第2話

 シルバーアッシュとサンドベージュが城塞都市ハイヤーンの北門に到着したのは、奇妙な三人組(と一頭)の一行が東門の前に現れる少し前であった。円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンドの名声はハイヤーンでも絶大で、聖剣をほんの少し抜いただけで平伏す古参の門番に、まだ若い二人は顔を見合せ苦笑した。

「ふっ……」

 思い出し笑い。サンドベージュは、唐突に、本当に唐突に、可笑しく思えたあの瞬間が脳裏に甦り、場に相応しくない微笑を浮かべた。

「あぁん?」

 それを見た盗賊二人が訝しむ。他方シルバーアッシュは、湧き上がる疑問に気持ちを抑え切れず、問いたいもの全てを問うてやろうの勢いで、眼前の盗賊に言葉をぶつけた。

汝等うぬらには幾つか聞きたい事がある!汝等二騎が真っ直ぐ我等に向かって来たのは、我等が円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンドである事を知っていて、更には我等二人に共通する聖約の内容までも知った上での行動なのだな?分からん……我等が今この場にこうして立っている事をとしか思えない……汝等の仲間に予言者でもいるのか?!どうなんだ?答えよ!!」

 一気に捲し立てるシルバーアッシュを、二人の盗賊は暫く呆気に取られて見ていたが、やがてお互いに顔を見合せると、苦笑して軽く左右に頭を振った。



 シャンティエンは己の腕に刺さった矢が飛んで来た方向を睨んだ。篝火の明かりが届かぬ場所に、複数の何者かが潜んでいる。その内の一人、シャンティエンに矢を放った張本人は名をバシャンといい、盗賊の間では弓の名手として知られた男であった。その弓の腕前をエモンザに買われて今回の襲撃に加わったバシャンだが、他の仲間には黙っていたが、エモンザに対し軽く不満と疑問を抱いていた。

「……………………」

「おい、バシャン、どうかしたか?」

 シャンティエンを射てから次の行動に移らないバシャンに、別の盗賊が声を掛ける。

「……いや、何でもねぇ。…………打ち合わせ通りに行こう」

 バシャンはそう言うと、新たな矢をつがえた。バシャンの視線の先には、シャンティエンに駆け寄ろうとする僧侶姿の少女がいた。

「駄目だお嬢ちゃん、来るな、危ない!」

 自分に近付こうとする少女をシャンティエンは制した。既に腕から矢を抜き、矢傷に口を付けて毒を吸い出してはいたが、容態は芳しくない。

「頼むから下がっていてくれ!」

 シャンティエンの強い言葉に、少女の足が止まる。それを見て、シャンティエンは苦痛をものともせず、強引に微笑んで見せた。

「……よし……良い子だ…………」

 そう言って、バシャン達の方に向き直ると、自分に向かって数本の矢が飛んで来るのが見えた。

「フッッ!!」

 鋭い呼気がシャンティエンの口からはしる。と同時に、シャンティエンの全身から周りの空間を歪めるかのような圧力が生じる。『硬氣功こうきこう』。生命力の源とも言われる『氣』と呼ばれる力を全身に巡らせ、皮膚をはがねの如く強靭な鎧に変える武闘士の秘技。

「はぁ!!」

 シャンティエンは背後の少女達を護るべく、飛んで来た七本の矢全てを己の体で受け止める。

「っ!!何……!?」

 またもシャンティエンの顔が苦痛に歪む。飛んで来た矢の内六本は彼の体に当たって弾かれた。が、残る一本は左の肩口に深々と刺さっている。

「……こいつは……まさか…………」

 達人マスタークラスである武闘士が、二本目の毒矢を受けて片膝をついた。

「よし、餓鬼共をさらうぞ!」

 満足に動けそうにないシャンティエンの様子を見て、バシャン達盗賊が三人の少女に向かって駆け出した。その数七人。

「ちっ……これは洒落になんねぇ…………」

 肩口に刺さった矢を抜くシャンティエン。その矢のやじりに塗られた黒い塗料の様な毒を指先で拭う。毒の下から現れた見覚えのある金属の輝き。それは、シルバーアッシュとサンドベージュが持つ聖剣と同じものであった。

「オレィ……カルコス…………」

 シャンティエンの体に刺さった二本の矢。その鏃は、聖金属オレィカルコスを加工して造られた特別製だったのだ。



 ハイヤーンの城壁には、鉄製の扉で閉ざされた窓が幾つも設けられている。有事には扉が開かれ、弓を持った兵士が配備される。東側の城壁の高い場所にあるそういった窓の一つの扉が開かれていた。そこから眼下の光景を眺めていてのは、エモンザと罵り合っていた謎多き少女。いや、果たして本当に少女なのかどうか。

「ほう。あの女騎士共、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンドであったか。道理でなぁ……」

 少女が今いる場所は、本来ならハイヤーンの兵士以外が立ち入る事は出来ない。しかし、東門前の混乱のせいで、本来なら部外者の侵入を阻む筈だった兵士が不在だった為、少女はちゃっかりこの特等席を確保出来たのだった。

「なんじゃ?何休んでおる、さっさと殺し合わんか」

 一人で何やら盛り上がっている。そんな少女の周りを妖精が飛び回り、しきりに何かを訴えている。

「んん?あぁ、あれは惜しかったのう。もう少しでマンティコアが人を捕食する場面が見れたのになぁ。ん?武闘士の肌に立つ矢だと……?どれどれどれどれ、んんん?どうやら致死性の毒ではなく、単なる痺れ薬のようじゃな。盗賊共……と言うかエモンザの奴め、何の企みじゃ?」

 どうやら少女は妖精と意思疎通が出来るらしい。それはそうと、先程から言っている事が何やら物騒だ。そんなやり取りの中、

「!」

 突如、少女の顔が無表情になり、廊下の、己がやって来た方に視線を向ける。妖精は少女の背後に隠れた。廊下の両側の壁には等間隔で燭台が設置されていて、蝋燭が立てられてはいるが、火は灯されていない。常人では何も見えない筈の濃い暗闇を、少女は紅い瞳で睨み付けた。

「ああ、これは申し訳ない、本当に申し訳ない……」

 そう言って暗い廊下の向こうから現れたのはウィストであった。その背後から、ローブを着た胸も尻も大きい若い女が申し訳無さそうに顔を覗かせていた。



 即座に、戦闘が、始まった。



「御待ち下され!!御待ち下され!!!」

 そう叫ぶウィストに向かって、紅い瞳の少女が魔力で造った林檎大の光球を矢継ぎ早に放つ。無機物を破壊せず、生命体だけに効果のある、魔法使いにとって基本中の基本と言える攻撃魔法。ウィストと若い女は何時の間にか各々手に杖を握って、防御魔法を用いて其れ等を防ぐ。暴風雨の様な攻撃を受け続ける中、ウィストは驚嘆していた。

「媒体も詠唱も無しにあの様な事が出来るのか……」

 他方、若い女は驚愕していた。

「ウ、ウィスト様ぁ!!?」

「む……!?」

 若い女の叫びを聞いて、ウィストの表情が険しくなる。少女が放つ光球の威力が少しずつ増している。より速く、より強く。此のままでは防御魔法が破られる。防御魔法が破られたならば、嵐の如き攻撃魔法に肉体を削られ、二人はこの世から文字通り消滅してしまうであろう。

「…………むをんか」

 ウィストが何事か覚悟を決める。が、その時、突如として悪夢の様な攻撃魔法が止んだ。

「……………ウィスト様……?!」

「…………気を抜くな。まだ防御魔法を解くでないぞ」

 ウィストは少女が油断を誘っている可能性を考えている。

「二人共、中々ではないか」

 少女が話し掛けて来たが、二人は警戒を解かない。

此れで堪忍してやろう」

 少女が愛らしい笑顔を見せる。其の表情は酷く場違いな物に思えて、二人の恐怖心を誘った。

「……ウィスト様…………」

「……この者は御赦し下され、私の命に従っただけで罰を受けるべきは私のみです故……」

 少女は赦す旨を伝えているが、ウィストは其れを信じていない。迂闊うかつ。不覚。後悔の念がウィストの脳裏に渦巻いた。

「……どうか御慈悲を…………様……」



 少女の顔から、笑みが消えた。







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西遊霊界喜劇(さいゆうれいかいコンメディア) ~GO!THE WEST!~ 月偲織 慧泉明 @curecurecure

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