第9話「メリーさんの電話 その3」


「いや~、良い天気になってきたねぇ! メリーちゃんを迎えるには最高の日じゃないか!」


 着替え終わったネルは窓から外を清々しく見ている。


「天気は土砂降りだけどな」


 つい先ほどから急に大雨が降り出した。

 まるで俺の心の中のように雨風が吹き荒れており、雨粒が窓に当る音がうるさい。

 確かに都市伝説の怪異が登場するには最高だけどな。


 ネルは、まるでこれからお見合いのような格好だが、実際ネルからしたらお見合いと同じなのだろう。


 俺は普段通りのカジュアルな服のままな為、ネルに代わって料理の準備を受け持つ。


 自衛隊時代に取った杵柄で料理はそれなりにこなせるが、流石に時間もなく、今日はさっきデパートで買った料理を温めて出すだけだ。

 この日はネルの希望もあり献立はパーティらしく、からあげとフライドポテト。焼きそばにグラタンを調理。他には子供の好物の甘いお菓子やケーキも並べる。

 

 迎え入れる準備だけは万端になったそのとき、不意に左目に痛みが走った。


「痛っ! くそ。なんなんだ。この痛みは」


 目を押さえて耐えていると、


「おーい。万二。準備ありがとな。たぶんメリーさんの都市伝説は電話を掛けた人が対象だから、お前は大丈夫だと思うんだ。巻き込んで悪かったな」


 ――ヴヴヴヴヴヴヴウヴヴヴヴヴヴヴヴッ


 メリーさんからの電話。


 ネルは花束を抱え、天使のような笑みを浮かべながら、電話に出た。

 そんなネルに複雑な心境の俺、何か、何でもいいから言葉を掛けようと口をわずかに開いたその時――。


 パチパチパチ。


 部屋の電気が点滅する。


「わたし、メリーさん。いまあなたのうしろにいるの」



 豪雨で薄暗い中、室内は蛍光灯でその明るさを保っていたが。プツッと消え、影が帳を降ろす。


 しかし、そんな怪異現象に見舞われるなか。


「おっ! ちょうどいいね。メリーちゃんも来たみたいだし」


 ネルはケーキに花火を突き刺して、火を付ける。

 パチパチと火花を散らし煌めくケーキ。

 通常時ならば、お祝いムード満天のケーキに見えるのだが。


「この状況に動じないお前が怖いよっ!」


 そんな言葉にも動じず、ケーキと花束、そして携帯を器用に持ちながら、ネルは振り返ろうとした。


「いや、待て待て待て!! まだ降り返るなっ! 振り返るのは俺が先だっ!!」


 無理矢理ケーキを奪って、花火の明かりを頼りに振り返ると、

 左目の痛みがより一層強くなる。


「あっ……」


 目の前には長い金髪にワンピース。透明感のある肌の小さな女の子。


 こんな子が怪異なのか?

 特に悪い子には見えな――。


 俺が油断していると、メリーさんは、「わたしの人形、返せっ!!」


 ドスの聞いた声で包丁を振りかざす。

 その包丁の向かう先は俺ではなく、ネル!


 なんとかしてネルを助けなくては! 思考が巡るが、解決策は思いつかない。どうすんの。この状況。どうにかしないとっ!


 いや、そんなん無理、いや、無理無理ムリムリむりむりむりっ! ブチッ!


「ああっ! オラッ! ネルはそっち行っとけっ! んで、子供が刃物振り回すなっ!!」


 ネルを蹴飛ばして、それからメリーさんの包丁を持つ手の位置に手刀を繰り出したのだが――、しかし。

 その手は空を切り、いつの間にか持っていたケーキも手から無くなっている。


 反射的に料理が並ぶテーブルを見ると、そこにメリーさんが立っている。


 そのメリーさんはケーキをテーブルに置くと、包丁でキレイに8等分に切り分け、置いてあったフォークで食べ始める。


「あま~い!! んん~~」


 さらに甘いお菓子や料理もも順番に口の中に消えていき、最後にデカデカとした箱に興味を示す。

 その箱を興味深そうに見て回る姿は、移動しているはずなのに足は一切動いておらず、まるで瞬間移動でもしているかのようにいつの間にか移動していた。


「そ、その箱は、ネルがあんたにプレゼントする予定のものだ」


 長い金髪で表情は見えないが、口角がギギギっと油の切れたおもちゃのようにぎこちなく上がる。


 メリーさんが箱に触れるといつの間にか切り刻まれており、その中から現れたのはファンシーな色の甘ロリドレスは無事だった。

 

 一瞬動きを止めたメリーさん。どう見ても戸惑っている。

 そりゃそうだろう。さすがに子供っぽ過ぎるし、色も派手だ。

 顔はイケメンだが、所詮ネルも俺と同じ女性経験のない奴だ。流石にプレゼント選びまではイケメンたり得なかったようだな。

 そう思っていたのだが。メリーさんの口からは。


「……うれしい」


 本当に微かな声。

 外の雨音にかき消されてしまいそうな程か細い声でそう呟いたのだ。


 そして、次の瞬間にはピンクの甘ロリ姿になっていた。

 

 ま、まさか、気に入ったのか!? お前、成人女性なんだろ?

 こいつらの感覚がマジで分からん!

 ネルとメリーさんはベストカップルなのでは?


 そんなことを考えていると、いつの間にかメリーさんは俺の目の前に立っていた。


「う、うわぁ!! ネ、ネル……、お、おいっ!」


 不意の出来事に思わず後ずさりながら親友に助けを求めるが、ネルは何がどうなったのか、壁に頭をついたままの姿勢でピクリとも動かず、周囲には花束の花が散らばり葬儀を思わせるかのようだ。

 くっ、メリーさんにいつの間にかやられたのか!? すでに、ネルはっ!!


「よくもネルをっ!!」


 恐怖と怒り、ぐちゃぐちゃな感情でメリーさんを睨みつける。


「わたしじゃない。あなたが蹴ったから」


「アナタガケッタカラ」というなぞの呪詛を吐きながら、メリーさんは近づく。

 その光景は白のワンピースよりはピンクのロリータドレスの方がいくらか怖さが緩和されていて、少しだけネルを褒めたい気持ちになるが、長い金髪や青白く細い四肢は依然として恐怖の対象だった。


「はじめて、祝われた。だから許してあげる。本当は人形はどうでも良かったの。わたし、友達がほしかったの。だから、こうしてパーティしてくれたから満足なの」


 最後に見せた笑顔はただのあどけない少女のようで、これでもう少し大きい女性だったら、もしかしたら俺の方が惚れていたかもしれないと思うほどだ。

 むしろ、ネルとメリーさんなら美男美女カップルでお似合いだったかもしれないな。



 いつの間にか部屋の電気が着き、あとには倒れたネル以外には他に誰もおらず、メリーさんの姿は綺麗さっぱり消えていたのだ。


「もしかして、夢でも見ていたのか?」


 疲れすぎとかそういう感じで、ネルがメリーさんの電話だって言って変なのを聞かせるから幻覚とか白昼夢でも見たのだろうか。

 いや、そうに決まってる。


「うんうん、なんだ。全部夢か、は、はははっ。は――」


 テーブルの上に置かれたケーキやお菓子ががっつりと減っており、確実に誰かいたことを思わせる。


 ギギギギッ――。


 無理矢理に首を別の方へ向け見なかったことにしたいっ!


 しかし、視線を動かした先には、見覚えのない包丁や金色の長い髪の毛など、確かに怪異と呼ばれるような存在が居た証明の数々に、俺の意識は飛んだ。

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