第1話

 その城塞都市はハイヤーンと呼ばれていた。大錬金術師と噂された初代領主の名にあやかったものだという。東西に走る道と、北からの道が合わさった場所にあり、人の往来も多く、豊かでなかなかに繁栄した都市だった。都市の南に広がる水面みなもは、遠くに対岸が見える為に巨大な湖と間違えられる事も多いが内海ないかいである。そこで獲れる魚を使った料理は、旅人や商人達の間で評判だった。

 領主の住まいを中心に、町の住人の家屋や宿や店が建ち並び、その周りは高く堅固な城壁で守り固められていた。町の北方・東方・西方には門が設けられ、それぞれに武装した門番が数名ずつ配置され、出入りする人々に目を光らせていた。

 さて、日が傾きもうすぐ夕陽に変わろうとするころ、そのハイヤーンに東の方から奇妙な一行が訪れた。何が奇妙かと言えば、とにかく色々奇妙なのである。その時東門にいた門番六名が六名とも、一行を警戒し、待ち構えた。

 最初に目を引いたのは、大きく立派な芦毛の馬。そしてその上に乗る少女。歳はとおくらいだろうか、仏教の僧侶のような格好をして、笠を被って西日に目を細めている。

 その馬の引き綱を引いて歩いている少女は、首輪を着け、身体からだ中に鎖を巻き付け、九本歯の馬鍬まくわを担ぎ、これまた笠を被っていて、何やら馬上の少女に話しかけている。

 そんな彼女達の少し後方に、荷車を引いた眼鏡を掛けた三人目の少女が見える。 かなりの荷物が載っているのにもかかわらず、どうやら一人で引いているようだ。どういう訳か、全然辛そうにも苦しそうにも見えない。全くの無表情である。他の二人と違い、笠も被っていない。何か、作り物のような雰囲気さえ感じる。

 門番達は周辺を見回してみたが、彼女達三人以外に人影は見当たらない。

 彼女達がやって来た東の方には、大きな森がある。森の中にも道はあるのだが、森には人を襲う危険な猛獣が棲んでいる。凶暴なうえに数が多く、山賊盗賊のたぐいさえ、森の中に潜もうとしない。森の道を通行しようとする者は、腕にかなりの自信があるか、そうでなければ護衛を雇うのが普通である。

 だが、少女達はたったの三人で森を抜けて来たのだ。にも関わらず、襲われた様子がないどころか緊張感の欠片かけらさえ見えない。

 彼女達が近づいて来て、門番達は荷車の一番上に載っている箱のような物が何であるのかに気付く。それは、深紅の柩だった。サイズが小さめなのは子供用だからだろうか。

「何だありゃあ……死体を運んでんのか……?」

 門番の一人が思わず呟く。そして他の門番達と顔を見合わせ、再び一行に視線を戻す。

 平穏そのものという風な空気を纏う少女達と、何とも言えない不穏な空気が漂う柩。その様子はやはり何かがおかしい。あまりの得体の知れなさに、門番達は誰一人言葉を発せないでいた。

「もし……」

 ふいに、馬上の少女に声をかけられ、門番達は思わず身構える。

「な、何だっ!?」

城壁内なかに入れてはいただけないでしょうか?」

「……………………」

 少女の申し出に、門番達は顔を見合せる。そして何やら小声で相談が始まった。

 ……この時点では、まだ皆冷静な思考であったのかも知れない。

 最初の内こそ全員真剣な表情であったが、だんだんと砕けた様子になり、遂には皆が大声で笑い出した。

「はっはっはぁ!妖怪化け物の類いだったとして、それがどうした!?」

「我らとて百戦錬磨の強者つわものよ!」

「その通り!何を恐れる事があるか!!」

 門番達の謎な盛り上がりを見て、今度は少女達が顔を見合わせる番だった。実のところ、門番達は不安を払拭する為に大声を出して自らを鼓舞していたのだが、少女達にそれはわからない。

 やがて笑い声が収まると、門番達は少女達と向き合った。

「…………よし、じゃあ先ずは身体検査からだ、服を脱げ!」

 相談が終わったと思ったら、リーダーらしき門番がとんでもない事を言い出した。

「はあぁあ!!?馬鹿じゃねーの?!脱ぐわけねーだろこんな所で!!!」

 引き綱を握っている少女が馬鍬を振り上げて激昂する。可愛い顔に似合わず口が悪い。

「なんだぁガキが色気づいてんのかぁ?ガキの裸なんて見たって嬉しくも何ともねぇんだよ!お前らは色々と怪し過ぎるから簡単に通すワケにはいかんな!」

 つい先程まで押し黙っていた門番の一人が、いきなり変なスイッチが入ったのか、大声で少女達を威嚇する。言っている事とは裏腹に、何だか三人を見る視線がいやらしいような気もする。他の門番達も釣られて軽く興奮して来たようである。

「ほらほら早くしろ!町に入りたいんだろ?他に手は無ぇーぞ?」

「手伝いが要るか?手伝ってやろうか?手伝って欲しいのか?よし、じゃあ手伝うか!」

「脱~げ!脱~げ!脱~げ!脱~げ!」

「悪いようにはしない!ホント!ホント!ホントだって!」

「………………!!(何やらぶつぶつ言っているが聞き取れない。非常に興奮しているようだ)」

 各々が勝手な事を喚き出す。軽く狂気さえ感じる。それでもまだまだ警戒心が残っているのか、少女達との距離を詰める速度が遅い。一方、少女達はといえば、どう対処すればいいか迷っている様ではあったが、相変わらず緊張している素振そぶりも見せない。

 東門の周辺は、高い城壁のせいで他の場所よりも暗くなるのが早い。空を見上げればまだ明るいが、少女達と門番達のいる場所は、すでに夜の世界だった。

 不意に、何者かの羽音が聞こえたので、僧侶姿の少女は音のする方に目を遣った。門の上に止まったは、大きなからすだった。その鳴き声が辺りに響き渡ったが、僧侶姿の少女以外にそれを気にする者はいない。

「さぁ!さぁ!さぁ!!」

 調子に乗った門番達が更に一歩踏み出そうとしたその時、

「がぁっ!!?」

 と叫び声を上げて、門番の一人が倒れ込む。

「何だ!!?」

「!?」

 暗い中でも、倒れた門番の左肩口辺りに矢が刺さっているのが見て取れた。

「1!8!ティム、コ!」

 リーダーの号令が掛かるや否や、四人の門番達が驚くべき速さで動いた。三人が倒れた仲間を守る様に矢が飛んで来たであろう方向に立つ。残りの一人は三人と反対の方向に立ち、警戒する。四人共、背負っていた円形の盾を左腕で構え、右手の槍を見えない敵に向ける。

「お見事……」

 馬上の少女が思わず感嘆の言葉を漏らす。

 先程までの助平すけべいオヤジ丸出しな雰囲気とは打って変わって、皆、戦士のかおを見せていた。

「コン、急所には当たっていない、もうしばらく我慢してくれ」

 倒れた門番にリーダーが声を掛ける。

「すみません……何か……左腕が動かないんで…………」

 コンと呼ばれた門番が、申し訳なさそうにうめいた。それを聞いたリーダーが、やじりに毒が塗ってある可能性を考えた其の時、

「ちっ!」

「あっ!!?」

 リーダーとコンの前に立った三人が、暗闇からの矢による襲撃を受けた。リーダーを含め、門番達はこの場を打開する案が咄嗟に思い浮かばなかった。

 さて、少女達といえば、僧侶姿の少女は馬から降り、彼女を乗せていた大きな馬は荷車の後ろで我関せずえんと寝そべっている。

 僧侶姿の少女が門番コンのそばに駆け寄ろうとするのを首輪を着けた少女が押しとどめた。

「駄目です、あぶのうございます!絶対に駄目です!!」

「でも、」

「『でも』ではありません!御身おんみの大事さ大切さを自覚して下さいまし!!!」

 その時であった。東門の中から、松明たいまつを持った複数の人間が現れた。

「おぉ……」

 門番のリーダーが安堵する。交代の門番達がやって来たのだ。彼らは持っていた松明で門の前に設置されていたかがりまきに火をつける。

 しかし、

「うあぁ!!」

「はぁ!!?」

 交代に出て来た六人の門番の内二人にぞくが放った矢が刺さる。

「1!8!気を付けろ!!」

 リーダーが叫ぶ。傷付いていない交代の門番達が即座に盾を構え、素早く六つ全ての篝の薪に火をつけた。

「何事だ!?」

 交代に来た門番の一人が倒れた仲間を庇いながら叫ぶ。

「わからん!バジヤ、シ!!」

 東門から一番近い場所にいたバジヤと呼ばれた門番が、リーダーの言葉を聞いて素早く門の中へと向かって身をひるがえす。バジヤを行かせまいと放たれた賊の矢は、他の門番の盾に弾かれた。

「よし!もう暫くの辛抱だ!」

 無事に門の中へ入ったバジヤは、すぐに応援を連れて来るだろう。

「あ!おい、見ろ、あいつはエモンザじゃないか!?」

 門番の一人が驚きの声を上げる。篝火に照らし出された賊達の中に、人とは思えない巨躯の持ち主がいる。その男こそがエモンザであった。

「……エモンザさんよぉ、こりゃちっとマズいんじゃねーの?」

 エモンザのすぐ側にいた賊の一人がそんな事を言いながら矢を放つ。エモンザ自身は特に何をするわけでもなく、腕組みをしたまま動かないでいる。

「……。それに、門番共の働きが予想以上だ」

「いや、感心してる場合じゃねーでしょ?さっさと本気出してくれよ」

「…………仕方ねーな……」

 程無くして、城壁の向こうから激しく打ち鳴らされる警鐘の音が響いて来た。



 悪名高き大盗賊・エモンザ。ありとあらゆる犯罪を犯し続ける大悪党。その並外れた巨体のせいで巨人族の幼体だのオークの血が入っているだの言われてはいるが、本人いわくれっきとした人間であるという。彼は盗賊であると同時に、武闘士であった。

 武闘士とは、素手での戦闘を追求する者達である。鋭い爪や牙を持つ魔獣、毒や炎を吐く怪物、剣や戦斧で武装した戦士等々に素手で立ち向かう事は無謀極まりない行為である。しかし、武闘士を目指す者は、特殊な鍛錬を積み、時には秘薬や魔法の力を借りて鋼のごとき身体からだを手に入れる。その皮膚は鎧と化し、その手足は武器と化す。達人マスタークラスともなれば、鍛え上げられた魔法剣ですら生身で受け止めるという。そして、エモンザの実力は達人レベルに達していた。



「……よし、俺が出る。後は打ち合わせ通りだ」

 言うや否や、エモンザが動いた。

「!?」

「来るぞ!!」

 門番達は即座に迎撃の体勢をとる。エモンザは一番近くの門番に向かって突進すると、その勢いのままに一人目を弾き飛ばした。それを皮切りに、その巨体からは想像出来ない驚くべき速さで次々と門番達を蹴散らしてゆく。

「うわぁっ!!」

「おごっ!!」

「畜生!」

 門番達とて手も足も出なかったわけではない。相討ち覚悟で槍をエモンザに突き立てようとする者、槍を捨て、剣を抜いて斬りつける者。それらの槍先刃先はエモンザの身体に届いてはいた。しかし、エモンザを傷付ける事は出来なかった。長きに渡り武闘士としての鍛錬を重ねたエモンザの皮膚には、鋼鉄以上の防御力が備わっている。あっという間に立っている門番はリーダー一人となった。

「まさか…これ程とは………………」

 門番のリーダーは呻いた。彼らが装備している武器はなまくらではない。代々の領主が、何人もの腕利きと評判の鍛冶屋を専属としてハイヤーンへ招き入れ、彼らに鍛え上げさせた一級品揃いである。そんな槍と剣がエモンザには通用しない。

「恐るべし、マスタークラス……!」

 エモンザの脅威は防御力や素早さだけではない。槍や剣と同じく一級品であるはずの鎧をまとった門番達を、ただの一撃で戦闘不能に追い遣る攻撃力。正直なところ、リーダーにはエモンザを制圧する手立てが思い浮かばない。それでも彼に逃げるという選択肢は無かった。

「来やがれこの野郎!!」

 しかし、槍と盾を捨て、両手で剣を構えて吼えた彼に、エモンザは向かって来なかった。門番を蹴散らした勢いそのまま、エモンザは少女達の方へと身を翻す。――そう、エモンザの狙いは最初から少女達だった。



 門番達がエモンザに打ち倒される様を見て、首輪を着けた少女と眼鏡を掛けた少女は、それぞれ武器を携えて護るように僧侶姿の少女の前に立つ。その姿に恐怖や不安は感じられない。何故なにゆえに彼女達は恐れないのだろうか。しかし、僧侶姿の少女は他の二人とはいささか事情が違ったようだ。

「ああ……」

 傷付いた門番達を見て、僧侶姿の少女が悲痛の声を漏らす。助けに行きたいが、他の二人がそれを許さない。そんなところへエモンザが迫って来たのだ。が、その時――

「ぬぅっ!!?」

 大きな破裂音が響き、少女達を襲わんとする巨体が大きくぐらついた。門の方から、大きな何かが放たれた砲弾のごとき勢いでエモンザにぶつかったのだ。

「何だぁ、この糞がぁ!?」

 大きくよろめきはしたが、エモンザは倒れなかった。どうやらとっさに右腕で防いだようである。

「おいおいおい、頑丈過ぎんだろ」

 エモンザにぶつかった――筋骨逞しい男が呆れた様子で首をかしげる。

「誰だ手前てめぇ」

 凶悪な表情かおを見せるエモンザに対し、男は涼しげな微笑えみを浮かべて答えた。

「俺の名はシャンティエン。あんたと同じ武闘士だ。宜しくな」

 シャンティエンと名乗った男は、エモンザを知っているようである。

「シャンティエン…………?……聞いた名前だな」

 改めて見ると、比較対象が規格外な巨体のエモンザなので分かり難いが、シャンティエンもなかなかの大男であった。身に着けている道着が弾け飛びそうなくらい極度に肥大した筋肉は、どれ程の鍛錬のたまものなのだろうか。

「しっかしなぁ、俺の飛び蹴りは武装した戦獣せんじゅうのあばら骨をへし折った事もあるんだぜ?倒れもしないとか、あんた本当に人間?」

 そう、シャンティエンはエモンザに飛び蹴りを放っていたのだ。因みに戦獣とは、主に戦争の時、戦力として使役される武装した猛獣や魔獣の事である。一般に、戦獣一頭仕留めようとするなら兵士十人程の戦力が必要とされている。言っている事が本当ならば、シャンティエンも相当な怪物である。

「子供を襲うとか、噂通りの悪党ぶりだな。お嬢ちゃん達、もう安心だよ。後はに任せときな!」

 シャンティエンは少女達に飛びっ切りの笑顔を見せると、エモンザの方へ向き直った。その眼前に、エモンザが迫っていた。

「ぅお!!?」

「死ね!!!」

 不意を突かれた形になったシャンティエンは、辛うじて頭部だけは守ったが、エモンザの強烈過ぎる一撃をまともに受けて吹き飛んだ。

「……ちっ」

 シャンティエンを排除したエモンザが舌打ちしたのは、東門から増援の兵士達が出て来るのを見たからだ。直に北門からの増援も到着するだろう。エモンザの仲間(?)達は、何時いつの間にか姿が見えなくなっていた。改めて、エモンザは少女達の前に立ちはだかった。

「…………?」

 エモンザはいぶかしんだ。少女達から怯えや怖れといったものが感じられないのだ。僧侶姿の少女は悲愴な面持ちだが、自分に恐怖しているわけではないのが解る。急に腹立たしさがこみ上げて、エモンザは思わず手を振り上げた。

「仕返しぃ!!!」

「ごはっ!!?」

 手を上げてがら空きになったエモンザの脇腹に、シャンティエンの飛び蹴りがまともに入る。今回ばかりは片膝をつくエモンザ。

「て、てめぇ……!」

「いやぁ、気ぃ失うなんて何年振りだ?ちぃっとだけ頭に来ちまったよ……自分にな」

 そう言って笑顔を見せるシャンティエンだったが、ほんの少しだけ苦しそうだ。エモンザは周りを見渡した。増援の兵士に取り囲まれて、最早逃げ場は無い。

「終わりかな、流石に?」

 シャンティエンの軽口にエモンザは答えず、口の端をほんの少し歪める。……エモンザは、嗤ったのだ。

「なんだぁ?何かあんのか……?」

 エモンザが嗤った事に気付いたシャンティエンは、護るように少女達の前に立ち、警戒した。彼の位置からは、東門の様子がよく見える。

「ん?あいつらは……」

 シャンティエンが思わず呟く。東門から、明らかに増援の兵士とは違った何者かが数名、姿を現したのだ。警鐘が鳴り響く中、のこのこと野次馬が出て来たわけではあるまい。その何者かを見るシャンティエンの視線に気付き、エモンザも東門の方を見遣る。

「あれが賊か」

「エモンザという悪名が知れ渡った盗賊だそうです、御姉様」

 そんな会話を交わしているのは、その顔立ちに似合わぬ騎士の様な鎧を身に纏った二人の佳人だった。その後ろには、ローブ姿の初老の男と、これまたローブ姿の若い女。更に後ろから、片目を布で覆った青年と、彼に寄り添う全身黒尽くめの妖艶な美女。そして、一番異彩を放っていたのは、宙を舞う妖精らしき小さな生物(?)を連れたとおくらいの歳に見える少女であった。少女は深紅の紅玉の如きあかい瞳で辺りを一瞥すると、エモンザを見て、少女らしからぬ不敵な微笑えみを浮かべた。

「久しいのう、エモンザ。相変わらず汚ならしい見た目に似合におうた汚ならしい生き方しとるようじゃの」

 まさか少女はエモンザと旧知の仲なのか。それに、愛らしい見た目とは裏腹に、やけに年寄りっぽい喋り方をする。言ってる事も挑発的だ。連れている妖精もエモンザを馬鹿にしたような表情かおと動きを見せる。エモンザは軽く溜め息をいた

「腐れ婆ァか。こんなところで何してんだ?まさか俺の邪魔をする気か?」

 何故かエモンザは少女を『婆ァ』と呼んだ。

「えらく騒がしいから何事か見に来ただけじゃ。お前なんぞに用など無いわ」

「そうか。さっさと死ねよ婆ァ」

 数十名の兵士に囲まれているのにも拘わらず、エモンザは随分のんびりとした会話を少女と交わしている。その内に北門からの増援も駆け付け、エモンザを囲む兵士の数は五十を越えた。

「はぁ~~、あたしぃ、こんなに沢山の兵隊さん見たの初めてですぅ」

 ローブを着た若い女が、緊張感の欠片も無い声で初老の男に話し掛ける。よく見れば、ローブ越しにもはっきり分かるほどに胸が大きい。尻も大きい。

「城壁内にいた兵隊さん、全員出て来たんですかねぇ、ウィスト様ぁ?」

「いや、城壁内の警備を疎かにする訳にはいかんし、非番の者もいるだろうから、大半の兵士は中に残っている筈だ」

「ふ~~ん、そうなんですかぁ」

そもそも此れ程の城塞都市が抱える兵士の数が高々数十の訳が無いわ。……そんな事よりあのデカブツの態度が気になる。奴はを待っているんじゃないか……?」

「何か、って何ですぅ?」

「そこまではわからん」

 ウィストと呼ばれた初老の男が言う通り、エモンザはを待っていた。エモンザを囲んだ兵士達は皆、ここからどうすればいいのか分からない。この場にいるほぼ全ての兵士達が、自分達の武器はエモンザに有効でない事を知っていた。其れ程に武闘家としてのエモンザの実力は知れ渡っていたのだ。そんな兵士達の包囲網のすぐ外側まで、鎧を纏った佳人二人が近寄っていた。

「……御姉様、兵士達は何故エモンザを召し捕らないのでしょうか?」

「うん……多分ではあるが、兵士達の武器はエモンザとやらに通用しないのであろう。武闘士という存在を知っているか?」

「確か……戦いに於いて徒手空拳を選択する狂気じみた者達の事ですよね?」

「そうだ。聞いた話だが、武闘士の肌は普通の剣や槍では傷一つ付けられないらしい」

「まさか!?……でも、それが本当なら……この状況も合点がいきますね……」

「しかし、だ。普通の剣では無理でも、私達の剣ならば…………」

 その時であった。首輪を着けた少女が何かに気付く。それとほぼ同時に、片目を覆った青年が左方を睨んだ。

「どう、した、の?」

 青年に寄り添う美女が尋ねる。

「何か……来る……!」

「?」

「城壁の中へ戻ろう。入って来ようとする賊だけを迎え撃つ」

「何、が、来る……の……?」

 その問いに青年は答えず、ゆっくりと後退あとずさりし始めた。

 少し遅れて、エモンザと罵り合っていた少女の口撃が止まる。彼女も何かに気付いたようだ。

「………………成る程のう、これを待っておったのか。巻き込まれるのも馬鹿馬鹿しい、これまでじゃ」

 そう言うや否や少女は踵を返し、門の中へと消えてしまった。少女とエモンザのやり取りを暫くの間傍観していたシャンティエンも、ここに来てやっと異変に気付く。兵士達も異変に気付く。そして――寝そべっていた大きな馬も、異変に気付いた。



 地響きが、聞こえる。どうやら北東の方かららしい。そしてその音は、段々と大きさを増している。つまりは、地響きを立てるが近付いているのだ。

「何だ!!?」

「向こうだ、向こうの方からだ!!」

「おい、エモンザはどうするんだ!!?」

 が近付いて来る事に気付いた兵士達がざわめき始める。シャンティエンは、この機に乗じてエモンザが仕掛けて来ると睨んで意識を集中した。エモンザがシャンティエンと少女達の方に向き直ったその時。

「助太刀致します、勇敢な御方よ」

「覚悟しなさい、悪党!」

 そう言って、鎧を纏った二人の佳人がシャンティエンの横に立った。

「あぁん?女風情ふぜいが騎士の真似事か?俺は女でも餓鬼でも容赦しねぇぞ?」

 エモンザの言葉を聞いて、『御姉様』と呼ばれていた方の佳人が一歩前に出る。

「真似事ではない!我が名はシルバーアッシュ、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンドが一人!」

円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンドだぁ?」

 もう片方の佳人も前に出る。

「我が名はサンドベージュ!同じく円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンドが一人!」

「……いや、流石に冗談だよな……?」

 シャンティエンも戸惑いを隠せない。そんな彼を、シルバーアッシュが睨み付ける。

「冗談ではない!これがあかしだ!」

 言うや否や、シルバーアッシュは剣を抜いて高く掲げた。

「我らが王から賜りし聖剣、スコルピオス!とくと見よ!」

 それは、鉄製のものとは明らかに違う輝きを放つ剣だった。

「私も!見よ!我らが王から賜りし聖剣、パルセノス!」

 サンドベージュも剣を抜き、高く掲げる。スコルピオスとパルセノスを見て、エモンザの顔色が変わった。

「まさか…その輝きは……オレィカルコス……か…………」

「その通り。聖金属オレィカルコスで作られた我らの聖剣は、容易たやすくお前の肉体からだを斬り裂くであろう!」

 シルバーアッシュに剣先を向けられたエモンザの表情に、焦りの色が見える。実のところ、シルバーアッシュもエモンザも、聖剣でマスタークラスの武闘士を本当に傷付ける事が出来るかどうかを知っていたわけではない。だが、シルバーアッシュは聖剣の力を信じていたし、エモンザは危険を察知する己の嗅覚を信じていた。

「……断っておくが、剣の腕前も相応でなければこの聖剣の所有者にはなれんぞ?解るな?」

 シルバーアッシュが言葉で牽制する。そうこうしている間にも地響きは益々大きくなり、エモンザを包囲していた兵士達が思わず振り返ると、そこに、地響きを立てていたが遂に姿を現した。

「な……!あれは!!」

「せ、戦獣!?」

「戦獣だぁ!!し、しかもあれは……!!」

「マンティコア!!!?」

 マンティコア。狒狒ひひか老人の様な顔にライオンの様な胴体を持つ魔獣。その尾の先には強力な毒を放つ針がある。軍馬程の大きさながら豹並みに素早い。そして――主食は人間である。そんな怪物が、武装して徒党を組んで攻めて来たのだ。

「ウィスト様ウィスト様、あれは一体何なのですか!?」

 ローブを着た若い女が門の中へと退避しつつウィストに尋ねる。

「マンティコア……人喰いという意味の名を持つ怪物だ。あれだけの数、危険過ぎる…………」

 戦獣と化して攻めて来たマンティコアは全部で九頭。よく見ると、それぞれの背にエモンザと共にいた盗賊達が乗っていて、手綱を捌いている。その事に気付いたシルバーアッシュが驚愕した。

「マンティコアを乗りこなしているだと?!一体どうやって…………?」

「御姉様、来ます!!」

 サンドベージュが叫んだ。マンティコアが二頭、こちら目掛けて駆けて来るのが見えた。

「うあぁ!!」

「ひぎぃっ!!?」

「ああぁ!!」

 東門の周辺は、一瞬にして混迷を極めた。六十足らずの兵士では、七頭のマンティコアを止める事が出来ない。

 マンティコアは人間の天敵である。その鋭い爪、強靭な顎、刺されば即死の毒針を用いて人間を襲い、たおして喰らう。この怪物の主食は、人間なのだ。

 マンティコアの背に乗る盗賊達は上機嫌だ。

「ひぃやっほぅー!最高だぜぇ!!」

「まったくすげぇもんだな、こいつぁ!?」

「流石エモンザの旦那、マンティコアこんなもん用意出来んのは旦那しかいねぇぜ!!」

 兵士の一人をマンティコアが押し倒す。捕食する為だ。マンティコアが大きく吼えた。

「ああああっ!!助けてくれぇっ!!!

 」

 組み敷かれた仲間の悲痛な叫び声を聞いて、周りの兵士達は慌ててマンティコアを引き剥がすべく槍を繰り出した。

「この化け物がっ!!

「離れろ離れろ離れろぉ!!」

「誰か手を貸せぇっ!!!」

 兵士達は必死になって槍を突き立てようとするが、防具を装着した素早い動きのマンティコアはそれを許さない。しかし。しかし、其れでも、八本に増えた救援の槍に、しものマンティコアも喰らわんが為に押さえ付けた憐れな兵士を諦め、彼から離れざるを得なかった。

「よし、離れたぞ!!」

「まだだ!このまま!」

 仲間からマンティコアを引き離す事に成功した兵士達は、そのまま八人掛かりでの戦闘を継続した。

「……助かった……みんな、ありがとう……」

 仲間に助けられ、一時ひとときの安堵を得た兵士は、上体を起こすと状況を把握しようと辺りを見回した。

「あ、おい、こら!!!」

 怒鳴っているのはマンティコアに騎乗している盗賊の一人である。彼が乗っているマンティコアの周りには九人の兵士達が群がり、其々が必死の形相で槍を繰り出して来る。其の槍先は、マンティコアだけでなく盗賊にも向けられていたのだ。

「危ねぇな畜生!!」

「糞!話が違うぞオイ!!?」

 他のマンティコアと盗賊達も大方同じ様な状況になっていた。皆、複数の兵士に取り囲まれ、その攻撃に手を焼いている。だが、どの盗賊も不思議と傷を負っていない。魔法か何かの加護だろうか。

「こうなりゃマンティコアを盾にオレ達だけでずらかるか!?」

「止めとけ、こいつらから離れるのは危ないってエモンザさんも言ってたろ!」

 どうやらマンティコアを操るのにも何かしらの決まり事があるようだ。

「よし、皆あと一息だ!如何にマンティコアの戦獣とて、数で勝れば!!」

「顔だ、顔を狙え!!」

 混戦の中、勝機が見えたと兵士達の勢いが増す。何時の間にか各々おのおののマンティコアに其々それぞれ十人を越える兵士が取り掛かる有り様となっていた。

「くっ!しぶとい奴らめ……!!」

「このぉ、ウゼぇぇ!!!」

 シャンティエンはエモンザを警戒しつつ、暫く兵士達の奮闘と憤慨する盗賊達を眺めていた。すると突然、

っ!!?」

 シャンティエンの右の二の腕に黒く塗られた矢が刺さった。本来は頭部を狙って来たのであろうその矢を、シャンティエンは尋常ではない反応を以て、辛うじて右腕で止めたのだ。武闘士、其れも達人マスタークラスであるシャンティエンの腕に矢が刺さるなど、異常事態である。

「ちっ……毒かこいつぁ……?」

 シャンティエンの顔が苦痛に歪む。

 この機を、エモンザは見逃さなかった。

「うわぁ!!」

「ぎぃっ!?」

 再び兵士達の叫び声が上がる。マンティコアに気を取られた兵士達を、エモンザが背後から襲ったのだ。意外な事に(?)、エモンザは少女達の確保より、仲間の救援を優先したのだ。エモンザの襲撃を受け、振り返った兵士達は見た。二人のが、二頭のマンティコアと戦う姿を。

「サンドベージュ!」

「はい!」

 シルバーアッシュとサンドベージュは二人共円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンドの名に恥じぬ超一流の剣士である。が、彼女達の腕前と聖剣を以てしても、戦獣としてのマンティコアを倒す事は困難であるというのか、何やら攻めあぐんでいる。

「……サンドベージュ、気付いたか?あの賊二人は普通ではない」

「騎兵上がり……でしょうか?」

「多分、な」

 マンティコア二頭に其々騎乗している二人は、明らかに只の盗賊ではなかった。

「中々やるなぁ、お姉ちゃん達、オジサンも本気出すかなぁ!?」

「おい、巫山戯ふざけんのはせ!無礼なめて掛かれる相手じゃねぇぞ?!」

 ……などと仲睦まじい(?)やり取りを交わしつつ、片手で握った手綱でマンティコアを操り、他方の手に持った槍で攻撃を仕掛けて来る。他の盗賊達と云えば、マンティコアから振り落とされないように両手で手綱を握る者ばかりだったから、この二人が如何に特殊である事か。シルバーアッシュとサンドベージュは仕切り直そうと一旦距離を取った。

「………………」

「……御姉様……」

 二人共に訝し気な表情を浮かべている。彼女達の苦戦には訳が有った。

「………………スコルピオスが応えてくれん」

「パルセノスもです……」

 円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンドが振るう聖剣は、使用者が持つ『霊力』に呼応して『祝福奥義オーバーブレス』と呼ばれる様々な効果を顕現する。

『霊力』とは、魔術師・魔導師が云うところの『魔力』、武闘家達が操る『氣』、御仏に仕える者が行使する『法力』に相当する霊妙神秘なる力である。

 尋常ならば、如何に戦獣と化したマンティコアと騎兵上がり(?)の組み合わせとて彼女達の敵ではない。其れ程に祝福奥義オーバーブレスは強力無比な能力であった。が、しかし。

「これは……『聖約』に触れてしまったのか……」

「御姉様と私に共通する『聖約』は三つでしたか……?」

「この場合に当て嵌まるのは……」

不殺同胞はらからをころさず……ですね」

 ここで彼女達の云う『聖約』とは、霊力を高める為に敢えて様々な制約を設ける円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンド独特の『儀式』である。聖約の内容が困難である程、其の条件を満たした時により強い霊力を得る事が出来るとされる。だがしかし、聖約の内容に場面では、聖剣が使用者の霊力に呼応しなくなるというリスクが生じてしまう。

「……此奴こやつ等が我等と同じ国の者とは…………偶然なのか……?」

 シルバーアッシュがもっともな疑問を口にする。彼女達共通の聖約である不殺同胞はらからをころさずとは、同胞はらから、つまり同じ国出身の者を殺さないという誓いである。

「……思い返せば、此奴等は真っ直ぐ私達に向かって来ましたね……」

 次々と湧き出る疑問。しかし今、その疑問に答えを提示してくれる者はいない。

「……何をひそひそガールズトークしてんのかねぇ?」

多分」

 マンティコアに騎乗した二人も積極的に攻めては来ない。

「まぁ、何か勘の良さそうな顔してるもんなぁ。で、こっからどうする?」

「…………」

 僅かな膠着状態。シルバーアッシュは、思い切って眼前の敵に話し掛けた。



 門の上の大烏が鋭く鳴いた。その直後にシャンティエンの右腕に矢が刺さる。それに驚きつつも、僧侶姿の少女が顔を上げ、大烏がいるであろう場所を見遣る。陽はうに沈み、篝火の明かりが届かぬ闇の中に大烏の姿は溶け込んでいた。



 大烏が鳴き、僧侶姿の少女が顔を上げたとほぼ同時に、その場の誰も気付かぬ異変が起きていた。荷車の上、深紅の柩の蓋が微かに動いたのだ。は、小さな異変だった。だが、――大きな事の始まりだった。

















































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