第2話「廃墟の女幽霊 その1」

 日も落ち始め、茜色に部屋の中が染まる頃になると再び携帯が鳴る。

 ネルが指定した時間ちょうどだ。

 ディスプレイにも神原ネルの文字。


 俺は電話に出ることなく、アパートの一室から出て駐車場へ向かう。


 まず目につくのは、ネルの愛車。ネルの趣味でなぜか愛車には名前を付けている。小学校の自転車から始まり、この車。計7代目らしく、確か名前は「ドライブ号」だったな。

 ドライブ号は軽自動車だが、かなりスポーティな見た目。泥跳ねもあまり目立たないベージュの車体にカッコイイからという理由だけでルーフが付いていたり、ナンバープレートがオリンピック仕様の白を基調としたものになっている。


 そして、そんなスポーティーな車の脇にはイケメンアスリートの名を欲しいままにするくらいじゃ足りないイケメンが車に手をかけ待ってる。

 ジャケットに襟付きシャツ、それにチノパンをモノクロでまとめたその立ち姿は、まるでその車の宣伝写真のようだ。並程度のモデルなら軽く凌駕する。


 ネルは俺の顔を見ると軽く微笑んでから助手席へと入って行く。

 俺も当然のように運転席へと入る。

 軽く癪なのだが、こいつより背が若干、本当に若干8cm程低い俺は座席の位置を少し前に出して、バックとサイドのミラーの位置も調整。


「それじゃ、運転任せるけど、そういえば片目でも大丈夫なんだっけ?」


「問題ない。周辺視野も計ったけど運転に支障はないって。それに徹夜明けのマンガ家よりは100倍俺の方が安全だろ」


「それは言えている。それじゃ、目的地はナビに入れてあるから、あとよろしく。着いたら起こしてくれ」


 ネルはシートベルトを締めると僅か1秒にも満たない時間で寝始めた。


「了解。安全運転で目的地に向かうよ……。そう言えば何時集合なんだ? 遅刻しちゃ相手に失礼だろうに……。まぁ、その辺はしっかりしてるし予定の時間より早くつくように出てるだろう」


 普段、遅刻をしないネルの性格を加味して、俺は気楽に車を出発させた。


                   ※


 順調に車は進み、ナビ通りに高速道路に入り、指定の場所で降りる。

 やけに緑の多い田舎だなと思いながらもなんとなく納得する自分がいた。


「こいつのことだから普通の女性じゃないんだろうな。こんな山奥っぽいからアーティストの婚活パーティとかかな? もしくは美醜逆転しているような村とかかな? 前者の確率の方が圧倒的に高いな」


 暇を持て余した結果、つい独り言を呟いてしまう。

 ナビはさきほど、「この先、道なりに10kmです」と言ったっきり音沙汰もなく、ネルも今まで一度も起きてこない。

 

 ドライブ号はその自慢の足周りを生かし山道をすいすいと駆けていく。

 運転の順調さとは裏腹に俺はだんだんと不安になってくる。

 

「本当にここであっているのか? さっきから建物はちらほらあるが、どれも人が住んでいるようには見えないし……、ああ、極めつけに、スゲー禍々しそうなトンネルがあるんだが……」


 トンネルというより暗渠あんきょという方が似合う古めかしいトンネル。

 禍々しいというのは俺の主観で、たぶんなんでもないという人もいるだろう。

 どこかの村みたいにトンネルが閉鎖されていたり立入禁止の看板がある訳でもないのだが、それでもどことなく気味が悪い。


 ネルを起こすか?

 一瞬、そんな考えがよぎったが、トンネルが気味が悪いというだけで起こしたら笑われる。確実に笑われるだろう。よってその案を却下し、俺はトンネルの中に車を進めた。


「…………」


 静かすぎるトンネル。

 周囲を間断なく見張るが特にこれと言って怪しいものはない。

 そして――。


「…………普通にトンネル抜けたな」


 本当に何事もなくトンネルを抜ける。

 さらに、山道は続く。


「本当にこんなところで婚活するのか?」


 ふと、ナビが別の場所を指し示し運転手を亡き者にしようとする怪談を思い出してしまう。


「いや、そんなバカな。でもこの道はオカシイだろ」


 先ほど道を案内してから何も言わないナビが急に恐ろしいもののように見える。

 ダメだ。限界だ。ネルを起こして本当にこの道であっているか聞こう!


 隣で呑気に寝息を立てているネルに手を伸ばしたその時――。


 明かりのついた家が見えた。

 こんな不便そうなところだけど、確かに人が住んでいるという事実に安堵し、手をハンドルへと戻す。


「目的地周辺につきました」


 果たしてナビは主人とその運転手を裏切ることなく目的地まで誘導を果たした。

 しかし、ナビのおかげで、ここが目的地だと分かるのだが、そこはどう見ても廃墟である。正確に言うならば廃ホテルだ。


「こいつ、なんで、こんなところに?」

 

 いよいよもって、ここが婚活会場であるならばこの友人の方に怖さすら感じるのだが。

 しかし、目的地は目的地だ。そう思って、隣で爆睡しているネルを揺すり起こす。


「おい。着いたぞ。だけど、本当にここであってるのか?」


「う、う~ん、ふわぁ。もう着いたの」


 まるでエクステをつけたような長いまつ毛がゆっくりと動く。


「で、本当にここであってるのか? どう見ても廃墟だぞ」


「うん。あってるよ。ここがオレの婚活会場」


 どう見てもおどろおどろしい廃墟。誰か人がいるようにも思えないが、俺は今日少しだけ見たこいつの漫画を思い出した。


「あっ、もしかしてホラー好き婚活とかか?」


 一番常識的な婚活内容を提示してみるが、ネルはあっさりと首を横に振った。


「いや、オレがそんな婚活する訳ないじゃん」


 ハハハハッと軽やかに笑う。白い歯が眩しい。いや、じゃあ、どんな婚活だよ!

 嫌な予感しかしないし、聞かない方が平穏な日常を過ごせる気がするんだが。

 そんな俺の思いも虚しく、ネルはここでの婚活内容を話し始める。


「オレの両親から婚活するように言われたのは言ったよな。でも、子供を作れとは言われなかった。つまり相手がいさえすれば良いってことだよな」


「いや、絶対そんなつもりで言ってないと思うぞ」


 おじさん、おばさんが不憫だ。


「そこで、オレは考えた。現実にはオレの望む二次元嫁みたいのがいないのは分かっている。だけど、オレは限りなく二次元に近い存在が良い!」


 そこでネルは一度間を置き、たっぷり貯めてからドヤ顔で言い放った。


「幽霊ってギリ二次元だと思うんだよね!」


 嘘だろ。マジかこいつ。ギリ二次元じゃないだろ、どう見ても。

 いやいや、待て、それはこいつの頭がヤバイで話しはつくけど、それよりも重要なことがある。


「幽霊は二次元じゃない! というか、すごく重要なことだから聞くけど、この廃墟ってもしかして」


「うん。女性の幽霊が出るっていうので有名なとこ」


「ぉぅ…………」


 追加で説明された内容は、ここは2008年のリーマンショックによる大不況の影響によって潰れたホテルで、新たな買い手もつかず放置されていた。で、数年前の2020年。良い感じに廃墟となったこのホテルに肝試しに現れる動画配信者いたらしいのだが、その動画撮影中、居るはずのない長い髪の女が撮れたことから一気に噂が加速した。

 他にもこの廃ホテルに入ると行方不明になるといった噂もまことしやかに囁かれているそうだ。


「帰るっ!! お前、お前、お前なぁ!!」


 何を隠そう俺はホラーが大の苦手なんだよ!!

 こんな、こんな婚活に連れてくるなぁ!!

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