そんな婚活に連れてくなっ!! ~幽霊ならギリ二次元とか言い出したオタク友達に連れ回されてるけど、幽霊とかマジ無理!! 極限状態なら武力行使も止む無しだよなっ!!~
タカナシ
【マッチング1】 廃墟の女幽霊
第1話「ナンパでマッチングしました」
空を飛ぶ夢。
あの日から数日置きに見る悪夢。
遥か下には緑が生い茂り、身体を通る風と共に青々とした匂いが鼻腔をくすぐる。
自由落下なのか飛んでいるのか分からないが気分は最高。地面へ向かって高度を下げながらも右へ左へと縦横無尽に鳥のように飛び回る。
そんな風にいつも最初は気持ちよく空を飛んでいるのだが、いつもこのあと……。
俺は眼前にそびえる山を見上げる。ちょうど太陽が顔を出す時間だったのか、眩い光が俺の瞳に飛び込んでくる。
その神々しさに目を細めていると、黒点が中心に浮かぶ。
(シミ?)
太陽の光にそんなものがないのは分かるがなぜかシミと認識してしまう。
そのシミは徐々に大きくなっていき、雫のように下へと垂れ下がって行く。
目は眩しさから瞑りたいと思ってもそのシミから目が離せない。いや離してはいけないと本能が訴えている。
だんだんと大きくなるにつれ、そのシミは大きくなっているのではなく、近づいているのだと分かった。
だが、俺はそこでとうとう耐えかねて目を瞑ってしまった。
再びうっすらと目を開くと、そこには――。
墨汁で塗りたくったような長い黒髪に覆われた何か。
さっと風が吹くと、髪の隙間からギョロリと眼窩がくぼんだ相貌。明らかに人でない何かがこちらを睨む。骨と皮だけの、ぬくもりというものが一切感じられない手が俺の顔へと伸びて……。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
俺はベッドの毛布を弾き飛ばす勢いで身を起こす。
寝汗でシャツが気持ち悪く体にまとわりつく。それを引きはがしながら、荒い息を整え、さっきのは夢だ。悪夢だと言い聞かせ呼吸を整える。
「本当に夢だったらよかったのに……」
数か月前、自衛隊でのパラシュート降下訓練中、俺は意識を失いそのまま地面へと落下したらしい。
らしいというのはそのときの記憶がほとんどなく、上官と同僚から聞いた話だからだ。
幸い命は繋いだが、そのときの後遺症なのか左目の視力が無くなり悪夢も見るようになり軽度の不眠症の診断も下った。
そして、そんな俺が自衛官を続けられる訳もなく、現在は気ままな無職暮らしだ。
寝間着を脱ぎ、シャワーを浴びる。
退職してからも筋トレだけは習慣として残っており、肉体は当時のまま。ボディビルダーのような筋肉ではないが、動くのに最適化された筋肉の鎧がシャワーの湯を弾き飛ばす。
汗も陰鬱な気分も湯と共に洗い流してからTシャツとアンクルパンツというラフな格好に着替える。さらなる気分転換にと本屋で買っておいた漫画の封を開けたのだが。
「……これ、もしかしてホラーか?」
漫画を読み始め数ページで漂う不穏な空気にじんわりと嫌な汗が再びふつふつと湧き出てくる。
次のページに手を掛けようとした、そのとき。
――ピンポーン!!
不意のインターホンの音に、ビクリと身体が震えた。
「誰だ、こんな早朝に?」
時計の針は朝の6時半を指し示している。
ようやく会社に行く人々が出始めたくらいの時間に非常識にも訪ねてくる人物など心当たりがなかった。
――ピンポンピンポンピンポン!
インターホンの連打。
そんなことをするヤツには心当たりが一人いるが、早朝に出回るタイプではなかったはずだが?
「ヘイヘイヘーイ! バンジ! 起きてるか? バンジ! ……あの、
そんなけたたましい声のあと、俺の
画面には『
わざわざ電話まで、諦めない男だ。
「やっぱりこいつか」
俺は玄関の鍵を開けながら、幼馴染で腐れ縁の
「こんな朝っぱらから大声出すなよ。近所迷惑だ」
「まぁまぁ、そう言うなってマブダチだろ。こっちは徹夜明けで、最高にハイになっているんだから、少しくらいいいだろ」
ふっとニヒルな笑みを見せるネルだが、本来そういうタイプではなく、底抜けに明るい笑顔の持ち主。ほんと、ウザイくらい明るい。
たぶん、これは本当はニカッと笑いたかったのに、徹夜明けでそこまでの力が無いせいだな。
「徹夜明けならとりあえず寝ろよ。というかなぜいつもウチに来る?」
「ふっふっふ。今日は一味違くて理由があるんだ。それは海よりも深い事情でな。オレらももう今年で27だろ。両親が結婚しろ結婚しろってうるさくてな。それで婚活をと思って」
「お前が婚活? お前がぁ!?」
確かにネルの見目は良い。それもかなり。
今は徹夜明けのせいかジャージ姿にアニメTシャツ、うっすらとした無精髭に髪もぼさぼさとボロボロだが、それでもイケメンだ。普段で言えばその顔はまるで彫刻のように整っており、スラッとした長身。艶やかな長髪は後ろで雑にまとめられているだけにも関わらず清潔感に溢れている。
服も適当な白いTシャツと黒のスキニーパンツだけで国宝級イケメンと称されても不自然はなく、むしろ当然。
漫画ならキラキラの光かよくわからん花が背後に飛び交っているタイプだ。
街を歩けばスカウトと逆ナンの嵐。正直外でこいつと遊ぶのは骨が折れる。むしろそんなのとずっと一緒にいたから人を搔き分けたり、こいつを逃がしたり抱えたり、そりゃ筋肉もつくってもんだ。
そんな引く手数多なネルだが今まで女性と付き合ったことはない。幼馴染の俺だから断定できるという訳ではなく、こいつの欠点で、リアルの女性を好きになれないのだ。
2次元には嫁が数人いるらしいが、その辺はよくわからん! たぶん今日も着ているTシャツの柄の女の子じゃなかろうか。
まぁ、そんなだから、女性を振った回数は星の数ほどあるが、女性と付き合った経験は皆無。
そんなネルが婚活だとっ!?
「そうなんだよ。でだ、今日の夜女性に会いに行こうと思っているんだけど、そこまでの運転手兼ボディガードをしてくれないか? もちろんバイト代で少しは出すからさ」
「ボディガード? あ、いや、そういえばお前、最近女性に狙われたんだっけ」
確か家の前で包丁を持った女性が襲いかかって来たとか。
丁度居合わせた知人のおかげで助かったと言っていたな。
「ああ、そうなんだよ。物理的に狙って来られると、お前と違ってレベルの低いオレじゃあどうしようもないからね。このまま30歳になれば魔法使いにジョブチェンジして最強になりそうではあるが、それまでは貧弱なザコなんだよ」
ネルのもう一つの欠点は運動が壊滅的にダメだってところだ。
なぜか体力はあるんだが、技術的なものが皆無で体育の時間は端でひっそりと他の運動音痴と雑談していたな。
「まぁ、そういうことなら運転手くらいいいぞ」
「サンキュ。良し、これで睡眠は車で出来るな! なら、もう少し仕事だっ!!」
「仕事もほどほどにしろよ。俺も書店で買ったけどすごい数の平積みだったし、今をときめく売れっ子作家なんだろ?」
「買ったのか? 言えばやったのに。まぁ、サンキュな。ただ売れっ子なんておこがましい。1巻がさっそく重版かかったのと、次に来る漫画で2位だったくらいでまだまだだよ。
それにお前は知らないかもしれないが、締め切りを破ったときの編集者っていうのはこの世のどんなものより恐ろしいんだ! 仕事はしっかりやらねばっ!」
身震いしたあと、力なく手を振りながらネルはいそいそと自分の家へと戻って行った。
「もっと怖いものを俺は知っているが……。編集者だって所詮人だろ」
閉じたドアにそんな独り言を投げかけてから踵を返す。冷蔵庫を開け、冷えた牛乳をパックごとあおる。つい笑みがこぼれていることを自覚しながら。
「あいつから婚活って言葉を聞くなんてなぁ。俺らも年をとったもんだな。よし、最大限協力してやろう!」
しかし、そんな思いは儚く打ち砕かれる事となることをこのときの俺は知らなかった。
いや、あいつがまともな件で俺を誘うはずがないことは分かっていたのに……。そんなことも忘れているなんて、事故の後遺症だとしか思えない。
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