【マッチング3】 寒村の蛇女房

第11話「バチェラーでマッチングしました」

 ――ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。


 いつまでも鳴りやまないインターホン。絶対に開けさせてやるという硬い意思を感じ取り、うんざりしながらも俺はしぶしぶ玄関へと向かう。


 こんな鬼ピンポンするのはネルくらいだろうと、なんの気もなしに扉を開けてしまうと、果たしてそこには見知ったイケメンの姿はなく、代わりに、ピシッとしたスーツに黒縁メガネ。マジメそうな印象を受けるハンサムな顔立ちの男性が立っていた。


 やばっ! なにかの勧誘かもっ!


 迂闊にもネルだと思い込んで開けてしまったのは悔やまれるが今からでも遅くはない。一度扉を閉めて、チェーンをつけてから開き直そう。


 ガッ!!


 扉を閉める直前に革靴が入り込む。

 このスマートさっ! こいつ、慣れてやがるっ!!


 相手の実力を目にし、思わず顔をあげると、黒縁メガネの男は冷静沈着に懐から名刺入れを取り出す。


「申し遅れました。わたくしこういうものです」


 渡された名刺には、『角読カクドク社 月刊ヤングベータ編集部 編集者 川鉄道夜かわてつ みちや


「編集? あれ、この出版社って確か、ネルのマンガが出ているところじゃ」


「はい。私が神原ネル先生の担当編集を務めさせていただいております、川鉄道夜と申します。それで、いきなりで不躾なのですが、こちらに神原先生はご在宅でしょうか?」


「いや、居ないですけど。何かあったんですか?」


 うっ、嫌な目だ。まるで真偽を見透かすような目。


「ふむ。嘘は言っていないようですね。では、先生の訪問先に心当たりはないですか?」


「ネルのやつ、家にいないんですか――、あ、いや、そう言えば、10日前かな、いや、もう少し前か。だいたい2週間くらい前に滋賀に行こうって誘われたんですよね。目的が婚活だったので、即答で断りましたけど」


「滋賀で婚活ですか……、他には何か? 例えば詳しい場所とか、婚活内容とか」


 まるで尋問のように問い詰めてくる川鉄さん。俺も拒否する理由はないから、当日の様子を思い出しながら答える。


「場所はちょっと覚えてないですけど、確か、バチェラーしに行くって言ってましたね」


「バチェラー? あのテレビの企画だかである一人の異性を数人で取り合う?」


「たぶん、そのバチェラーかと」


 川鉄さんは、「ふむ」と呟いてから、携帯を操作し、しばらくするとその画面を俺の方へ差し出した。


『真実の愛はどこにある? 最高の蛇女房を巡って過酷なバトルが今始まるっ!!』


「どうやら、参加締め切りは終わっているようですね。ちょうど場所も滋賀県のようですし、神原先生はこれに参加した可能性が高いですね。バチェラーをやっている期間は――」


 期間のところで川鉄さんの言葉が止まると共に凄まじい殺気が飛び交う。


「1か月間ですか。その間に締め切りが来ますが、どうするおつもりなんですかねぇ」


 怖っ! 睨んだだけで人を殺せそうなプレッシャー!!

 ここはひとつ、話題を逸らそう。


「ところで、この蛇女房ってなんなんですかね?」


「蛇女房ですか? 確か、鶴の恩返しの蛇版だったかと記憶していますが」


 さすが編集者、そういう物語への造詣は深いみたいだ。


「ところで、城条さん。蛇女房と言えば、最後は旦那と子供以外は洪水に巻き込まれるというラストなんですが、それになぞらえて水攻めなんかいいと思うんですけどね。飲ませるのと呼吸できなくさせるのどちらが神原先生にお似合いだと思いますか?」


 真顔で言うなっ! 怖すぎだろっ!!

 なんだその2択。何がとは言ってないけど完全に拷問のメニュー考えてるだろっ!!


 この編集者の圧によって俺が一歩後ろに下がると、


「あ、すみません。誤解ですよ。私たち編集は書かせるのが仕事です。その為に独房、あ、いえ、部屋に閉じ込めて書いてもらうことはしますけど、そんな拷問まがいなことはしませんよ。原稿を最終締め切りまでに出してくれれば」


 それって、最終締め切りってやつを過ぎたらされるってことだよな。


「本来でしたら、締め切り前に私が出向いて書かせるところなのですが、いつも優良進行の神原先生でしたので、今回も大丈夫かと思い他の受け持ちの先生を優先してしまいました」


 申し訳なさそうな表情を浮かべた川鉄さんは、少しの間無言で携帯を操作していたかと思うと、今度が軽く会釈しつつ手刀を作り電話を始める。


 手持無沙汰だ。革靴は相変わらず扉が閉まるのを邪魔しているせいで自由に行動もできない。


 ……そりゃ正直、ネルのことを助けてやりたい気持ちもあるにはある。

 だけど、あいつが行ってる婚活ってことは絶対何かあるよなぁ。

 蛇女房なんてあからさまな名前も出て来てるし。


 手持無沙汰ゆえにそんなことを考えていると、電話が終わったのか、川鉄さんが俺の方へ向き直る。


「予定を開けましたので、それでは先生を迎えに行きますよ」


「その言い方だと俺も一緒に行くみたいですけど?」


「ええ、その通りです。話が早くて助かります」


「んん? なぜ、そうなるんです? 川鉄さんが行って連れ帰れば充分では?」


 こほんと軽く咳払いをしてみせてからツラツラ理由を述べてくれた。


「それはですね。逃亡癖のある作家さんなら、北海道なり沖縄なり現地に行って捕まえれば済みますが、そういうことがほとんどない人が急に行ったときは実にデリケートな問題になるのですよ。例えるなら、逃げ出した動物園の動物なのです。警戒心も強いし、無理矢理捕獲するとその後、ストレスで体調を崩すのです。

そんなときに、ちょうど良く、気心しれた飼育員さんが優しく捕まえてくれれば、ストレスも少なく、すぐに仕事に復帰できますよね」


 にっこりとハンサムスマイルを見せる川鉄さんだが、その目の奥は一ミリも笑っておらず、それに対面している俺には一ミクロンも拒否権などないと雄弁に語っていた。


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