな仕様となっていた。
ただ一カ所を覗いて。
ホールの前には一段高くステージ状になっており、そこにまるで王様でも座るかのような椅子。その周囲には赤いバラの花束やホンモノかどうかわからないが、金銀で出来た装飾品が並ぶ。
一番目を引くのは、椅子の隣に設置された台座、その上に黄金の像。上半身は女性で下半身は蛇のようになっている独特の細工だ。
どうやら先ほどの叫びは、あの像に向かって言っていたらしく、今も男性がその前で膝をついている。
その男以外に、後ろに5人控えているがその中に特別イケメンなヤツがいるんだけど。もう、誰とは言わないけどさ。
男がひとしきり賛美の言葉を述べた後、次の男性が膝をつき、思い思いの賛美の言葉を述べる。
これはまるで――。
「これはまるで宗教ですね」
俺と同じことを思ったのか川鉄さんがメガネをくいっと上げながら呟く。
「これは早くネルを連れ戻さないとマズイですよね。宗教なんて、ヤバいじゃないですか」
同意を得ようとしたが、川鉄さんから返ってきたのは意外な言葉だった。
「いえ、別に宗教自体は構いません。宗教に入ることでやる気がアップするなら願ったりですし、同じ宗教の仲間が作品を買ってくれれば御の字です。ただ、宗教にかまけて作品の質やましてや掲載を落としたりでもしたら……」
この人、常に真顔なのがめっちゃ怖いんだけどっ!!
い、いや、それでも俺は幽霊の方が怖いと思うけどね。川鉄さんなら物理でなんとかなるかもしれないし……、いや、なるのか? この人、たぶん物理的にも結構強いよな。もしかしてネルが女性に襲われたときにたまたま一緒にいた人ってこの人じゃ?
そんなことを考えていると、どうやらネルの番が来たようで、像の前に片膝ついて座り、片手を胸に片手を像に向かって差し出し、まるでジュリエットに恋焦がれるロミオのような姿を見せる。
「おおっ、蛇神様よ。その偉大さは口では言い表せないほどです。豊穣と生命を司るその慈悲深さはどの神にも負けず我々を照らし、その聡明さはまるで時間を司るクロノスのように未来を存じ上げているかの所業。水を操るその権能は右に出る者はおらず、水龍、水神程度では言葉が足りません。それに、そのお姿も神々しく、かのミダス王の黄金よりも輝きを放っておられます。
蛇神様、どうかその海よりも深い御心でもってオレの愛を受け止めてください」
流石マンガ家、なんかよくわからんが詩的表現ってやつ? 他の人たちの『スゴイ』とか『さすが』とかという言葉より頭ひとつ抜けた表現だな。よくわからんけど。
「すごさがいまいち伝わらないので、45点くらいですかね」
いつの間にか採点する側に回ってた川鉄さんはノート片手に呟いている。というか今までの人のも採点していたのか?
そっと、ノートを覗き込むと、ネル以外の人は軒並み5~10点以内だった。
ネルで45点なら、これ50点満点なのでは?
次の人が是非50点以上を出すことを期待しながら見守ると、残念ながら11点。
50点の壁厚すぎだろっ!
そうして、この場にいた男性6人全員が賛辞を述べると、ステージ上に一人の女性がスタッフに手を引かれて現れた。
この人が、蛇女房なのか?
その女性の見た目はかなり色んな意味で強烈で、抜群のスタイルに燃える蛇のような長い赤髪、髪とマッチした真っ赤なドレス、それもウエディングドレスのように足元まですっかり隠れるくらい長い。足元はこれでもかと隠しているのに、上半身は肩まで開いていて白い肌がよく見える。なんだったら胸の谷間まで見えるくらいなのだが、男なら正直見入ってしまいそうな部位なのに顔が強烈過ぎて何も入って来ない。
というか顔かどうかも怪しいのだが――
その女性は顔に紙で出来た蛇顔を模したお面をつけていた。
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